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novel
純白色のlily[キッド→マカ]
厳密にいえばキッド→←マカです




死武専の放課後、俺は父上から聞いていた『世界シンメトリー遺産写真展』へ行き、閉館する時間まで滞在した帰りだった。

上機嫌でベルゼブブを走らせていた俺は、左へ曲がろうとした時、ふと右側の店の前に美しいシンメトリーの頭をみつけた。
綺麗に分かれたツインテールの髪、スラリとした立ち姿。
それはどう見ても知っている女の子、マカだった。
目の前のショーウインドーの中を凝視しながら、たまに下を向き肩を落としている。
その度に揺れる二束の髪が左右対称の動きを見せるので、つい俺は見入ってしまった。


その時だ。


ポツリ―――


ポツ、ポツ、ポツポツポツ……

ザーーーーーーー


「のわぁぁあ!」


頭上に落ちてきた水滴が恐ろしい程の量を増し降ってきた。

堪らず、風を切るように目の前の屋根の下に飛び込んだ。
そこは勿論、マカのいるショーウインドー…
迷っている暇もなく、後ろ姿の彼女の右側へ。
急ブレーキを掛けた途端、地面とショーウインドーに跳ね返った風が舞い上がりマカのスカートをふわりと浮かべ、中の白をチラリと見せた。

白…

はっ!!マズイ!!伝説の必殺技『マカチョップ』が飛んでくる!!

…と思ったのだが、一向に飛んでくる気配が無い。
それもその筈、彼女は自分のスカートが浮いた事、ましてや俺が隣にいる事すら気付いていないのだ。

体に付いた水滴をハンカチで拭き取りつつ俺は思った。

それ程までにマカの意識を惹きつける物とは一体何だ…?
ソウルと一緒ではなく独りで居る彼女の、誰にも言えない秘密を盗み見るような気がして、申し訳ないような、心が浮き立つような、妙な感覚でマカの視界の先を覗き込むと、そこには――――

レースや薔薇などの装飾が施された、眩しいまでに純白のドレス。
紛う事なく、それはウエディングドレスというものだった。

マカがウエディングドレスを見て溜息をついている…?
目を見開き覗き込んだ俺の顔に、やっと気付いたマカが同じように目を見開いて、ビクッと体を硬直させながら声を上げた。


「キィィィッ!!??」


謎の奇声を上げられたので、俺も驚いた。
が、マカの方が遥かに驚いたのだろう、腰が抜けるように膝が落ちかけたので、急いで彼女の両肩を掴んで支えた。


「だ、大丈夫か?すまない、そんなに驚くとは思っていなくてな。」

「わっ、私こそ、変な声上げちゃって…。」


下を向いて掴まれた肩を縮こまらせ、両手を口元を隠すように添えて恥ずかしがっているマカ。

そんな彼女を見ていると、自分の呼吸の回数が多くなる…

あぁ…湿り気に漂うアスファルトの臭いの中に微かに香る甘い香りは、目の前の少女のモノなんだろうなと、つい目を細めて想い耽ってしまう。


「キッド君っ、もう大丈夫、一人で立てるからっ。」

「あ、あぁ。」


そっと両手を離すと、手から彼女の感触と温もりがスゥっと消えていった。
それが俺の心に空虚感を与えてくる。それを悟られないように緩やかに降ろした。


「ありがとう。あれ?雨降ってたんだっ。」

「何?雨にも気付いてなかったのか?」

「う、うん…。」

「よっぽど、これが気になっていたんだな。」


右手の親指でウエディングドレスの方を指すと、チラリと緑の瞳がそれを視界にいれ、直ぐさま俺の方に向けられた。


「っ…気になってたっていうか、見てただけだよっ。」

「そうなのか?ジッと凝視したり、溜息をついていたりしていたようだが。」

「え?!い、いつから見てたの?!」

「今し方だが…いつから見ていたのだ?」

「死武専が終わって、結構直ぐ…。」

「何?では3時間もずっとここでこれを見ていたのか…?」

「えっ?!」


どうやら、マカ自身どれ程の時間ここにいたのか判っていなかったらしい。
恥ずかしそうなマカは、見ていて胸が浮き立つ。
これは、申し訳ないというより、楽しいのかもしれない。
本人に言ったら怒られるだろうな。


「そんなに見ていたという事は、これを着たいのか?」

「え?あ…その…。」

「どうした?」


ゆっくり俯いたマカは、か細い声で何やらゴニョゴヨ言っている。
その小さな声を、俺は空から降る大量の雨に掻き消されて聞き取れない。

マカがウエディングドレスを着たいかどうか。
気にならない訳がなかろう!


「マカ、聞こえにくいからもう少し大きな声で言ってくれ。」

「だから、ごにょごにょ…。」


やはり聞こえない。
仕方ないのでマカの口元に耳を近付けた。


「これなら聞こえる。さ、言ってく――」


「きゃあっ!!」

「ギャ!!」


マカに耳元で叫ばれ、耳から耳へ劈く音に一瞬真っ白になり、その後すぐに耳と頭がキンキン痛くなった。



「マカ…何をする…!」

「ご、ごめん!いきなり来るからビックリして…。」

「それでも驚きすぎだぞ…。」

「ホントごめん…。」


素直に謝ってくれるから、こちらもすぐに許す気になる。


「判った。で、結局何なんだ?」

「…。」


マカは、チラリとドレスに目をやってから、やっと聞こえる声で話し始めた。


「このドレス、凄く綺麗でしょ?このお店の前通る度に見てたんだけど、最近あそこの写真館でこのドレスを着てるお嫁さんの写真を飾ってるの。その人、すっごく似合ってたの…。背も高くて大人っぽい感じで、ドレスに着せられてる感じじゃなくて、ちゃんと自分のものにしてるっていうか…絵になってて…」


悲しそうな、淋しそうなその物言いは、手の届かない物を嘆いているようだった。
しかし、ここに飾ってあるウエディングドレスは、大人びていても子供っぽくても、どちらでも似合うように俺には見える。
その女性はよっぽど似合っていたのだろうか。
いや、例えそうだとしても。


「マカも似合うと思うが。」


自然に口から出た言葉だった。
こんなにも可愛らしいマカに似合わない訳など無い。
どんな服だろうと、マカを引き立ててくれるだろう。
俺は心からそう思っているのに…


「ありがとう…。」


と、明らかに信じられていない。


「本当にそう思っているぞっ。ウエディングドレスという物は、幸せになる女性全てに等しく似合う物なのだからなっ。」


なかなかの正論を言ったのではなかろうか。
とも思ったが、マカにはイマイチだったのか、一向に顔を上げてくれん。


「私も、リズやパティみたいに大人っぽかったり、…胸が…。」


どうやら、自分の体型に自信が無いらしい。
こんなに美しいシンメトリーだというのに、何故悩む必要があるというのだ?


「マカは、そのままでも充分だと思うが。」

「全然だよ!!」


驚くほど徹底的に否定するのは、もっと何か深い事情があるんじゃなかろうか。
こういう時、やはり気になる男に何かを言われた…とか。
もし、それが当たっているとしたら、俺では無いんだろう。
それを確認するべきか、答えが出ない。
答えを知って、傷付くのは…


「あ…あの。」


まずいな…マカが声を荒げてから何も返事していない。
しかし、俺が言いたいのはただ一つで。

俺も、チラリと純白のドレスに目をやった。
マカは、コレを一体誰の為に着たいと思っているのだろう。
コレを着ているマカに、来賓席から拍手を送らなければならないのか。

救いようのない未来だな…。

ショーウインドーに凭れ、俺の視界からドレスをなくした後、一度瞼を閉じて気持ちを整理してから、右にいるマカに目線をやった。

俺が今、唯一ソイツから奪えるモノがあるとすれば、それは―――


「試着してみるか?」


マカのウエディング姿を、一番に見る事。


「なっ!!何言ってんの?!ににに似合わないって言ってんのに!!」

「似合わないかどうか、着てみればいいだろう?」

「やだよっ。そ、それに、結婚する前に着たらお嫁に行けないっていうし…。」

「そんなものは迷信だ。それは信じるのに、自分の事を信じないとはマカらしくないぞ。」

「う…。」


俺にとっては迷信じゃなくてもいい。
マカが気になっているという輩が離れていけば都合がいいのだ。
俺が、絶対に嫁にすればいいんだからな。

迷い始めているマカの左手を掴み、空いている手で店のドアを開けた。


「ちょっ…キッド君…!」


カランカラン…


レトロチックな音を響かせたドアベルは、結婚式のベルを意識しているのだろう。
そのせいか、少し気持ちが浮き立った。


「いらっしゃいませ〜。」


ショーウインドーは壁になっていて店内が見えなかったが、こうやって中に入って見渡すと、奥が広い構造になっている。
よし、ちゃんと試着室もあるな。


「表のショーウインドーに飾ってあるウエディングドレスを試着したいのだが。」

「はい…?」


…店員が俺の姿をマジマジと見てくるんだが…まさか…


「着るのは俺ではないっ!この娘だっ。」

「あっ、失礼しましたっ。」


失礼にも程があるぞっ!!
何故俺が女装せねばならんのだ!!虫酸が走るわ!!


「キッド君、綺麗だもんね…」


マカ…それは褒め言葉になっておらんぞ…。

む…これでは余計に着てくれなくなる…。
大体、一緒に居るマカに失礼ではないか!
ここの店員の目は節穴過ぎるぞ!!

が、ここで喧嘩しては元も子も無いので我慢だ。
不機嫌な気分が抜けないのを吹き飛ばすように咳払いをしつつ、もう一度ドレスの話を持ち出した。

すると、店員はマカの姿を上から下まで見てからこう言い放った。


「失礼ですが、おいくつでいらっしゃいますか?」


その言葉でマカの顔が真っ赤になってしまった!!
これは最悪の方向へ向かっている!!
この店員は俺に恨みでもあるのか!!!


「そんな事はどうだっていい!!彼女に展示してあるドレスを着せるのか着せないのかどっちだ?!」


肝心のマカそっちのけで店員に突っ掛かっていると、店員が俺の頭を凝視した。


「あっ…あなたはもしや死神様の…?」

「…あぁ、そうだが。」

「しっ、失礼しました!!ささっ、お客様、こちらへどうぞっ。」


…こういう風に態度を変えられるのは気に食わないが、それより今はマカにドレスを…

と、奥に連れていかれるマカの顔がチラッとこちらを見た時、俺を瞬殺しそうな程の怒りと羞恥を向けられた。
完全にドレスを着せる事しか頭に無かった俺は、マカが余計に恥ずかしい思いをしているのを判っていなかった。

後でマカチョップを何度も喰らわされるに違いない…。
こ、これは覚悟しておかねばな…。



だが、俺が覚悟しなければならないのはもっと他の事だった。



マカが奥に連れて行かれてからもう1時間になる。
外の雨も小降りになり、あと少しすればあがるのではなかろうか。

この1時間の間、マカの事ばかり考えていた。
マカチョップの事もだが、何よりも…マカの想い人の事。
俺が気付かないという事は、知らない奴か?
いや、バレないようにしているとすれば、有力候補としてはソウルだ。
だが、ブラック☆スターも無いとは言い切れない。
他に思い当たるかといえば…どいつもこいつも無いと言えないではないか!!


「キッド君…。」


控えめな少女の声が、俺の意識を現実に引き戻した。
待ちに待ったその声の主の方を見た瞬間、世界の時は刻むのを停止した。


「どう…かな…?」


左右にあった髪の束は後ろで一つに纏めあげられアップになっていて、白バラや白百合をあしらった髪飾りが付いている。
そして口元に薄く引かれた紅と、恥じらいで染まった頬が彼女の白さを更に引き立てている。

何故だろうか…飾られていた純白のドレスが、より一層美しく見えるぞ…!!

それはもう、まさに女神!!
女神の降臨だ!!


「あの…キッド君?」

「わぁっ!!す、すまん!見とれてしまってつい―」

「見とれて?」

「あっ!いや!その…!!ななな何でもないんだ!気にするな!!」

「見とれてなかったんだ。」

「え?いやっ、見とれ…て……た…。」

「へへっ、ありがと。」


ありがとうと言ったマカの笑顔は、どんな狂気も吹き飛ばしてしまいそうなほど純粋無垢で、それでいて、乙女の色も見せていた。こんなマカの姿を見られるとは、俺は何て幸せ者なのだ…!!

いや待て。
この女神の想い人は俺では無いのだろう?
こんな風に一時の幸せに浸っていていいのか?
誰かのモノになってしまうのだぞ?!
俺ではない誰かの…!!


「ねぇ、肝心な事まだ言ってくれてないんだけど。」

「へ?」


いかん…マカの前で思い耽っては興味が無いと勘違いされかねん…!
ん?肝心な事とは一体何だ?


「ちょっと、似合ってるの?似合ってないの?」

「なっ…もちろん似合っているぞっ!見とれてたんだからな!!」

「…わざわざ髪飾りもシンメトリーに見えるように付けてもらったんだから…。」

「え…?」


そ…それは…俺の為に…?!
き、聞き間違いではなかろうな…?!


「マ…マカ…?」

「もうっ!こんなの着させるから悪いんだ!!ちょっと…調子に乗っちゃっただろ!」


ぎゅっ…


「きゃっ!?」


俺は、思わずマカを抱きしめた。
加減が出来ているのか判らないくらい、夢中で。


「まるで女神のようだ…。」


素直に口から溢れた言葉は、彼女の耳元に捧げられた。
言葉は違えど、『愛している』という想いを込めて。


「ほ…褒めすぎだよ…。」

「褒めすぎなものか。褒め足りないくらいだ。」

「うぅ…。」

「あのー、お客様?」

「ぅわあぁぁあ!!」


…水を注された。
そのせいでマカに物凄い力で胸を押され離された。
何なのだ!!ここの店員は早々に入れ替えるべきだぞ!!

まぁいい、今は気分が良いからな。


「このドレス一式、買うぞ。」

「え?えぇぇえ?!!」

「お買い上げありがとうございます〜。」

「キキキキッド君?!」

「今日の記念だ。よく似合っているし、貰ってくれ。」

「でもっ、えっと、あっ!た、高いし!」

「構わん。」

「こ、こんなの貰ったって着る事ないしっ!」


かなり焦っているようだな、断る理由を並べようとしているが上手く出来ていないぞ。


「記念だと言っただろう?マカが結婚する頃にはこのサイズは合わないだろうしな。」

「う…それは判んない…けど…。」


変わらないなら変わらないでいい。
俺は今のマカも好きだから。
このドレスを着てもらえる事が嫌な訳がなかろう?


「何が変わろうが変わるまいが、マカはマカだろう?ただ、今のマカにあげたいんだ。」

「キッ…ド君…。」

「貰ってくれるな?」


顔を近付け、有無を言わさぬようにジッと緑の瞳を見つめた。
赤い果実のようにマカの頬が紅潮してゆく。
今まで見たどんな時よりも赤く…。


「…うん…。」



マカがドレスから着替え終わった後、そのウエディングドレス一式をアパートに送る手配をしたが、改めて思えばそれで良かったのだろうか?
マカがソウルの前で着なければいいのだが…。


「ねぇ、キッド君。」

「何だ?」

「キッド君て、胸の大きい人が好きなんじゃないの?」

「?いや?そんな事はないが、何故だ?」

「ううんっ、別に!それより、ドレスありがとうっ。」

「あぁ…。」


ソ…ソウルの前では着ないでくれ…と言っておくべきか…
格好悪いがそれも仕方ない!!


「ソ…」

「私、キッド君の前でしか着ないからっ。」

「…へっ?」


雨のすっかり止んだ空の下、彼女は少し走ったあと振り返った。
満面の笑顔、揺れる髪とチェックのスカート。


「白…。」


どうやら、俺の予想は白だったようだ。








後書き↓

最後の意味が解りづらいよ!!と自分でツッコミ。
『自分じゃない誰かを好き』というキッドの予想が外れた事を(当たってたら黒)マカのパンチラ見ながらボンヤリ思うという…。
この話、2回もパンチラ出てくるよ!!
これ大丈夫?!色んな意味で大丈夫?!
…キッドがニヤけてる訳じゃないから許して下さい;
雑になっちゃいましたが、6月中に花嫁ネタが書けてよかったです。




こんな駄文を読んで下さり
ありがとうございました。

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