11:43


 あの人に呼ばれた。来なさい、話があるから、と。
 突然のメールだった。パソコンの前で、私は歓喜に震えつつ、目を潤ませた。
 あの人に会える。
 嬉しかった。
 すぐに調べ始めた。明日、何時に家を出れば、あの人の元へ、何時に着くだろうか。どのような便があるのだろうか。ここからあそこに行くとするのであれば、やはり経由になるのだろうか。直通便はあるのだろうか。私には何もわからなかった。
 インターネットとは便利なもので、すぐにあの人の元へ行くための道は示された。明日の昼過ぎ頃の便が運よく空いているという。すぐさまチケットの確保をし、あの人へメールを返した。
 わかりました。明日行きます。そちらには、恐らく貴方の仕事が終わる頃に着くと思います。
 それからあの人の送ってくれたメールに添付されていた地図をプリントアウトする。私の住んでいるアパートはここです。着いたらとりあえずここに来なさい。そう付け加えてあった。
 それはつまり、泊めてくれるということなのだろうか……。
 しかし、私は何日ほど、あの人の元へ居られるのだろう。私は大学生という身分で、あの人よりは融通が利く。そのため、あの人が許すのであれば、何ヶ月でも居られるだろう。幸いにして、今は大学も四年。就職先も決まり、単位も取得済み、卒業もほぼ確定している状態だ。それであれば、私は、あの人の元に……。
 そう考えて、思考は停止した。プリントアウトされたあの人のアパートへの地図を見て、にわかに不安になったのだ。あの人の住む場所は私のあずかり知らぬ場所。さて、私はあの人の助けなしに、あの人のアパートへと、無事に着けるのだろうか……。
 言葉が通じればまだいい。しかし、私は語学には疎い。おまけに人見知りで通行人に道を聞くことさえできない。それは言葉が通じるここでさえそうなのだから、私が明日旅立とうとしているところでは、一層だ。聞くことなど、できるだろうか。聞けたところで、理解できるのであろうか。
 不安が私を支配した。
 しかし、あの人の送ってくれたメールを見やると、自然と心の奥底で、心臓が強く、熱く、甘く、優しく波打つ音が聞こえるのだ。
 行ってから、考えよう……。行ってから。行けば、あの人の居る地だ、行けば小さな私にでも、力が湧いてくるかもしれない。
 写真を撮られるのがあまり好きではないと言っていたあの人が、私と唯一一緒に撮ってくれた写真が目に入る。写真立てごとそれを胸に抱くと、あの日、あの人の心の音を一番近くで聞いたあの日の熱が、私を焦がした。



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あきゅろす。
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