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薄氷に沈む (xan27)

捏造十年後





「俺は殺すなと言った。一人も。お前達なら殺さなくても切り抜けると思ったからだ」
夕闇の迫った執務室。
いつもの綱吉からは想像出来ないほど感情のない、淡々とした声がまだ明かりをつけていない部屋に響く。
XANXUSの赤い眼に揶揄すような光が過ぎった。
「ハッ、俺はお前の言うことを聞かなきゃいけないのか?」
「XANXUS!!」
裂帛の気迫。
裏社会の巨大組織ボンゴレファミリーを一声で動かす男の怒りだ。

しかしXANXUSは動じない。
当然だ。XANXUSはボンゴレ内では唯一綱吉と比肩する。

「俺は、殺すなと言ったんだ……っ!」

苦しげな声が絞り出されて、綱吉の手が強く強く握り込まれる。

目の前で不遜に立つXANXUSに比べれば、綱吉はずっと華奢だ。
腕は細く肩は薄く、手は小さい。
その姿は薄闇の中酷く脆そうだった。


今回の相手は元同盟ファミリー。
掟を破ったファミリーを盟主であるボンゴレが潰した。
客観的にはたったそれだけだ。
それだけ。
綱吉は武力対決が避けられないと分かった後ですら、部下には殺すなと言い続けていた。
最後の最後、ヴァリアーの出動命令書にも不殺の遵守という一文があったのだ。

……15年上の、穏やかな人だった。
ボンゴレを訪れるときはいつも綱吉にお土産を持ってきてくれた。
綱吉と同じ、争いの嫌いな人だったのだ。

戦況が不利になると分っていても、その方が争いが早く収まると分っていても――綱吉自身、その決断に迷っていても。
綱吉は殺すなと言ったのに。


XANXUSの瞳は嘲るような色を浮かべ、ただ綱吉を値踏みするように見つめていた。
すっと、毒々しく肉厚な舌が唇を舐める。
「残念だったなぁ―――綱吉」
ビクリと薄い肩が跳ねた。
XANXUSの視線が鋭さと熱を持って綱吉を見下ろす。
「結局アイツは優しいだけの無能だった。だから幹部の掟破りにも気付かなかったし止められなかった。ただの無能だ。違うか?綱吉」
苛烈な赤にあるのは嘲り。それは彼にか綱吉にか。
息をのむ綱吉の腕をXANXUSの太い指が掴む。
長く、節くれた指。
XANXUSとの距離が一気に縮まった。
甘やかさの欠片もない男の硬い手は暴力的な熱でもって綱吉を捕らえる。
「力のないヤツは消えてくだけだ。人のよさなんざ関係ねぇ」
だからアイツは死んだのだと、まるでキスでもするような距離なのに、XANXUSの赤い目はねっとりと綱吉を辿るだけ。
「つらいよなぁ、悲しいよなぁ綱吉…。もうその椅子に座っているのは嫌になっただろう?」
背筋を撫でるように響く低音。
言葉とは裏腹に、一片の同情も優しさもない目。
綱吉は泣き出す寸前のように顔を歪めた。

この男は、こうして気紛れの優しさの振りをして綱吉の心を蹂躙していくのだ。

傷に刃を突き立てるように。

綱吉の命令は無視され彼は死んだ。
だから綱吉は彼に銃口を向けずに済んだ。
それでも、もし綱吉がそれを認めたら、きっとこの男はボンゴレを綱吉から奪うのだろう。

XANXUSは忠告する振りで罵倒して、優しくする振りで追い詰める。




(決して屈しはしないけど)












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