柳生海小説
不安。sideK.
母親が部屋に来てから様子のおかしい柳生に海堂は敢えて何も聞かなかった。
母の持って来てくれたトレーをテーブルへ運ぶ。
色々な感情が入り交じっていたのが甘いクッキーの香りで少し気分が和らいだ。
「少し座らねぇっスか?」
海堂は母の持って来てくれたアイスティーのグラスをコースタに乗せガラスのテーブルに置いた。
クッキーは母が焼いたモノだろうかと考えながら海堂はソファーに柳生が座れる様に場所を空けて座る。
「柳生さん…」
ぽんぽんと自分の隣を軽く叩いて柳生に座る様に促す。
「では、失礼しますよ。」
小さく頭を下げソファーに座る柳生の仕種にすら海堂の鼓動は跳ねる。
気付かぬ間にこれ程、柳生の事を好きになっていたのだと痛感した。
「あの…さっきから顔色が悪いみたいっスけど大丈夫か?」
柳生の顔を覗き込めば普段は眼鏡の反射で見えない瞳が自分に向いて居る。
その瞳に海堂は思わず魅入ってしまった。
「えぇ、大丈夫です。ありがとうございます。」
「…なら、いい…」
柳生の声に現実に呼び戻される。
急にあんなに間近で見て変に思われただろうかと少し気持ちは落ちるも、この距離に二人で居れると思うと海堂は心内が満たされるようだった。
「素敵なお母様ですね。」
「そうっスか…?けど、ありがとうございます。」
柳生の言葉に海堂は首を傾げる。
やはり柳生が世間体を気にしているのではないかと思うと、もう二度と柳生に会えない気がして海堂は怖かった。
「あの…」
「はい、なんでしょうか。」
「さっきの言葉、俺は本気っス。」
言わなければ、間近で見るこの綺麗な瞳が手に入れる前に、二度と手の届かない場所へ行ってしまうような気がした。
恥ずかしい…顔から火が出るとはこういう事を言うのかと海堂は思う。
「非難や罵倒されようが、例え柳生さんに軽蔑されようが、俺の気持ちは変わらねぇっスから…」
海堂は柳生の顔を見る事が出来ずに俯いた。
報われない事が怖いんじゃない。
お願いだから、この真剣な気持ちを受け止めて下さい。
もう、結ばれなくても気持ちを聞けただけで幸せだけれども…
はぐらかさないで。
逃げないで。
過去の人が作った常識や偏見なんかにだけは
負けたくない想いだから。
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