妄想SS/short
噛む。(赤澤×観月)
彼は僕の事を姫だって言う。

僕は男で彼も男だから別に僕が本当に姫な訳じゃありません。

だけど、彼からの扱いはよくよく考えると、今まで姫そのものだった。


「なぁ、姫?」


僕の想い人の赤澤くん。
彼はかっこいい。僕に無いモノを持っている。


「僕は姫ではありません。観月です。」


本当は彼がやるべき仕事なのだけれど、何かと僕は理由をつけては部誌を書く様にしていた。
その方が彼と向き合える時間が多くなるから…


「赤澤くん、今日のメニューを教えて下さい。」

「ん…」


赤澤くんに差し出された紙を受け取り目を通す。
僕が指示したメニューを彼は部員達にしっかりと熟させていた。


「素晴らしい…今日も上出来ですね。」


パソコンにも今日のデータを打ち込む。
それをただ赤澤くんは何をする訳でもなく待っていてくれる。


「なぁ、観月…」

「なんですか、赤澤君。」


二人きりの空間で名前を呼ばれるだけでドキドキしてしまう。
どうしようもない位に僕は彼の事が好きだった。


「結婚しよ?」

「急に何を言うかと思えば…今の日本の法律では無理です。」


素っ気なく返すつもりでも、その事自体は否定もしないで表面上は反応しない様にしても内心…
僕の心臓は破裂するのではないかと言う位に煩く鳴っている。


「はじめ、はぐらかすな。」

「っ…」


彼は狡い。こういう時にワザと下の名を呼ぶ。
彼は確信犯だ。
きっと彼は僕がどれだけ恥ずかしいんだとか、どれほどときめいてるんだとか分かってると思う。


「返事くれよ。」

「そんな事、聞かないで下さいよ…っ」


恥ずかしい。
だけど、許されるものなら…僕は彼の人生の伴侶となりたい。


「俺じゃダメか?」


ふわりと優しく左手を上げられた。全ての指の指先に優しいキスを落とされる。


「はじめ、愛してるよ…」

「赤澤く、痛っ!?」


優しいキスの後、不意に痛みが走り小さく肩が竦み上がってしまった。
怖くてそっと痛みを感じる方へ視線を向ければ彼が僕の指を噛んでいる。


「赤澤くん、何を…」


やっと離してくれたかと思えば今度は何度も何度も噛んだ指にキスを降らせている。
彼が何をしたいのか解らない。こんな彼は僕のデータにはなかった。
一緒に居て、僕の知らない彼がどんどん現れる。


「返事をしないお前が悪い。」

「まったく、貴方という人は何なんです、か…」


まだ痛みの残る左手を見れば、そこには薬指の付け根にくっきりと噛まれた痕が残っていた。
それはまるで、指輪のように…


「これは一体…」

「俺の噛み痕の指輪が消える前に、はじめからプロポーズの返事が欲しい。そしたら、今度は本当の指輪を贈るから…」


嗚呼、彼は本物の馬鹿だ。
だけど、そんな彼が僕の心を鷲掴みにして離さない。


「聞かなくても解るでしょう…馬鹿澤。」


僕は返事のかわりに彼の左手の薬指を思いきり噛み付いた。







End.





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