(始動)
リュケイオンの仕事を任された<A-K>の補佐として長年付き添っていた本部の人間がいた。
彼女はユエという。シンクタンク・アトランダムでは音井正信に継ぐ能力を持ち、正信とは姉弟のような関係だ。年齢は正信よりも5つ上で今では“教授”の地位を与えられている。自身でロボットを造るまでは行っていない、造られ実際に始動したロボットの調整やプログラムのメンテナンスを請け負うだけの異端児扱いをされていた。
“粗”を見つけることに関すればどの研究員も一目置いている、初めは総責任者であるDr.カシオペアの側近として活動をしていたがリュケイオンの話が進むにつれてそちらに興味を示し完成したリュケイオンで<A-K>と共に作業をする毎日だった。
「<A-K>こちらの調整は終わったわ」
「ありがとうございます、ユエさん」
「あと、ここのプログラムなんだけど‥」
生真面目で勤勉で、彼女を欲しがるラボは少なくなかった。カシオペアは人間の出入りが少ないリュケイオンよりももっと本部の仕事を進めたのだが、ユエはそれを断り自らリュケイオンへ志願したのだ。理解できないと周りは言うが彼女がこちらを選んだ理由の一つに金糸を持つロボットが関係していることは弟分である正信しか知らない。
「ユエさん、休憩にしませんか?」
「まだ大丈夫、こっちのプログラムと‥そうだ、午後から<A-O>に連絡して現段階で動いているロボットの情報を貰わなくてはいけないし、明日にはエルが遊びにくるみたい」
「20分だけ、そろそろアップルパイが焼けると思うんです」
「カルマ、アップルパイは冷めた頃が好きなの‥あと90分の間にプログラムの粗ぐらいなら--そうね6割りぐらい見つかるわ」
パソコンに向かってタイピングを続けるユエにカルマは溜め息をついた。
「わかりました、冷めた頃に紅茶を淹れます」
「ありがとう、“兄さん”」
ユエはリュケイオンを愛している、他のどのロボットよりも研究員よりもこの海上都市の企画が始まりカルマの調整が行われた頃から興味を持っていて、大人になったら絶対手伝うと意気込んでいた。反対しなかったカルマは--今は少しだけ後悔しつつも、彼女の頑固さを改めて認識したのだ。
「正信といい本部といい‥あれこれと注文が多いわね」
「期待されているんですよ」
「まだカルマの調整が完璧ではないのに、時間が掛かるって報告書出さなくちゃね」
「そうですか?私は充分だと思いますが」
「駄目、お披露目はキチンとカルマが1日中リュケイオンと繋がって、この都市を難なく動かせるようになってからにするの」
「そればかりは‥私の力不足ですね」
違うわ、とユエは声を荒げて顔を上げる。ベリーショートのプラチナブロンドを逆立てアメジストを模した瞳が静かな炎を宿してカルマからパソコンに視線を移した。
「いつかリュケイオンに<ORACLE>とアトランダムの本部を置くって噂があるの、まあ最初からそのつもりでこんな馬鹿デカイ作りにしたんでしょうけどね」
海上からロボットを搬出する、必要でなくなった秘密文書やロボットたちは海の藻屑となり消えるのだろうか、そんなの道具と同じだとユエは憤慨していた。
そんな怒りと取れる表情は彼女にとって“悲しみ”であるとカルマは知っていた。長年の付き合いから学んだことなのだが、彼女は正信より幾分か扱いやすい、視覚から得られる情報を元に感情を汲み取るのは簡単ではないにしろ--今の彼女は確かに泣いてしまいそうだった。それは他でもないカルマ自身を心配して、少しでも負担を少なくできるようにと“副市長”を提案してきたのである。半分とまではいかなくても3割りでもいいから任せてみないかとカルマに相談したのはつい3年前の事だった。
「カルマ、別に反対してるわけじゃないの」
「わかっていますよ、ユエさん」
「私だって、各本部をここに置いて貰えることは光栄だって理解しているわ、でも、」
「大丈夫です、それに私は独りではないでしょう?」
「えっ?」
「ユエさんが傍でこうしてメンテナンスをしてくださって、何かあれば正信さんも来てくださいます。私にとってお二人が味方でいてくださることはオラトリオが補佐に付いてくれることよりも心強いです」
「そっ‥そんな、買い被り過ぎだよ、カルマ」
ですから、少しだけ休憩しませんか?とカルマは微笑む。今度ばかりは茹で蛸状態の頬を両手で押さえたユエはコクリと頷く。支度をしますねとティールームに姿を消したカルマを見送って、ユエは窓の外を見上げた。
「‥やっぱり、兄さんには敵わないなぁ」
惚れた弱味というものは厄介だった
アップルパイに紅茶、ユエにとって最高のティータイムだった。
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