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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
28 *魔王/Intersect*3
「ごっごっご報告があるでありますッ!!」

 体育館の扉を開いてスーパーアーマーが現れる。
 やや背中がまるまり、様子がおかしいのだが鬼たちは金棒を振り上げたままぎろりと視線を向けた。

「なんじゃなんじゃ、取り込んでいるときに」

「はっ! 実は、その……」

 すると、もたもたとそれは首の後ろに手をまわしてヘルメットを取った。
 そこには無精ひげに痩せて冴えないオッサンの顔があった。

「このウェルキン、可愛いホムンクルス達を利用されたまま死ぬわけにはいかんかった」

「悪党は長生きするのよっ!」

 ひょこっとその後ろからルゥルゥが顔を出し、ダハブとフィッダに舌を出す。
 口を開けて驚いている鬼二人だったが、舌打ちの後に正面に目を戻すと、そこにいたはずの黒金絹夜が二階堂礼穏に入れ替わっていた。

「ハァイ」

 そして彼女は両手を突き出した。
 艶めかしくよじる体に赤い電撃の蛇がのたうつ。

「ぶわぁかめ! 貴様の力はこのスーパーアーマーに通用せんのじゃ!」

 だが、その言葉とは裏腹に手前のフィッダの体がふっとびダハブを巻き込んで後方に吹っ飛んで行った。
 そのあとに衝撃波が駆け抜け、電球や窓ガラスが一斉に音を上げて砕け散った。
 耳鳴りが通り抜けたと思うとさらにレオの後ろでセクメトが咆哮を上げる。
 無音の咆哮は肌を、脳漿を震わせる。
 当然仲間や人質にも音波のインパクトが走っていたが、ホムンクルス達はネジの切れた人形のように膝をつく。
 がっしゃがっしゃと動かなくなったホムンクルスに近づき背中のパックを開くとウェルキン博士は煙のあがったそこを見て言った。

「もすこし高い周波数だ!」

「ッあいよ!」

 今度は全員が耳をふさいでその攻撃に構える。

「させんぞぉ!!」

 突進してくるダハブとフィッダを絹夜とジョーが押さえ、さらにセクメトの咆哮が走る。
 地面に落ちていたガラスの破片が微振動を起こし、大合唱を始めていた。
 パン、と花火の様な音を上げ高と思うと、スーパーアーマーは背中をばっくりあける。
 これでスーパーアーマーの意味を成さなくなった!
 即座にアーマーを外したホムンクルス達は人質の方に走りだしたが、コントのように全員が正面に倒れた。
 その足にはユーキのオーバーダズから吐かれた糸が絡まっている。

「彼らも種子で操られています! 助かるかどうかはわかりませんが、種子をお願いします!」

 次々に種子を引きちぎられ動かなくなっていくホムンクルス達。
 だが、ダハブとフィッダは臨戦態勢をとったままだった。

「こいつらは俺がやる。ここの連中逃がして、外にいる見張りをどうにかして来い」

「黒金先生、無茶くさいんじゃないですか!? 今ので相当魔力を使ったはずです!」

 その発射台となったレオも膝に手を当てて息を荒げている。
 繊細な魔力操作が苦手なレオにとってかなり応えたのだろう。
 割れたガラスが落ちてきたのか、大きく開いた胸元に赤いラインが走っていた。

「問題ない」

 そのレオの手を掴んで強引に引き寄せ激しいダンスのように抱きかかえると胸元の傷口に唇をあてる。

「や、ヤダ……ッ! っつぅッ!」

 レオの顔に苦悶が走り、絹夜の背中に指が食い込む。
 傷口を舌が割って入って切り開いた。
 耽美で妖艶で吸血という恐ろしい光景、まるでヴァンパイアだ。
 水面に顔を出すように息を吐きながら彼女から離れた絹夜の唇は真っ赤に染まり、血色の悪い顔に茜が射している。
 彼自ら吾妻の血を飲むなんて考えられなかった。
 ルーヴェスに無理やり飲まされた時には拒絶して暴走したものの、真っ青な瞳からは魔力結晶が流れない。
 安定しているようだった。
 唇を一舐めしてレオを片腕で抱き寄せたまま2046を鬼たちに構えた。
 レオの体がびくん、と跳ね上がり、彼女の瞳から青い涙が落ちる。

「はっはは、悪い、やりすぎた。どうしようもなく溢れてくるんだ」

 レオが彼の魔力で高揚を起こしている。
 いや、二人の間で力が循環しているのだ。
 魔力高揚を引き起こす血を持つ二階堂礼穏、魔女の中で最も強い魔力を持つ黒金絹夜。
 奪うだけでなくその力を二階堂礼穏に循環させている。
 これ以上とない反則的な組み合わせにユーキは眩暈がして両手の指をこめかみに当てた。

「バラバァッ!」

 さらにバラバがレオを拘束するように後ろから羽交い絞めにし中空に張り付けられ、真っ青な目を虚ろに開いて絹夜を見下ろす。
 異様な形状になっていた。黒金絹夜が彼女を装備している、そんな状態だった。

「くくく……いい気分だ、最高にハイだ。一緒にいくぞ、レオ」

 最早、魔女と言う並びを逸脱している。
 魔王だ。

「どんどん人間から遠ざかりますね……」

 勇気を出して嫌味をくれてやったがあまりに異常すぎてユーキの言葉は小さくなる。
 ここにいたら危険極まりない。

「僕が皆さんを誘導します! 鳴滝君たちは見張りを!」

「りょーかいっ!」

 ジョー、クロウ、銀子が校庭に出て、それに便乗してウェルキンとルゥルゥもフェードアウトする。
 誘導しなくてもわっと逃げ出す生徒たちの最後尾に着くユーキ。
 それらがいなくなり、遠くなったところでダハブとフィッダが左右対称の構えを取った。

「覚悟おぉ!」

 そういって突撃したが、金棒が絹夜の前髪を揺らしただけでそれ以上はピタリと止まった。
 そしてどんどんと脂汗がわく。
 息が出来ず、攻撃も出来ず、見開いた真っ青な瞳がほほ笑むのだけを見つめていた。

「窒息死と切り刻まれるの、どっちがいいんだ?」

 ごぶ、と急にダハブの頭が膨らんだ。
 しまった、こいつらにも自爆装置がついていたか!
 即座に魔力を腕に集中させてブロックするが間に合うかが問題だった。

「ご、ぼおおぉぉぉおッ!」

 ボコボコと形状を歪め、そしてとうとう鬼たちは爆発し、黒煙と僅かな黒ずみを残すが絹夜にはほぼその衝撃は無かった。
 顔を上げると、レオがバラバの拘束を解き左腕を煙に向けていた。
 衝撃波を放って押し返したのだ。
 そして絹夜に視線を戻し、彼の無事を認めると微笑みかけ、ぐったりと頭を垂れた。

「ッレオ!」

 バラバから彼女を受け取る。
 柔らかな体温、規則正しい吐息に安心した。
 レオは気絶しているようで、安堵したような微笑みを浮かべたままだった。
 無垢と妖艶、狂気と母性、あらゆる矛盾を内包したナイルの娘。

「中毒みたいだ……破滅してもいい」

 だから、それまではお前は誰にも渡さない、そう強く念じた。
 共にあれば、誰にも負けない気がした。
 今なら歯が立たなかったアナザー字利家蚕にも、物理のような神殺しネガティヴ・グロリアスにも負けない。
 そして、待ち構える確定未来にも。










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