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レントラブソング (ネウロ/笹ヤコ)



こんなことならあの喧しい後輩を車に待機させるべきだった。

笹塚はその気になればかなりの駿足だ。
しかし人間として限界はある訳で、全力疾走している自転車には追い付けない。
とりあえず追える所まで追おうと決めて、自転車に合わせてかなりの勢いのまま右折した。

「キャアっ!!」
「っ!!」
ガンッ

アゴに凄まじい激痛。
笹塚の視界で星がチカチカした。

「いった、ぁ〜」

聞き覚えのある呻き声が笹塚の耳に届いた。

そこで笹塚は改めて自分と激突した可哀相な一般市民に目を向けた。

「あ」
「あっ、笹塚さん!」
桂木弥子。

顔見知りの少女は慣れた様子で痛む頭頂部を押さえている。

ちらりと視線を肩越しに視線を向けると、追っていた男が路地に入るのが見えた。
あの通りなら――

「ごめんね、ヤコちゃん。ケガはない?」
「あ、ハイ大丈夫で――…」

反射でそう応えようとした弥子の返事が止まる。

その顔が一気に歪み、今にも涙が零れそうになった。
笹塚がぎょっとして固まる。
何だどうした。
そして、力ない動きで弥子が指差したものを見てまた固まった。

弥子の指は笹塚の足元、ものの見事に革靴に踏みつぶされたケーキの箱を指していた。





「あのときは本当に悪かったね」
「いえ、私の方こそ邪魔しちゃって…」

あの日、弥子が執念でゲットした某有名店の限定スイーツを踏みつぶした笹塚は、とりあえずその場は男を追いかけ、後日のお詫びを約束した。
そして今日、笹塚は弥子を誘ってケーキを食べに来た。
お詫びなので好きなだけ頼んでいいと言ったのだが、弥子にしてはケーキの品数が少ない。

苺のショートケーキ、ショコラ、ミルフィーユ、モンブラン、チーズケーキ、スフレ、ブラウニー
見栄えのいいスイーツがテーブルを埋め尽くしている様を見て、笹塚は淡々と専門外だなという感想を持った。

「おいしぃ〜っ!」

ケーキを一口食べた弥子はご機嫌だ。
フォークを握る手の強さが弥子の喜びを伝えている。

食べているときの弥子は本当に無邪気だ。
ニコニコとして、目がこれ以上ないほどキラキラしている。

笹塚はそんな弥子を正面からじっと眺めていた。
本当にしあわせそうだ。
かわいいな

満面の笑顔につられて微笑ましい気分になってきた。

気付くとケーキは残り一つ。
弥子は相変わらず驚異的なスピードでケーキを攻略した。
食べ終わった皿は弥子の脇で塔のように高く積まれている。

弥子が最後のケーキに手を伸ばしたそのとき。
「…………………。」
着メロが鳴った。
ジョーズのテーマだった。

弥子はこれ以上ないほど嫌そうな顔でケータイを取り出した。

「………すいません笹塚さん。ちょっと呼び出されちゃって…」
「……着信音ジョーズなの?」
「えぇ…サメよりタチ悪いのがいるので……」

弥子は店員に最後の一つを箱詰めしてくれるように頼み、急いで身仕度をする。

「あっ」

慌てたせいで弥子が椅子の足につまづく。
笹塚は手をのばして弥子の細い腕を取った。
弥子は危うくテーブルに顔面強打するところだった。
ぱっと体勢を立て直し、弥子は今日のことと合わせて笹塚にお礼を言った。
「ありがとうございますっ!今日は本当に楽しかったです」
「……うん」

深々とお辞儀して、ネウロに呼び出された弥子は矢のように駆け出した。その華奢な背中を、笹塚は見送った。


「……………うん」
弥子が帰ったあと、笹塚は無意味に手をぐーぱーしてみた。
何でこんなにあの細い腕の感触が鮮明なんだろうか。
何で、あの背中を呼び止めたいと思ったんだろうか。

感情の読み取れない顔で、笹塚はそのことを考えていた。











笹塚さん追悼。

レントは音楽用語でゆっくりとってコト。
この二人はゆっくりすぎたんだな。


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