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02*
あれよあれよという間に家康くんの家に着いてしまった。恐れながら何を話したのかなんて覚えていない、多分、仕事の話とか学校の話とかそんな他愛もない話をしたのだろう。家康くんは嬉しそうにニコニコしていた。本多さんにお礼を言って車を見送れば家康くんに手を取られる。荷物を持ってくれ、エレベーターに乗り込む、私はエレベーターに乗り込んだ瞬間に緊張して俯いてしまった。

「先程も言ったが」
「っ、えっ?」
「ユエの嫌がることはしない、約束する」
「うん、」
「だから、気楽にしてくれ。こちらまで緊張してしまうではないか」

繋いだ手が震えていて、緊張しているのは私だけではないことを知った。あらまと私はそれだけで少しだけ余裕を取り戻して、キュッと手を握る力を込めてやった。

「家康くんも緊張してるんだね」
「そりゃあ、好きな人を家に招くんだ」
「そっか、そうだよね」

忘れてしまった感情だと私は苦笑した。甘酸っぱい感情は懐かしいと少しだけ昔を思い出す。最後に付き合った人は少し年上で、でも淡々とした関係だったと思った。

「上がってくれ」
「お邪魔します」

男性にしては整頓された部屋は私の家より広くて驚いた。リビングに通されてお茶を出されて借りてきた猫のようにキョロキョロと見渡して動けずにいた。気楽にしてくれと言われたが、ソファに座り込んだまま空返事をしてしまった。

「ユエは」
「ん?」

隣に腰を下ろした家康くんにピクリと反応してしまい、家康くんは苦笑した。なにもしないのは理解できているが、男性と二人きりでいるなんて久々でしかも久々に再会で好意を持たれているのだ。意識しない方が可笑しいだろう。

「驚いただろう」
「そりゃあね、久々の再会なのにいきなり告白してくるんだもの」
「すまない、でもワシはずっと待っていたんだ」
「私のことを?二度と会えなかったかも知れないのに?」
「会えると信じていたから」
「凄い自信だこと」

くすくすと笑って私はお茶に手を伸ばす。コクりと飲み込む姿を家康くんに見られていて少しだけ恥ずかしく思った。何をするわけでもなく家康くんは私をじっと観察しているのだ、また緊張して手が止まってしまった。

「い、家康くん?」
「ん?」
「あ、あまり見ないでよ」
「胸に納めておきたいんだ、滅多に会えないんだろう?」
「月イチ、会える時間を作れるよう努力はするから」

だから、あまり見ないでよ。と言うが家康くんはニコニコしているばかり。月イチという言葉に気をよくしたのか嬉しそうに無理しないでくれと言うけど、言葉と表情が伴ってないよと笑った。すると携帯が震える、黒電話の着信音に驚いた家康くんにごめんねと言って画面を見れば会社の同僚だった。待っていてと言って立ち上がる、正直、この状況下での電話は嬉しかったりするのだ。

「はい、紺野です」
「ユエ?あの書類どこやった?」
「慶次くんたら随分な挨拶だこと。来月の企画書なら私のデスクにあるはずだけど?」
「あ、これか」
「クリアファイルに挟まってるでしょ?」
「あった、あった、さんきゅ」
「慶次くん、サヤカに叱られないようにね」
「またそれかよ、二度はやらかさねぇし」

はいはいなんて空返事をして電話を切れば、家康くんが真面目な表情してこちらを見ていた。首を傾げれば名を呼ばれる。

「今のは、会社の人だよ」
「分かっている」
「な、なんか怒ってる?」
「いや、別に」
「あのさ、良い顔しなくていいよ?」

そう言うと家康くんはキョトンとした表情になった。

「言いたいことは言った方がいいと思うんだよね。今のだって家康くんは気に食わなかったんでしょ?」
「それは」
「だから、私の前では無理して笑うことないよ。ブランクあるんだから家康くんのこと色々知りたいと思うし」

いきなり無言になった家康くんを恐る恐る見上げる。確か昔の人に言われたことをそのまま言っているだけな気がして申し訳なく思ったが、今の家康くんはその時の私を見ている気がしたのだ。

「気に入らない」
「うん」
「頭では理解しているんだ、仕事の人だって、でも親しげに話をしていて、ワシにはまだ気を使っているだろう」
「うん」
「だから、ワシにも気さくに話をして欲しい」
「そうだよね」

ポツリポツリと話をする家康くんに昔の私を重ねてしまった。そうか、あの時の彼はこう思っていたのかもしれないと苦笑して、無理して笑う家康くんの手に触れた。ピクリと肩が震えた家康くんに大丈夫だからと笑って見せた。

「同じだよ、私だって家康くんが別の女子と親しげに話をしていたらヤキモチを妬いてしまうかもしれないよ」
「ユエは余裕だろう?」
「ヤキモチに年齢は関係ないよ」

本当か、と頬を膨らませた家康くんが可愛らしく見えた。身体は大人なのに中身はまだまだ子供なんだなと思って、目の前の子供が喜ぶようなことを考えると今のところ、ひとつしかないなと頬に指先を滑らせる。

「ユエ?」
「一歩、特別なことをしよっか?」

ちゅっと触れるだけのキスを唇に落とす。吃驚して身を離した家康くんは何が起きたのか理解できないと言った表情を見せた。ようやく理解した家康くんはみるみるうちに顔を赤くして、口許を押さえた。

「キスぐらいで顔赤くして」
「いきなりするからだろう、驚いたぞ」
「家康くんは特別だよ、だからキスしたんじゃない」
「今一度、」

ふふっと笑って目を閉じれば唇が重なる、ちゅっと鳴るリップ音が恥ずかしくて腰を引けば逞しい腕が背中に回った。驚いて目を開けると熱っぽい視線と絡む、これは嫌な予感しかしないと密着した身体の間に腕を割り込ませた。

「い、家康くん」
「ユエ、泊まっていってくれないか?」
「えっ?あ、ああ、でも私」
「ああ、どうしようか。嫌がることはしない、約束するからなんて言わなければよかった」

本当は今すぐにでも抱いてしまいたいんだ、ユエが誘うから、なんて呟いて家康くんは深く溜め息をついた。健全な男子はこうなるのだろうか?私は不健全なオトナだから、でも、このままなし崩しに抱かれてしまったら家康くんも悪いオトナになってしまいそうで怖いのだ。私は本当は彼の家に行くと了承した時に、キスをしようと決めた時に、こうなってしまうと理解していたのだから。家康くんの反応は正しいことなのだ。

「家康くん」
「ユエ、ユエ、すまない、ワシ、どうにかってしまいそうだ」
「約束したじゃない」
「嫌がることはしない、絶対に約束するから」
「そんなに、私の事が好きなの?」

好き、好きだ、大好きなんだと苦しそうに呻くように言う家康くんに少しだけ優越感を覚えた。約束した言葉の意味を理性では理解していても身体は素直に求めている、欲しい玩具を欲しがりながら我慢する子供のようで、愛らしく見えてしまった。欲しい欲しいと家康くんが全身で叫んでいるように見えた。そんな彼に出す私の応えは、割り込ませた腕を彼の背中に回すことで決まった。耳許に唇を寄せて「ご無沙汰で、不慣れだから優しくして」と甘く囁いてやる。すると優しくも強く掻き抱かれ、ソファに押し倒されてしまった。この部屋で何人の女(ひと)を抱いたのだろう、そんなことを思いながら私は家康くんのキスに応えることにした。唇を割って生温い舌が咥内を侵す、呼吸が苦しくなるキスは本当に久々で、ブラのホックを外されたことに気付けなかった。たゆんと解放された胸はあまり大きくなくてコンプレックスなのだが、家康くんは大切そうにその大きな手で包むように触れた。

「ユエ、もう、待ったは効かないからな」
「優しくしてくれるなら、喜んで」

服を脱がされソファの下に落とす、そんな手つきがあまりにも慣れていて少しだけ悔しかったが、家康くんは本当に優しく溶かすように私を抱いてくれた。何度も名前を呼んで、何度もキスをして、ゴム越しの射精は私を焼いてしまうのではないかと思う程に熱く感じた。ああ、ようやく終わったかと汗ばんだ頬にまとわりつく髪を退けていれば、家康くんが不安そうにこちらを見ていた。

「ユエ、大丈夫か?」
「だいじょうぶ、気持ちよかった」

くったりと呆けていたらしい私を心配したようだ。大丈夫だよと笑って見せれば家康くんは申し訳なさそうに眉を下げて、言いずらそうに唇を噛んだ。どうかしたの?と問えば、もっとしたいと猛りを太股に押し付けてきた。滅多に会えないんだろう?ユエを覚えていたいんだ、優しくするからなんて目の前の青年に口説かれて否と答えられる筈もなく私は自分の身体の心配をしながらも、いいよなんて答えていた。

--それから、何度目かの熱をゴム越しに受け止めて行為は終了したらしい。私は途中、もう声が枯れてがさがさになった喘ぎと許してと涙ながらに訴えるようになっていた。家康くんは私の涙に興奮したらしく舌で掬って舐めていた。驚いたが誘ったのは私なのだと戒めて家康くんの腕に爪を立ててやることにした。背中ではいかにもだから、腕なら理由がつくだろうと薄ら残った理性で考えたのだ。若いって素晴らしいねと言えばユエだから止まらなくてと家康くんは申し訳なさそうに笑っていた。

「ユエ」
「ん?」
「すまなかった、優しくするなんて無理だった」
「今更だなぁ、大丈夫、痛くなかったよ」
「違うんだ」
「なにが?」
「ユエには、酷いことをしてしまいそうで、怖いんだ」
「こわいの?」
「優しくしたいのに、酷くしたい」

難しい話をするのねと私は苦笑した。でも素直な家康くんの言葉に血を見ない程度になら酷くしても大丈夫だからと私は応えることにした。家康くんは分からないんだと悩ましげに溜め息をついて私を抱き締めた。

(この好意が若さゆえの過ちだとしても構わないよなんて言ったら彼は怒りを見せるのだろうか?)


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