蛍火 (幸佐)
隙間風がひどい。防ごうにも屏風の一つもないあばら屋で、内心の舌打ちを隠しながら佐助はさりげなく風よけになれる位置に座った。
裂傷の手当をしていた幸村が少し笑ったような気がしたが、うすぼんやりした灯りが揺れてそう見えただけかもしれない。
暗闇がかった中でも幸村の顔が血と泥がこすれて少しひどい状態なのが分かる。
そう、ひどい状態。大将が自軍からはぐれてこんなところで夜明かしするぐらいに。
「どう?旦那」
「よくはない。糧食はあるか?」
「あるにはあるよー忍用なんで口に合うとは思えないけど」
「阿呆。半分寄越せ」
「はいはーい」
懐にしまってあった携帯食の半分を幸村に渡して、残りの半分を口に入れていく。
全部あげるなんて馬鹿なことはしない。お互いに。この後どうなるか分からないから、そのときに戦えません守れませんなんて洒落にもならない。
普段団子だなんだと大食漢の幸村だが、戦場の粗食に文句を言ったことはない。
「意外だったな」
「何が」
「お前がついてきた事が」
「は?」
驚いたと言いながら幸村は咀嚼したまま淡々と言葉を続ける。
「雇われ忍びというのは、負け戦にはついてこない主義だと思っておったのでな。少し、面食らった」
忍用の携帯食は、固くて噛みにくくて青臭い。
「地獄まで供しても給金は変わらんぞ」
おもしろがるような笑みが、佐助を見ていた。
「別に、今日は負け戦ってわけじゃないでしょ」
「まぁそうだな」
「ならそんな話は無駄だよ。仮定の話なんて意味ない」
情に流される忍びなんて三流だ。
忍びは忠義を売ってるわけじゃない。城付きの忍びとはちがう。佐助のような忍は戦果を給金で贖ってやってるだけ。
死ねばそれまで。
沈む舟に意味はない。
いつかこの主を見限って行く想像をして動揺した自分に動揺した。
(嘘だろ、)
そんな、売った分の忠節しかつくさない自分が
最後まで
なんて
内心ぐるぐると動揺しているのをわかっているのかいないのか(わかっていないと思いたい)(看破されるなんて忍の恥だ)、幸村が呆れたように少し笑った。
「存外、情が深いのだな」
「うるさいよ…」
「では、こうしよう」
包みにしていた乾燥葉を、ぞんざいに熾火に放った。
「いざというときになったら、お前に機会をやろう。そのとき選べ」
見捨てるも
見捨てぬも
それを不忠とはそしらぬさ
そう言って少し姿勢を崩す幸村から嘘の気配はない。
本気なのか。
「――そのとき、あんたの側を選んだら?」
ガラにもなく喉が乾燥してひりついた。
ぐん、と肉食の獣のように幸村の目が暗闇の中で光る。
「そのときは、地獄の果てまで道連れだ」
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