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VOICE
序章 01
18年間暮らして来た愛すべき故郷を離れ、3年間バイトで貯めた金と、必要最低限の荷物、そして愛用のギターと夢を持って降り立った東京。あれから3度目の春を迎えた。
暖かな風と陽射しが、10センチ程開けた窓から室内へと入り込み、爽やかな朝を演じる。
焼き立てのトーストとコーヒーの香ばしい香りが入り交じるリビングでは、苺と馨が食卓を囲み、朝食を摂っていた。
胸元を裕に超すピンク系のブラウンの髪をひとつに束ね、大きな瞳を輝かせる苺の視線は、逸らす事なく馨を捉えている。睡眠時間2時間半、重く伸し掛かる瞼を懸命に開き続けている姿は、毎日の様に見る光景だが、飽きる事がない。
リズリサで着飾ったあどけなさの残る愛らしい顔立ちをした苺とは対照的に、馨は切れ長で中性的な顔立ち。その容姿から大体察しのつく性格の違いもあるが、2人は同居して半年になる。馨の借りているアパートに苺が転がり込んで来たのだ。それ迄男所帯で暮らしていた苺にとって、同性との生活は生まれて初めて。
我儘で天真爛漫な苺と、自由奔放で世話好きな馨とは、特別衝突する事もなく、今迄やって来た。

「馨」
「…ん」
「寝てた」
「寝とったわ…」

睡魔に勝てず、無意識に夢の中に入りかけていた馨を、苺が柔らかな甘い声で呼び起こす。眠っていた事に気付いた馨は強め目を擦り、ブラックコーヒーを喉に流し込む。
凛々しく綺麗な顔立ちをしていて、普段はしっかり者でサバサバした姉御肌の馨がたまに見せる、こういった仕種が、苺は好きだった。

「そろそろ準備せな」

トーストを一気に口に頬張り、コーヒーで胃に流し込み、馨は気合いを入れる為に敢えて声を上げ立ち上がった。寝癖にスウェット姿と、見るからに寝起きと判る格好で自室へと戻る。浴室へ移動する馨を横目に、ゆっくりとマイペースに食事を済ませた苺は後片付けを始める。
馨はパチンコ屋と居酒屋のバイトを掛け持ちし、苺は大学に入学したばかりで、親から仕送りを貰っている。
幼くして母親を事故で亡くし、父親と3人の兄と暮らしていた苺は、かなり甘やかされて育って来た。バイトをした事もなく、家事なんて以ての他。
共働きの両親に迷惑はかけるまいと、物心ついた頃から何事も自分でやって来た1人っ子の馨から見れば、理解し難い。
しかし、育った環境が違うのだから、そういう人間が居るのも無理はないのかなと半ば諦めていたりもする。同居を始めて、少しずつ家事をする様になってくれた事は何よりの救いだ。

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あきゅろす。
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