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小咄
ふるいとも



「なに…何の心配もいらぬ。」


主はそう言うと、濃紺の衣を翻し、ふらりと何処かへ出掛けてしまったらしい。止める家臣に「ふるいともに逢う」とだけ告げて…。









【ふるいとも】












「藤次郎さま…。」


城内を賑わせていたその情報を知って駆けつけたときには、既に主は姿を消した後だった。焦り慌てる家臣を諫め、出掛ける準備を整える。片倉小十郎重長には、主である伊達藤次郎政宗の行き先に心当たりがあったのだ。
木々が生い茂る静かなこの場所は、午後の木漏れ日を乱反射させ、煌めいているようだった。目を閉じれば昆虫の足音さえ聞こえそうな程の静寂の世界で、主は光の洪水に一人佇んでいる。
声は届いている筈なのに、その人はぴくりともしなかった。主には自分がここに来ることが分かっていたのかもしれない。


「なぁ、小十郎…お前は幾つになった?」


樹木が風に揺さぶられてザザザ…ッと鳴く。主は《彼》に向き合ったまま、白金に近くなった御髪を遊ばせ、そう仰った。


「……今年で齢35になりました。」


「そうか…。私も老いるわけだな、」


彼の前に佇むその人は軽快に笑うが、自分にはその笑い声に悲しい色が混じっているのが分かった。でも身体は動かない。主には常から、必要以上に人を近付けさせない雰囲気があったのだ。


「その頃の彼にはよく叱られたよ…。」


その、彼を見つめる主の眼差しは暖かく、まるで此処に降り注ぐ木漏れ日の様だった。わたくしは何だか胸が締め付けられるような想いを抱えながら、それを見守る。この場には二つの鼓動が存在するはずなのに、自分のものだけがやけに煩く感じられることが哀しかった。
主から彼に視線を移す。闇のような深さで常に主の傍にあり続ける彼は、一言も発することなく、ただ其処に在った。


「最近、面影が似てきたとよく言われるようになりました。」

「お前は…似てないよ。…にてない。」


そう言ってわたくしに微笑む主は、そのままゆっくりと歩き出した。擦れ違う瞬間ふわりと薫るのは柴舟ではなく、よく知るあの優しい馨で。慌てて振り返ったその後ろ姿に、しっかりと寄り添う闇色の影を見たような気がした。
小走りで近づき、主の顔を覗き込む。年を経ても尚美しい人は、とても穏やかな表情をしていた。


「旧い友…ですか?」


「否、」


立ち止まり、そう言って寂しそうに笑みを浮かべた彼に、私は手を差し伸べることが出来なかった。もう、なにも知らないふりをすることなど、出来やしなかった。





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