彼の家

「わかってはいるけど、冬の掃除は辛いなあ……」

 彼らは離れにある畳の部屋に雑巾をかけていた。バケツに入った水は冷たいらしく、二人の手は先ほどの健康そうな色からは想像できないほどに赤く染まっていた。

「あ、姉ちゃん、窓も開けるの? 寒いよ」

 彼女が窓に手を伸ばしその鍵を外すと、その音で気付いたのか、彼は振り返った。彼女は顔だけを彼に向け、当然という顔をして、

「お掃除だもの、換気は当たり前でしょう?」

 そう言うと、彼は不服そうな表情をして、

「寒い、手痛いし、換気はいいからこのまま掃除しようよ」

 子どもが駄々をこねるようにそう言った。何度目かの彼の言葉で彼女は振り返った。

「何を言っているの、賢次! これくらいの寒さは風流でしょう? 全く、貴方は風流が解せないから――」
「それは姉ちゃんが家を継ぐって言ったから」
「それは貴方がお茶の味がわからないって――」

 彼が眉間にしわを寄せ、頬を膨らませ彼女を見ると、彼女はそれに気付いたのか、思わず笑ってしまった。

「ぷっ、ふふふふふ、やめてよ、賢次、そんな顔は」

 彼女は、それでも精一杯こらえているのか、体を小刻みに震わせながら口を押さえ、彼から視線をずらした。

「そんな顔してって、そんなに可笑しい?」

 二人は笑いながら、またそれぞれに掃除を始めた。

「もう、お客様がいらっしゃる前に終わらなかったら、賢次のせいだからね!」
「何だよそれ!」

 二人は笑いながら雑巾をかけた。
 徐々にその部屋の畳は光を戻していく。部屋には昇りゆく朝陽が射し込む。二人はその光に目を細めつつ、朝陽に埋められていく部屋にいた。



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あきゅろす。
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