ショートショート集
忠告
家に戻り、夕食の支度をしながら、玉緒はふと、シンの子供のような顔つきを思い出した。
かたすとろふというものが何かは、誰に聞いてもわからなかったが、シンがあんなにも楽しそうにしているのだ。きっと虹のような素敵な出来事に違いない。
おっきな体格で可愛らしく笑うなあ。玉緒も同じような笑みを浮かべた。
不器用ながら粥をこしらえて母の床に運ぶ。
いつもなら口にしてうまくないと小言も言う母だったが、この日は静かだった。
何口か飲み込んだところで母は溜め息をつき、誰ともなく唱えた。
「だいぶ近くまできたわ。大して曲げられんかった」
玉緒は何の事だかわからず母の顔をのぞきこむ。すると母はにこりと笑ってまた湿っぽくぼそぼそ呟いた。
「なあ、玉緒。お母さんの、病気と違ったらどうする? 治らんもんだったらどうする?」
今度は確かに玉緒に話しかけているようで、玉緒は茶化すように明るく答えた。
「やだあ、お母さんたら。私神社でお社様に御願いしてるんだから。そんな風に言わないで」
「お前、神社に行ってるの。だめよ」
「何がだめなの?」
突然に言い出した母に玉緒は思わず身を乗り出してしまった。
母は少し気恥ずかしそうに「あそこは一番星に近いじゃない。一番星見えるときがどうにもくらくらすんの。あれの下にいちゃだめよ」と言った。
一番星。
シンもあれを見上げていた。
いんせきやかたすとろふというものだろうか。
「あれ、きっと災い星だよ。橋の下のじいさんが昔言ってた」
「そんなあほなこと」
シンがあんな笑顔で待っているものが災いであるはずない。
どうしてかシンの味方になりたくて玉緒は軽い調子で母のざれ言を受け流した。
明日、シンに聞こう。いんせきってなんだ。かたすとろふってなんだ。
あの一番星は、災いの星なのか。
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