a moth


「蛾って、哀れだよね」

 道路から少し離れた野原だった。いつからだったか、環境問題でダイオキシンとかいうものが人間の体に悪いからとかいう理由で、ゴミをあまり大きくはない焼却炉で燃やさないで下さい、とか言われて久しいが、そんなこともお構いなしで、彼は少量のゴミを落ち葉とともに焼いていた。日も暮れた夜のこと。もう、何時だかわからない。彼も私も、時計を持ってきていない。もちろん、携帯も。ただそこに佇むばかり。焚き火を、じっと見つめていた。

「光に、集まってくる」

 センセイから聞いたことがある。統合失調症の人は、どこを見ているともつかない瞳で、表情がなく、ともすると、幻想的な、妖しい魅力を持っているのだと。人は、どこか、その人たちに魅力を感じるとか、なんとか。確かかはよく覚えていない。ぼんやりと、晴れた空を見上げながら聞いていたから。よく、覚えていないけれど。
 でも、私は知らない。そうだから私が彼に惹かれるのか。彼が統合失調症なのか。それが本当のことなのか。

「死ぬんだよ。光に、この火に近付けば、死ぬんだ」

 彼はジーンズのポケットに両手を納めてその様子をじっと見ていた。瞬きをしていない。どれくらいしていないのだろう。瞳が、乾かないのだろうか。そのことだけを、私は懸念した。

「焼けて死ぬ。わからないのかな。段々と暑くなっていくのが。灼熱だろうに。こいつらにとっては……」

 ぼそぼそと、息を多く吐くような喋り方。少しだけ、鼻にかかった声。ぷちりと耳障りな音で何かを踏んだ。

「死ぬんだ。……哀れだよね、蛾って……」

 彼は、何を見ているのだろう。



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