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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
30 *終幕/Ending*1
 夢を見た。
 ベージュ色の神殿、黒衣の魔女。
 その女の目の前に倒れているのは仲間たちと法王庁の制服、魔女たち、大天使、そして自分自身だった。
 ――全てが私の敵となり、私はそれらを討ち滅ぼす力を手に入れる。
 振り返った彼女は絢爛な装飾を身にまとった大事な人の姿をしていた。
 ――確定未来は覆らぬ。私は融合を果たす。
 それを今から覆しにいってやる。
 彼女は自分のものだ、誰にも渡さない。
 ――キヌヤ。我が愛しい人。確定未来のその先の私はお前の愛した女ではないか。ヘラクレイオンという次元の底で、永遠を生きよう。
 両手を前に出し、ほほ笑む彼女の眼差しは間違いなくレオのものだった。
 ――私と、貴方の楽園へ。交り合い、溶け込み、混濁の中へ。
 楽園。
 アサドアスルか、レオか、それは甘く優しく微笑んだ。
 永遠の楽園。彼女と、自分の。
 落ちる。意識が奪われる。
 危機感とは裏腹に絹夜は手を伸ばし、彼女を抱きとめた。
 遠く、足音が聞こえる。
 それは誰かがこの楽園を壊しに来る音だと、絹夜は感じていた。

                    *              *             *

 目を覚ますと床に転がっており、体の上ではレオが静かに寝息を立てていた。
 ソファの真下だった。
 頭を掻きながら上半身を起こすとテーブルの上には遺跡の資料がずらりと並んでいて昨日の事を思い出した。
 何杯もコーヒーを飲んだが体は確かに疲れていて、先に睡魔に沈没させられたレオをソファに寝かせ自分は思い思いに資料を眺め続けていた。
 行った場所、行きたい場所、特に興味のない場所。
 懐かしくて、楽しみで、彼女が一緒である事を想像すると舞い上がり、そしてその可能性が恐ろしく低い事を思うと何も考えられなかった。
 しかし不思議なのは人一人が落ちてきたら普通は起きるはずなのに。
 いや、彼女は自分からこうしてきたのだ。

「……すまん」

 据え膳食わない男で。
 勇気も自信もなくて。
 ただ、守るから。
 ビデオデッキの時計は早朝を指していた。約束の時間は近い。

「レオ、起きろ」

 彼女は口をもぐもぐ動かして何かを食べている夢でも見ているようだった。
 色気が無いというか本能に忠実と言うか。

「……レオ、何食べてるんだ?」

「すぱげてぃ……」

 思わず笑ってしまった。
 幸せな衝動だった。
 それが刹那とわかっているから胸が痛み、気持ちが溢れてくる。
 永遠の楽園にいては、その刹那を惜しむ事も出来ないだろう。

「守ってやる。お前がどんなに俺の事罵ろうが、命に代えても守ってやる」

 絹夜は部屋のスペアキーだけ取り出し、キーのついた財布ごと彼女の持ってきたバッグに突っ込んだ。
 この部屋のキーも、バイクのキーも、大事なコレクションを預けているイタリアの倉庫会社のカードキーも。
 確定未来が確定だと主張する限り、自分は今日、この日、死ぬ確率が高い。

「……ん?」

 目をこすりながら起きたレオを乱暴にどかして絹夜はお湯を沸かし始めた。

「だらだらすんな。メシ食ったら行くぞ」

 沸騰した鍋にスパゲッティを入れながら絹夜はレオが素っ頓狂な顔をするのを見て大いに笑った。

                    *              *             *

 言い合わせていた早朝の、朝霧の中で絹夜は九門高校の屋上からこの街を見下ろしていた。
 猥雑でメタリックな東京。
 昨晩雪はやみ、空気が冷たく澄んでいた。
 ここで出会った。
 たくさんの思い出を作った。
 まだ伝え足りない想いがたくさんあるが、何より愛を証明したかった。
 ドアが開く音がして、仲間達が入ってくる。
 ユーキは誰にも何も言わず当然のように、いつものようにやってきた。
 銀子は久しぶりに沖縄の両親と話をしたようだが、命にかかわる危険な事をしているとは話していない。
 クロウはウェルキン博士とルゥルゥに向けた手紙をアパートに残してきた。
 ジョーは家族に真っ正直に脈守としての危険な戦いに赴く事を話し、そして公衆電話から字利家に留守番メッセージだけを残した。
 昨晩から絹夜と一緒にいたレオは彼と少し距離をおいて座り、ときおりチョーカーから下がっている大粒のペリドットに手を当てた。
 全員が揃ったところで早速絹夜がゲートを開こうとすると、ジョーがフェンスに掴みかかり下界を指す。

「きぬやん! あれ……!」

 そこにはルーヴェス・ヴァレンタインとダウンを羽織った青年が立っている。

「カイ……!」

 レオが思わず弟の名前を口にすると、澄んだ空気の中、声が届いたのか彼は顔を上げた。

 それはまるで、覆るのを期待した狂気の笑みだった。
 危険だ!

「絹夜、早くゲートを開いて……!」

 急かすレオを脅すようにルーヴェスのニャルラトホテプが校舎の側面を猛スピードでかけあがってくる。
 字利家ひとみを再構成したときにかなり小さくなったはずだがそれは以前見たよりも一回り膨れ上がっていた。
 中からはみ出しているものは白い手足――ホムンクルス!

「食わせたのかッ!」

 ジョーが驚愕の声をあげたが、不自然ではなかった。カイは全ての勢力をルーヴェスのニャルラトホテプに集中させたのだろう。
 余ったホムンクルスを全て食わせたのだ。
 とうとう触手をフェンスにからませニャルラトホテプがべちゃべちゃという粘着音を上げながら体を持ち上げ、
 石油の様な液体をまき散らしながら着地した。

「最後の最後にゲートの支配権を奪いに来るとはな」

 だが、絹夜はゲートに手を向け、それを開いた。

「派手にやろうぜ!」

 いつものように光が目の前に溢れる、しかしガタガタと全身が揺すぶられた揚句、叩きつけられた。

「わきゃッ!」

「ッってぇ!」

 叩きつけられたそこは、最早目になじんだ裏界の屋上なのだが、魔法陣から少し離れたところに絹夜達はほおりだされたようだった。
 駆け寄ってみれば、ゲートからは薄ぼんやりと光が漏れ出している。
 魔法陣の光ではない。
 そこには朝靄とオールドブルーの空があった。

「……なに、これ!」

 興味本位で覗きこんだクロウが大声を上げて飛び退いた。
 まるで地面に置かれた鏡のように向こう側にはルーヴェスとカイは足の裏を見せた状態で覗き込んでいる。
 ゲートの端々をニャルラトホテプの触手が押さえつけており、裏側にはみ出していた。
 ゲートを無理やりこじ開けているのだ!
 距離を取って戦闘態勢に入ると、ゲートが軋むような音を立て始める。
 ニャルラトホテプがずぶずぶと浮かびあがってきて、ルーヴェスとカイもそれに乗じてこじ開けたゲートから裏に侵入を果たした。

「いやぁ、間に合った間に合ったぁ。もう本当、どうなるかと思ったぁ」

 まるで心ここにあらずの棒読みでカイは服を整えた。
 長身に黄緑色の目。
 レオによく似ていて、しかし感情の動きがまったく見えない少年だった。

「カイ……」

 それが彼女の弟なのだろう。
 しかしカイはレオと目を合わせようともしなかった。

「おいおい、姉弟で……目的は同じだろう!?」

 間に入ろうとしたジョーにカイは生気のない顔を向けて首をかしげる。

「目的は同じ? 何を勘違いしてるの?
 僕に目的なんてないんだよ」

 意味不明でジョーは顔をゆがませた。
 レオが同意する。

「そうね、あんたはただ、本当に悪い奴になりたいだけ。
 同情する余地も無い、本当にどうしようもなく悪い奴になりたいだけなのよね」

「どうして姉さんにしかわからないんだろうね。
 理由が無いから”する”。僕はそれがみんなとは逆のベクトルを向いているだけ。
 快楽や罰を求めているわけではない。僕がただ、そういう生き物であるというだけ。
 じゃあ、そろそろいいかな」

 カイの呟きにニャルラトホテプが興奮したように触手を動かした。
 その間からホムンクルスや、人間、他の生き物の体の部位が見える。

「吐きだせ、ニャルラトホテプ」

 不穏な事を言ったのはルーヴェスだった。


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