こんなに天気がいいからよ (夏目/的名) じっとりと、肘掛けの上の手が汗ばんでいるのが分かる。 居心地が悪い。 何の変哲もないホテルの一室の筈なのに。 ガチャっと響いた鍵の開く音に、名取の肩が揺れた。 「こんにちは、周一君」 「……どうも」 憮然とした名取の挨拶にも、的場はただ面白そうに笑っただけだ。 的場……若き当主。 「どうやって入って来ました」 「先に家のものがチェックインしてたんですよ。フロントには君が来たらもう一つの鍵を渡すように言ってね」 自分は車内で待って居たのだと臆面もなく告げる。 その厚顔さに苛立たない人間が居るだろうか。 「最初からこの部屋に居ればよかったと思いませんか?」 的場の笑みが深まる。 「心の準備が必要かなと思いまして」 名取は自分の眉間に刻まれる皺を自覚しない訳にいかなかった。 「お気遣いいただいて光栄ですね」 嫌がらせか気遣いか分からない。 多分前者なのだろうとなんとなく思った。 「今日周一君を呼び出した件なんですが、」 「……その周一君てやめてもらえますか」 普段はそんな風には呼ばない癖に。 的場はただ笑うだけだ。 「では、仕事の話をしましょうか周一君」 苦くせり上がってきた何かを、名取は飲み込んだ。 仕事の内容はいつも通りの妖怪退治。 ただ、ある山を根城にしている妖怪を――皆殺しにすること。 話している間中、的場のじっとりと絡み付く視線を感じた。 まるで蛇だ。獲物をいたぶる蛇。 「お話しが終わったならもう失礼してもいいですか」 「君はいつまで経っても変わりませんね」 「何です、」 面白がるように、射抜くようにすがめられる隻眼。 さらりと黒髪が落ちる。 「そうやって認めないフリばかり。認めないことで違うものになれたつもりですか?逃げ切れたつもりですか?」 さすが俳優さんだと揶揄す声。 耳鳴りのように悲鳴がする。身体が軋む。 「キミは、私とは違うという顔をして―――」 聞きたく、ない これ以上 「結局、キミは私と同じなのに」 どうしてか、名取さんと呼ぶあの子の声を思い出した。 [*前へ][次へ#] |