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小咄
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奥州の冬は長く、深い。一面を覆い尽くす雪は音を喰い、互いの鼓動以外は何も聞こえなくなってしまう。足元から這い上がってくる冷えは痛みを伴っており、そして、徐々に体温を奪っていった。







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指をすり抜ける絹髪は神々しい黄金色で、ちょうど冬空に凍えているあの月のようだ。景綱がゆっくりと息を吸いそして吐き出すと、白い靄があがり暫くして消えた。
先程から景綱は藤次郎の床で枕代わりをしていた。藤次郎は童のように頬を膝に乗せ、景綱に髪を梳かせたままにしている。呼吸は安らかだが、静寂の中聞こえてくる鼓動が眠りについた時のものでは無かったため、景綱は困ったように笑った。


「如何なさいましたか?梵天丸さま、」

「お前に甘えてはいけないのかい?」


景綱が多少の揶揄を込めて幼名を呼べば、藤次郎は甘えるように頬をすり付けた。月色の髪が流れて蒼白いうなじが現れると、そこから馨しい薫りが立ちこめる。彼が好んで用いる香は彼自身の薫りと混じり合って、深い甘さをはらんでいた。


「たまにはお小言無しで甘えさせておくれよ。」


そう言って顔を膝に埋めた藤次郎は、消え入りそうな声で呟く。その様子に益々笑みを深めながら、景綱は髪を梳く手を滑らせ、主の耳から首筋をなぞった。彼の皮膚は薄く、色白すぎるため血管が浮き出て見えた。指先から伝わる熱はあまりに弱く、頼り無い。


「貴方様本当に雪のように冷たい。触れていたら溶け出してしまいそうで…。」

「龍は蛇に似た生き物だからね、それはまぁ冷たいだろう。」


微かに脈打つ血管の上を辿る景綱の指先から徐々に体温が移り、藤次郎の首筋に熱を帯びた線が出来た。それをぼんやりと眺めていた景綱だったが、藤次郎が僅かに身体を動かしたことで、月色に隠れてしまう。
手にひんやりとしたものが触れ、ゆっくりと絡みつく。それは陶磁器のような感触で、滑らかに肌を滑った。


「小十郎は本当に暖かいな。」


景綱の手を弄ぶ藤次郎は、その掬い上げた温もりに頬をすり付けながら呟いた。
闇が深まり冷え込みが増したせいか、景綱の吐く息が殊更に白く映える。風さえ吹かぬ外の静寂を、今日ほど憎らしく感じたことはなかった。


「お体がこれ以上冷えぬよう、明日から着物や寝具を改めさせましょうか?」

「…いや、いい。」


撫でた頬の儚いほどの冷たさに、景綱はやはり根拠のない喪失感に襲われそうになる。掬った雪が徐々に溶け出していく感覚に酷似していて、息が詰まった。
ほう、と息をつく藤次郎の薄紅から淡い霞が浮かぶ。天から舞い落ちる白銀が地面に横たわる音が、聞こえたような気がした。


「お前が暖かければ、それで。」


その言葉を聞き、景綱は鋼色の瞳に優しい光を灯し、眼を細めて愛おしそうに笑った。

奥州の冬は長く、深い。一面を覆い尽くす雪が音を喰い尽くし、互いの鼓動以外は何も聞こえなくなったこの世界に、このまま閉じ込められてしまいたいと祈った。





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あきゅろす。
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