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Short story2
Trick or Treat!


肩から下げた鞄の中には麻縄、ズボンのポケットには念の為忍ばせた二つの飴玉。
ザッと気合いを入れて右足を踏み出すと、俺は忌々しき隣人宅へと足を進めた。

仕事が終わる際、今日夜にお邪魔しても良いかと聞いて置いたのできっと鍵は開いてるだろう。
自分の部屋と同じ造りになっている玄関のドアノブを引けば、案の定その施錠は解かれていて。
あまりにも順調すぎる道程に口元が緩むのを抑えながら俺はその扉を勢い良く開いた。






さあ、いざゆかんハロウィン!





「高野さん!トリックオアトリート!!!」

「よお、来たか」



バーンと思い切り開け放ったドアの向こう。

そこには何故か高野さんが下半身丸出しで立っていた。








……いや、正しくは変な人が股間に白い何かを塗りたくって立っていた。






「すみません、お邪魔しました」

「おい待てよ。お前が来るっつーから待ってたんだろ」

「いやいやいや、待つならせめて普通に待っててくださいよ!!!」



そりゃ確かに行くと言ったけれど、こんな姿で出迎えられると誰が想像する!!?

いや、有り得ないだろ!!!



この先に待ち侘びる、嫌な予感ビンビンのフラグに俺の背中からはダラダラと冷たい汗が止め処なく流れる。
珍しくもこの民族行事にあわよくばこの男に悪戯が出来るのでは、と軽い気持ちで乗っかってしまった自分が恨めしい。

けれども後悔したってもう遅い。俺はこの扉を開けてしまった。



「というか何ですかそれ……、なんか凄いことになってるんですけど」



遠回しにそれ、と言ったのはもう口に出して現実だと実感するのもおぞましいからだ。

隣人である上司の股間が全開な上、何かで覆われている。
こんな状況を現実として簡単に受け入れられる人など普通そうそう居ないだろう。



「は?何言ってんのお前。さっき自分で言っただろ」

「え?」

「いや、だから」



何が言いたいのかが全くわからない。

そんな只々立ち尽くす俺に、その目の前に立つ男は平然と言った。





「菓子」





誰がこんな展開を、予測できただろうか。






Trick or Treat!












「……まさか高野さんがこんな新しいタイプのセクハラで返して来るとは思いませんでした」

「つーかいつまでそこ突っ立ってんの、入れば?」

「…………。」



あまりにも普段通りの高野さんの態度にもしかして自分の見間違えでは、と思うが再度恐る恐る目をやってみてもそこには白い何かで包まれた股間。

菓子、と言っていることから察するに恐らく生クリームだろうか。そういえばさっきから仄かに甘い匂いがする。





「――で?早く受け取れよ」

「ソレをっっ!!!?むしろどうやって!!?」

「どうって、咥えるとか手で搾り取るとかあるだろ」

「搾り取る!!?」




いやいやいや、それ明らかに趣旨違うだろ!!!?
俺なに搾り取んの!!?



予測だにもしなかった行為の強要に、段々と額からも汗が吹き出してくる。
前々から人の想像の一歩上を行く人だとは思っていたが、これは行き過ぎだろう。


楽しいイベントに便乗し、鞄に仕込んだ縄で縛り上げ日頃の怨みを晴らす。
菓子を準備していたら準備していたで残念だが、それを受け取って帰る。

それくらいにしか計画していなかった俺の頭には、この超展開は衝撃が強すぎだ。





簡潔に言おう。
今すぐ帰りたい。





「ちなみに受取拒否の場合は否応無しに俺がお前に悪戯な」

「はあ!!?なんですかそのルール!!?」

「俺が今作った」

「はいいいいいーー!!?」



生クリームで彩られた卑猥物を口にするか、大人しく悪戯をされるか。

はっきり言ってどっちもご遠慮願いたい。
けれどこの自分の欲望にはひたすら突き進む男は、そんな要望など聞いてはくれないだろう。







……いや、でも待てよ。

何だかんだで俺には甘い高野さんのこと。
もしかしたら悪戯と言っても体をくすぐるとかその程度のことかもしれない。少なくとも俺みたく何か痛いことをしようとは思ってないはずだ。

だったらここは悪戯を取った方が正しいんじゃないのか?







「―――……。じゃ、じゃあイタズ…、」




イタズラで。


そう告げようとした俺は咄嗟に息を飲み、言葉止めた。




ヴーンヴーンと微かに聞こえる電子音。

高野さんの隠された右手の辺り、背中からはみ出た大人の玩具と思わしきプラスチックの突起が、何やら見たことのない有り得ない動きをしていたからだ。









「お菓子でお願いします!!!!!」

「あっそ」



これは決して根性がないわけではない。

立派な正当防衛だ!!!



「じゃー早いとこ頼むわ」

「……高野さんは少し、謙虚さというものを学んだらどうですか」

「十分謙虚だろ」



ホレ早くと言わんばかりに突き出された股間に無理やり作った表情も引きつる。
しかしここで嫌だ嫌だと愚図っていても仕方がない。

俺はそろりと立ち上がった性器に顔を近付けると、羞恥だとか色んなものを捨て舌を伸ばした。











「―――……。」


「うまい?」

「正直に言って良いですか。なんか生臭いのに甘ったるくて気持ち悪いです」



勃起状態の男性器と甘い生クリームが奏でる凶悪なハーモニー。
それは身体の中を侵蝕するように渦を巻き、棘となって俺の気管に襲いかかる。

鼻でも摘んで舐めればまだマシなのかもしれないが、なんかもう既にネバネバした何かが生クリームに混じっていて手遅な感じだ。

それでもなおまだ大丈夫な部分を、と比較的綺麗な上の方の生クリームだけを舐めていると頭上からお叱りの声が飛んだ。



「おい、もっとちゃんと口全体を使って舐めろよ」

「む…っ、無茶言わないでくださいよ、これでもかなり一杯一杯です……!」



舐めていく度、口の中に広がってゆく男性器特有の分泌液の味と匂い。


ああ、どうして俺はハロウィンという仮装パーティーの日に、生クリームで包まれた上司の股間を奉仕しているんだろうか……。


現実逃避をしたくとも、たっぷりと塗りたくられた生クリームは中々なくなってくれない。
もうこうなればヤケだと一気に口に含めば、高野さんの大きな手の平が俺の頭を撫でた。



「そうそう、その調子」

「ふ……っ、ん、う゛…」



コクコクと頷きながらも懸命に咥内の肉に舌を這わせていけば、性器そのものの皮の感触が徐々に明らかになってくる。

それを舌先に感じ僅かながらも終わりが近付いてきたことに歓喜するが、今度は今度で溶けた生クリームがうまく飲み干せない。



「ぐ……っ、んぶ、」




苦しい、気持ち悪い。

二つの粗悪要素が頭の中でミックスされる。
同時に、なんで自分がこんな目にと思うと自然と目尻が湿ってきてしまう。


でもここまで来て引くわけには行かない。そう、俺はなんとか口の中に溜まった液体を飲み込んだ。



「かわいーな」

「んんんっ!」



くそっ、この野郎。
他人事だと思いやがって……!

楽しそうにニヤニヤと自分を見下す男に怨みを込めて眼力を送るが、どうもそれは逆効果で。

高野さんは愛おしそうに目を細め、もう一度俺の頭を撫でると信じられない言葉を吐いた。




「口のなか、出すけど良い?」

「んーーッッ!んんっ!!!」



いや、無理に決まってんだろ!
見て察しろよ!!!


高野さんからの許可を問う質問に、これ以上口の中を一杯にされて堪るかと首をブンブンと横に振る。
しかし高野さんは訊ねておいてこちらの意見は聞く気がないのか、既に射精する気満々だ。

普段よりも若干息を荒くし、額から汗を垂らすと俺の頭を力強く掴み前後に揺すり出した。



「んんんーーっ!!!!ん゛っ!んんん!」

「うるせーな、全部飲めよ……!」

「ン…ッ!」





その切羽詰まった声の後、ぶわっと口に充満する不快感。

俺は慌てて自身を押さえつける力が緩んだ隙に顔を離すと、一目散に口の中の物質を全て床に撒き散らした。



「げへぇっ!…う、ゴホッ!」



ビチャビチャと下品な音を立て、綺麗に磨かれたフローリングを汚してゆく白い液体。

それらは俺の唾液とその他の色んな物質と混ざり合い、水に白い絵の具を溶かしたかのようになっていた。



「さ……、最悪だ…」



全部出し切ったとは言え、口の中はまだ余韻が残り気持ち悪い。

ほんと、どうしてこんなことに……。

浅はかな考えをしていた自分に心の中で叱責しつつ、もう今後はこの男を舐めて掛からないと誓った。


とりあえずせめて口だけでもゆすがせて貰えないだろうかと汚物から目を離し、顔を上げこの部屋の家主の姿を探せば高野さんは俺の鞄を手に取り中を覗き込んでいた。





「……高野さん?」



え、どうしたんだろう。
何か鞄に変な物でも入れて来たっけ。

記憶を巻き戻し、ここに来るまでの自分の行動を思い出してみるがこれと言って思い当たる節はない。
そもそも特別他に用事はなかったから荷物なんていつも入れてある財布と鍵くらいしか入っていない筈だ。



「あの…高野さん、何かありましたか?」

「これ」

「え?」






「縄」

「―――――……。」




言われてピタリと時間が止まる。









あああああっっ!!!!!!

忘れてた!思いっきり忘れてたよ!!!!!


どうしよう、ヤバい!
俺がハロウィンを利用して高野さんをボコボコにしようとしてたなんて知ったら絶対怒るよこの人!!!!




「あっ、あのですね、それは…!えーと、ええと……」



なんとかごまかす術はないかと高速で頭を回転させるが、こんな状況でまともな案など浮かぶ筈もなく。

どうしようどうしようと目を泳がせて居れば高野さんが鞄から麻縄を取り出し、両手に掴んだ。



「なんだ、お前にしては気が利くじゃねーか」


「…………え?」

「使うんだろ?」




これ、と指されたのはどう見ても俺がこの人を縛ろうと持って来た縄。

不吉過ぎる嫌な予感に本日何度目かの冷たい汗が流れ落ちる。




「ま、まさか……」


「ほら小野寺」



青ざめ、後退る俺とは対照的に高野さんは超笑顔だ。

パンッと縄を掴んだ両手を左右に引き、高い音を鳴らすと弧を描いた口を開いた。




「後ろ向けよ。縛ってやるから」







その時。
先ほど果てた筈の性器が既に首をもたげていたことを、きっと俺は来年のハロウィンまで忘れないだろう。

ちなみにその後、あの有り得ない動きをしていた玩具が結局俺に使われたのは言うまでもない。





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