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VOICE
転機 06
話し終えた頃には、もうアパートの前だった。馨と郁斗は、隣の民間の石垣に凭れ、暫く無言で佇んでいた。
あの時の事は、今でも鮮明に記憶している。もう陽希は居ない。でも、陽希の遺志はこのギターに宿っている様な気がする。伯父からギターを受け取る際、何かに引っ掛かって悲しく響いた弦の音に、馨は糸を切った操り人形の様に床に膝をつき、愛する人の死に声を上げて泣いた。
「馨と一緒に音楽やるんや」。陽希のその遺志を引き継ごう。陽希の夢は、自分の夢。絶対巧くなって、プロになってみせる。陽希のギターと、生きた証と一緒に。
胸が張り裂けそうな思いに、郁斗の手を握る馨の手には、自然と力が加わっていた。

「御免、しんみりさせてもうたね」

重苦しい沈黙を破ろうと馨は努めて明るく振る舞いながら、郁斗への視線を移した。郁斗は口を噤み、目を伏せ黙考している様子。

「昔の話やし、プロになりたいとか今思えば幼稚言うか、ダサいよなぁ!」
「……悪い、優しい言葉とか、浮かばない」
「え?」

最早心にもない自虐的な発言で何とか沈黙を裂きたかった馨に、漸く口を開いた郁斗は神妙な面持ちで視線を返す。今にも消え入りそうなか細い郁斗の声に、訊き返そうとした瞬間、繋いでいた手を振りほどき、郁斗は馨の体を引き寄せ、力強く抱き締めた。突然の事に、馨は言葉を失い、全身を包む郁斗の体温を感じていた。
高鳴る鼓動が郁斗に感付かれてしまいそうで、突き飛ばしたいと思う以上に、日々募らせていた郁斗への思いが強まる。

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あきゅろす。
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