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うたかた 1 (佐幸転生パロ)



あの声なら届くだろうか


この声は届くだろうか

場所を越えて 時を越えて―――




■□■□■□■□



夢を見る。きれいな赤色の夢。


その夢だけが、ひどく幸福で。
夢の中では、自分は確かにかけがえのない大事なものを手に入れている。
いつまでも眠っていたい。




目覚めた時に身体に残る幸福の残滓、胸が痛むほどのそれに泣きたくなるけれど。


「―――あれ?」


「おはようございます。よくねむれましたか?」
「…あー……えぇ上杉先生。おかげさまで」
「それはよかったですね。よいねむりは よいいちにちをもたらします」
「…………おっしゃる通りデスネ…」

そう言って微笑んだ教師の顔は人間離れして美しい。
佐助もこんな場面でなければ感嘆する。
こんな、授業中の熟睡がバレたときでなければ。

背中にかすがの槍のような視線を感じる。
他の生徒は敢えて見ないふりをしているようだ。

「――では、じゅぎょうをさいかいしてもよいですか?」
「………ハイ…」

彼は清らかに微笑んで、何事もなかったように授業を再開した。







かすがのお説教は案の定、放課後になっても終わる気配を見せなかった。
彼女は筆舌を尽くし、麗しの上杉先生の授業で居眠りすることの罪深さを語っている。

「お前は真剣味がないんた!だからああやって――」

言い募るかすがの怒りの基本構成は恋心だが、それでも3割ぐらいは彼女の優しさなのだと知っている。
いつもあの教師しか見ていないけれど、人を思いやることも出来るのだ。

「……かすがはさー」
「人の話を聞いているのか!?」
「ハイハイ。――上杉先生に告白しないの?」
「なっ!!」

あっという間に頬に朱がのぼった。


ちょっとつつくだけでこれだ。




昔から、こうやって素直な反応を返す人が好きだった。






(―――昔?)
昔、

「わ、私は!」

意地っ張りな声に見やればかすがは持ち直したようだ。


(昔って何よ俺様ってば)

かすがは頬を染めたまま暮れようとする陽を見つめた。

あぁこの目を知ってる。
『正しいこと』を見て居る目だ。



「想っているだけでいいんだ。あの人の、迷惑になるだけだから」




想っているだけでいい。何もいらない。
だってあの人にこんな想いは迷惑だから。

でも、あの人が笑ってくれるなら。
それ以上のものは何もない。



そう言ったかすがの綺麗な横顔。
胃の腑から滲む苦味を抱えて目を逸した。




正しい言葉は好きじゃない。


いつも傷付けていくだけで、救ってはくれないから。















パチン、と。
椿が一枝、落ちた。

潔い花だ。この人のように。
不吉なぐらいに赤いこの色もいい。


「うかないかおをしていますね」
「イエイエそれほどでも?」

上杉先生の生息地域は校内の外れにある茶道室だ。

人気のない茶道部は絶好の避難場所で、入り浸るうちに上杉先生との会話が増えた。
この人は意外と人に何かを押しつけてこないし、話すのは楽しかった。



慣れた手つきで生けられていくつややかな白磁。

「先生は、運命って信じてます?」

「――なにか、あったのですか?」
「いーえ。何にもないから、かな?」
「そうですか」



視線の先で花が落ちた。
きれいな赤。

赤は好きだ。


「わたしはしんじています」
「え?」
「うんめい、というものを」
「へぇ。」
「ひとはさだめをいき、それがしゅくごうとなる。それがれんめんとつづいていくさまを、ひとはうんめいというのでしょうね」
「詩的だね、センセイ」

宿業。宿命。

「前世ってこと?」
「えぇ。――たとえば、あなたが`あか'をこのむのも、まえのよのならいかもしれませんね」


視線が、己の携帯のストップに向かう。

ポケットからこぼれて揺れる紅の色のガラス。


「何か……先生が言うとシャレにならないよね」
本当に、常人離れした人だ。


「あなたにも、びしゃもんてんのかごがあらんことを」




生け上がった花は、凛として美しかった。








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あきゅろす。
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