(***) ガシャン、と何か瀬戸物が割れた音がした。 「大丈夫かよー」 「チカ、助け‥てぇ」 悲痛なその声に慌ててキッチンを覗けば、ユエが冷蔵庫に張り付いていて(口許を押さえた必死な形相で)、猿飛が指先を破片で切っていた。ちなみに助けてという声はユエのモノだ。 「‥いや、普通に考えて勿体ないだろ」 「そーだよ、姉ちゃん」 「だめ、駄目だよ」 ほら、と血の滴る指を差し出されてもユエはふるふると首を横に振った。同族喰いの俺には人間のソレは魅力的には嗅ぐわないが、もしこれがユエの血液かと思うと勃っちまいそうだった。 「いらないの?」 「渇いてないから、平気」 過剰摂取は駄目だねと言って猿飛は水道で血を流す。それを惜しそうに見つめるユエを俺も猿飛も見ない振りしていた。 猿飛はバイトに向かった。二人きりになるとき猿飛は「襲うなよ」と釘を刺していく。が、ところ構わず襲うようなジャンクじゃねぇよと笑えば、信用してるよと笑顔で言われた(目が笑ってない) 「お前さんはよ、頑固だな」 「‥同族喰いのチカに言われたない」 「同族喰いといやぁよ‥真田の野郎にも喰われたんだって?」 「うるさい、幸村は特別なんだ‥苦しむ姿はみたくない」 「‥佐助の血は駄目」 「えー、なんでだよ」 「‥いつか、喰い殺しちゃう」 「好きすぎて?」 「‥‥好きすぎて」 同族にしてしまうのは嫌なのだとユエは目蓋を伏せた。 「俺らはそうやって生きてくしかないんだぜ?」 「私は‥まだ、死ねる」 「‥死ぬなよ」 「チカは、死にたいって思ったことないの?」 「‥‥さぁてなぁ」 「‥光秀さんになら、殺してもらえるけど」 「あいつはあんな成りして聖職者だもんなぁ」 あんな闇を纏っているくせに、と言えばユエはクスクスと笑っていた。 「闇だからこそ、だよ」 「ああん?」 「‥光では、駄目なときもあるの。闇は闇で呑まなければ」 「小難しい話だな」 「私の専門、よ」 愛しいからこそ 私は、本来の欲望と言う“血”に呑まれてしまうのを恐れているの。 [*前へ] [戻る] |