緑色の猫と鯆

 少女は不治の病に罹っていた。幸いにして家が資産家だった為、今こうして緑豊かな静かな地で治療に専念できているのだ。しかし病状は芳しくない。何より、彼女が誰に告げられたでもなく、自分の病がどの様なものなのか勘付いていると言うのがいけなかった。

 男性はそんな彼女を付きっ切りで面倒を看る医師だった。未だ若いが頭の回転も速く、優秀で、何よりどの様な不治の病も、絶対に治るのだと言う信念の下、彼女の罹っている病気について、並々ならない情熱で研究を進めていた。

 二人は何時も其の様に、男性が少女の病状を看ている間、少女の口から漏れる話題を一つ一つ深めて行った。

「先生、科学の進歩は、本当に凄いのね」
「ああ、そうだね。だから君の病気も治る。信じて、頑張りなさい」
「無くなった脚が、別の形とは言えど戻って来たり、見えなかった目が見えるように為ったり」

 一つ、話が区切られたところで、少女は再度外を見た。窓の外には彼女が好きだと言った若葉を纏う木々が揺れていた。

「先生、私、驚いたのよ。四角いトマトや西瓜を見た時は。私は其れ等を手に取る事も、食べる事も未だ出来ていないけれども、素晴らしい研究の成果よね」
「そうだね。此の病院の中では四角いトマトも、四角い西瓜も、買う事も食べる事も出来ないから、退院したら御両親に買って貰いなさい。きっと美味しい筈だから」

 男性はよくそうして、少女を生へと如何にかして導こうと言葉を添える。希望を与える様に。未来を描ける様に。しかし其の様な時、彼女の反応は何もない。
 男性は長く為って来た少女との生活の中で、少女が何かに対し嫌だと感じた時に纏う雰囲気を、其の身体に染み込ませた。だから判る。少女が嫌がってはいない事を。しかし反応が来ない此の事を、そろそろ止めるべきなのだろうかとすら、男性は思っても居た。



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