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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
3 *賭博/Totocalcio*2
 午後の授業に出るという習慣がないレオはそこで思い切り寝ていた。
 いつもなら存在しない彼女がとりあえず授業にいる事を進歩だと思い、教師も出席扱いにだけはしてくれたようだ。
 授業終了のチャイムで目覚め、レオは職員室の前で絹夜を待つ。
 すると、階段から女子生徒の群れを引き連れて降りてくる絹夜の姿があった。

「先生、ここわかんないんですよ〜」

「私、学校案内しますよ!」

「黒金先生はカノジョいないですよね? 指輪ないからいないんですよね?」

 黒板用の世界地図を抱えた絹夜はまるで無言で職員室の中に入っていった。
 職員室の中にまで女子生徒の群れはひっついてきて、絹夜はイライラして顔色を鬱蒼とさせていたがレオには関係のない話だ。

「二階堂」

 呼ばれてしばらくぽかんとしたのだが、”二階堂”というのが自分のことだと気がついて職員室の出入り口にいた絹夜に目を向けた。

「一階に地理教材室ってのがあるだろ。そこに戻しておいてくれ。ついでにそこで待ってろ」

 バカでかい黒板用の世界地図をひょいっと渡されて断ると話がこじれそうだ。
 面倒臭い。
 とりあえず大人しく言う事を聞いてると、女子生徒のささやきが耳に入った。

「黒金先生、凄い。もうあの二階堂礼穏、てなづけてる」

 普通だったら、そこでそれが嫌味だと気がつくのだろうが、レオの思考回路は若干ずれている。
 そうかもしれない。てなづけられてるかもしれない。
 素直にそう思ってからようやく悔しい思いをした。
 ほこり臭い地理教材室にはデスクが一つ、真新しいノートなどが置かれていた。
 地図を適当な場所に置いてデスクにつくと、容赦なく棚を開いた。
 期待したのは何かしら腹に収まるものだ。どうしてかここ最近腹が減って仕方無い。
 棚と上から開いたが特に面白いものはなかった。
 一番上の棚からのど飴と緑茶のパックが二袋ずつ出てきて案外おじいさんみたいな趣味だと思った。
 あとはノートを盗み見ても普通に勉強しているようなものだけだ。

「なんだ……」

 彼のデスクに間違いないが、彼特有の何かがあるわけではなかった。
 珍しいものをもっているな、と感心しながらまた机に突っ伏す。
 すぐに現れると思った黒金絹夜だが、さらに一時間、夕映えが綺麗な時刻になってからようやく地理教材室に戻ってきた。

「おい、レオ――」

 小一時間も待たされ、寝る習慣が身についているレオは机の上に長い髪を垂らして寝息を立てていた。

「…………」

 絹夜の心臓が跳ね上がった。
 黄金色の夕映えが窓から差し込んで、はねっ返りのその髪は金色に映っていたのだ。

「風見……」

 それが幻影だと言う事はよく知っている。
 唯一、決着がつかなかった相手。
 唯一、彼女の答えだけはわからなかった。
 だから、もう、自分があの時彼女に向けていた感情もわけのわからないごちゃごちゃしたもののままだ。

「…………」

 レオの横に立って彼女が彼女でないことを確かめる。
 そばにいたのに、いつだって勝負はついて簡単に答えが出せる相手だったのに、いつの間にかいなくなってしまったのだ。
 彼女につきつけてやりたい強烈なカードがあったのに。
 彼女の冷たい考えを覆すことが出来そうな答えを自分は持っていたのに。
 使いどころを読み間違えたジョーカーがまだ己の中で残っている。
 痛くも痒くもないのに、どうしてか何度か思い出す。
 ――風見チロル。

「レオ、起きろ」

 トーンの低い肌の色。
 乙女と言うには少し妖艶な、しかしネコ科の動物の様に良く出来た肉体。
 一体どこの国の血が流れているのだろうか。
 大きく、吊り上った眼、小さくまとまった顔。
 これで性格がもう少しマシなら男にもちやほやされただろうに。
 頬を手の甲で軽く叩くと、彼女はぼんやりとした表情で絹夜を見上げて手を伸ばす。

「……カイ……?」

「寝ぼけてんのか?」

「…………ああ?」

 がばっと起きあがったレオはあたりを見回してようやく事の流れを思い出したようだった。
 少し彼女の表情に悲しいものが走ったのを見たが絹夜は何も言わなかった。

「……もう、夕方?」

 手持ちの荷物をデスクに置くと、絹夜は窓に背を預けて早速タバコをふかした。

「お前が遅いからジョーはもう帰ったし、どこに行ったかわかんないけど?」

 寝てただろ。
 それをぐっと飲み込んで絹夜は天井を指差した。

「手っ取り早い方法があるだろ」

 いや、彼が示しているのは天井ではない。
 屋上だ。

「裏界でジョーの”影”を探した方が手っ取り早い。
 特に見つからないようだったらそれほど大きな問題でもないってことだ。
 それでいいだろう」

 がばーっと椅子を引いて立ち上がり、レオは軽く拳を握る。
 テンションが上がったようには見えないがやる気満々といったところか。

「うん、それでいい。でも行きたい時に行けるものなの?」

「そういうのは俺の専門分野だ」

 さらっと言ってのけて彼はちょいちょいと右腕を動かした。
 彼の眩い”影”は一体どんな思いで構成されているのだろう。
 強すぎる。
 冷たく燃え上がる青い炎。
 少しぞっとする、そんな炎だ。
 何より、レオにとってあまり好きな色ではなかった。
 どうして嫌いなのだろう、そう頭を巡らせているレオに、ああそうだ、と絹夜の言葉が飛んできた。

「聞き忘れていたことがある。お前、どうやってサソリの影を止めたんだ?」

 最初に裏界に入った時に菅原銀子の登場により聞きそびれてしまった。
 あの時レオは口を開きかけていたのだから話すのには問題ないのだろう、そう判断して軽く質問した絹夜だったが、なかなか返事が出なかった。
 というのもレオは頭痛でもするように頭に両手をやっている。
 両手を落としたら今度、レオは酷く深刻な顔つきになった。

「説明しにくい」

 ようやく吐き捨てたレオは背を向けて窓の外を睨んでいた。

「異端の能力を持つ人間の言葉を正常な世界で生きている人間が理解出来るはずもない。
 だが、お前が俺のオクルスムンディを受け入れたように俺にはその可能性がある。
 とりあえず言ってみろ。言語能力次第でバカにしてやる」

 絹夜の言葉を受け、またしてもレオの両手が一瞬持ち上がったがそれをぱたりと降ろした。
 そして今後は体が右に曲がった。
 判り易いやつである。
 そしてようやく考えがまとまったのか勢いのない言葉で説明し始めた。

「視線を、盗んでるみたい」

「…………」

 窓の外でカラスが鳴いている。
 部活動の生徒たちの掛け声が通った。
 絹夜は思わず眉間に手をやって素数を数えた。
 わかっている、何か魔道の現象である事は十二分に分かっているのだが、レオの言葉は電波そのものだった。
 言ったレオも絹夜の反応を見て気まずそうにうつむいた。

「サソリを止めたときはアンタのを盗った」

 レオが付け加えた言葉に絹夜ははっとした。
 オクルスムンディを盗ったというのならサソリの動きが止まるのにも説明がつく。
 視線は魔力が流れやすい流動線の一つだ。
 彼女の言っていることが本当ならば邪眼だ。それも相当複雑な。
 視線を盗む、そんなことがあればオクルスムンディも突破される。
 そして盗むという事は自分のものにして自由に出力できるという事だろうか。
 楽しくなってきた。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の気分だ。
 だが、絹夜は考えていることと裏腹に淡白に答えた。

「聞いたことのない事例だな。
 ま、俺と似たような分類の力なのかもしれないな」

 彼女の目がそんな力を持っていたとするならば驚異だ。
 身体能力の高さ、異国の肌の色、そして邪眼。
 何も知らないふりをしている敵かも知れない。
 素早く理性が状況から対処方法を構築し、最善のルートを割り出す。
 あとは力いっぱい、その道を歩いてやるだけだ。
 二階堂レオは少々厄介な相手になりそうだ。

「まぁ、ともかく鳴滝を探そうぜ」

 もし彼女が敵だとしても多少手を貸すくらいがいい。
 計算通りだ。何も狂っていない。

「……あんがと」

 レオが小さく言ったが、絹夜はそれすら疑った。
 屋上に上がると綺麗な夕焼け色に染まっていた。
 カラスの鳴き声、部活動にいそしむ学生の掛声、生活音が澄んだ空気の中で響いている。

「黒金、あんたって、魔法使いなの?」

「まぁそんなところだ」

 そう言いながら右手を突き出す。
 すると、右腕に青い炎が灯った。

「裏界じゃなくっても”影”って出せるんだ……便利なんだね」

 何故そんなことを聞くのだろう。
 敵だとして無知を装っているのか?
 どちらにしろ警戒するに越したことはない。
 もし本物の無知だったとしても何も自分に害はない。
 素直に相手の冗談だかにのっかってやろう。

「”影”ってのは”意志”がむき出し状態のことだ。
 資質さえあればこの世界で扱う事も出来る。かなり敷居が高いがな」

 絹夜の炎は武器にはならなかった。
 そのままめらめらと青い炎を見ながら集中しているようだ。
 少しずつ彼の周りに季節風とは無関係な突風が巻き起こりはじめる。

「Illumini il mio modo」

 ばっと大きく横に薙いだ腕を合図に、彼を取り巻くよう炎が足元に円形を描いた。
 右腕の炎は獰猛な獣のように爪を立て、絹夜の目は青白く極北の犬のような冷たい色をしている。
 邪悪な力、魔女の支配の力。
 何かを感じ取ったのか、レオは飛び退くように魔法陣から距離を置いた。
 ギギっと黒板を引っ掻くような音が響いた。
 拒絶するようなその音を叱りつけるように絹夜は唱える。

「従え。俺に、従え」

 すると、ギチギチと嫌な音を立てながらではあるが、絹夜を中心に青い光が伸びていく。
 直線から機械的な枝分かれの文様を刻み、円形の淵までたどり着くと急に大人しく光を弱めた。
 うおんうおんと静かに起動音を放ちながら、あらぶっていたそれが大人しく煌めいている。

「ゲートの支配権を奪った。もうこのゲートが暴走する事はない。いくぞ」

「…………」

 とことこと魔法陣の上に立ったレオは似合わない難しい顔をしていた。

「どうした?」

「黒金ってさ……悪いやつなの? それとも、いい人?」

 あまりにおおざっぱで意味不明の質問に、絹夜はらしくもなく困惑した。
 探りを入れているにはあまりに抽象的すぎる。
 何を聞き出したいのかさっぱりわからない。
 すぐに疑うような顔つきになった絹夜を見て、レオも同じ様な表情になった。
 彼女の感情が読み取れない。
 黄緑色の獣のような目に睨まれ、それが強烈な邪眼なのではないかと思うと絹夜の集中力は何故か散漫として考えがまとまらなかった。
 沈黙が長くなる前に絹夜は誤魔化す。

「自分で悪人だって言ってるやつは夢想家、自分で善人って言ってるやつは小悪党だ」

 そう言って彼は右腕を少し持ち上げる。
 光が合図に応えて強まり、二人を裏界に運んだ。
 絹夜が開いたゲートは屋上そのままにつながっていた。
 しかし相変わらずベタベタとした空である。
 天気も時間もわからない。
 霧もまだ色濃く、きっとこれは晴れる事がないんだろうとレオは肩を落とした。
 3−2の教室に降りると、やっぱり前回と変わらず机が四つ角に山積みされており、まったくもって授業放棄のありさまだ。
 そんな中、いくつか影が揺らめいていたがひと際濃い色をしているのが、ジョーの席に突っ立っていた。
 わかりやすいことにつんつんとした頭の形はジョーと一緒だ。

「これ、濃いね」

 周りでうろついている雑念の10倍は濃い。
 それだけジョーが人よりも重く悩んでいるという事だ。

「ジョー」

 ぽんぽん、といつものように肩を叩くと、それは肺いっぱいの溜息をついた。

『家族の為と言えど……黙って殴られるのは性にあわねぇんだよなぁ……。
 でも金はいいから、このバイトはもうしばらく続けるしかねぇか……。
 でもなぁ……でもなぁ……』

「うっわ、優柔不断……」

『とりあえず今日も行くか……木甲漢高校までの電車賃もバカになんないんだよなぁ……』

 木甲漢高校!
 そのキーワードを入手してレオは絹夜に振り返った。
 頷き応え、手っ取り早く屋上に戻ると、すぐさま魔法陣から現実世界に移動する。
 それほど時間がたっているわけではないようで、
 夕日が少し傾きを変えた程度だ。

「木甲漢高校っていったら、確か電車で30分くらいだったかな……。
 いや、連中ボコしてやった後バイク、パクって帰ったからなあ」

「最寄り駅は?」

「えっと……そんなのわかんない……」

「何で時間わかって終点駅わかんねぇんだよ……」

「…………悪かったわね」

 結局のところ地理教材室に戻ってパソコンで調べると墨田区にあることがわかった。
 港区の九門高校からは遠い距離ではない。
 階段を駆け上がりながら時計を見ると、六時を回っている。

「高速のっかってすぐだ」

 ジョーがいつまで出歩いているか分からないがあまり遅くなっても面倒な話になるだけだ。
 階段を二段飛ばしで上がったところだった。

「黒金先生……! また廊下を走ってっ!!」

 天敵、菅原銀子である。
 あからさまに人の話を聞いていない態度の絹夜に正論をぶつけまくってよくも疲れないものだ。

「昨日だって学級日誌置きっぱなしだったじゃないですか!」

「今かまってやれねぇんだよ、じゃあな」

 すーっと銀子の前を通り過ぎるが、彼女の腕もすーっと絹夜の襟首を捕まえる。
 チェック柄のふざけた襟元を掴まれて絹夜は沈黙した。

「で、高速でどこにいくんですか?」

「…………」

「仕事も終わってないのに学校から出ちゃうんですかぁー?」

「…………」

 菅原銀子という女の面倒くさいところは、彼女があまりに正論を吐くからだ。
 圧倒的に正しい、だからこそ面倒くさい。

「レオ」

「あ、あ、あ、すっ、菅原先生っ!」

 ぎこちないロボットダンスでカクカクと挙手をするレオ。
 もはやその全てが嘘偽りなのだが、不自然極まりない態度でレオは素行優良生徒を演じた。

「ま、またさかあがりの練習を……!」

「黒金先生は他にもたんまりお仕事があるんです! 書かなきゃいけない書類があるんです!」

「ああ? そうだったか?」

「今朝朝礼で教頭先生が散々長話してたじゃないですか!
 全部聞いてなかったんですか!?」

「長話全部聞いてるヤツがいるか」

 話が大事になりそうだ。
 騒ぎ立てる銀子の腕を下からチョップで払い、絹夜の襟首をひっつかんでレオはそのまま逃亡した。

「とにかくコレじゃないとダメなんで、菅原先生、さようならーッ!!」

「ま、待ちなさいっ! 黒金先生だけじゃなくて私も――!」

 幸い、レオの脚力は銀子に勝る。
 お節介星人ぎんこりんから無事逃げ出した絹夜とレオはやっとのことで裏手の駐車場にたどり着いた。

「レオ、これつけろ」

 ぽん、と投げられたのは黒光りするヘルメットだ。
 目の前の黒塗りの大きなバイク。
 どこにもメーカー名が無い本体、エンジン。
 素生の怪しい鉄の塊にレオの目が輝いた。

「うわ、これ黒金の? いいな、いいな」

「バチカンのド偉い部隊から盗んできた。
 お前、こういうの好きなのか?」

「私こう見えても機械強いんだ」

 そう言いながら彼女は得意げに笑ったのだが、それもつかの間ヘルメットをかぶり、絹夜がまたがっていたバイクの後ろにつく。
 絹夜はサングラスだけで、前方ノーヘル二人乗りだ。
 その上、後ろについているのはバリバリ女子高生だもんだから、一目瞭然いかがわしい。
 しかし、今そういう事を気にしている場合でないことをレオも承知だった。

「ど、どこつかまったらいいのかな……」

「どこでもいい」

 とりあえず胴に腕をまわしてだっこちゃん人形状態だ。
 華奢にも見えるが鍛えられている絹夜の胴に、レオの腕が遠慮がちに絡んだ。

「おい、ふりおとされるぞ」

「あ、うん」

 ぐっと力が入る。
 同時に彼女の胸がぐっと押しつけられて絹夜は何を遠慮していたのかようやくわかった。
 エンジンをふかすと、後方からお節介星人の声が刺さった。

「あーッ! 黒金先生ーッ! ヘルメットつけなさいーッ!!」

「御苦労さん、じゃあまた明日な」

 気のない調子で手を振り、絹夜はバイクを走らせた。
 夜闇が迫っている。


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