NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
27 *敗北/Loser*3
夜の帳が下りて、空気が冷たく澄んだ頃、布ずれの音でジョーは目を覚ました。
自分はまだ正座したままで、しかし頭だけ真下に垂れていた。
「ッ姉さん!!」
顔を上げてソファを見ると、彼女はぐっとベルトをきつく締めて赤いコートを体に固定していた。
テーブルから車のキーを取り、ポケットに突っ込むとジョーを睨んだ。
しかし、声をかけることなくコートを翻す。
「行くぞ、ダンテ」
カシャカシャというフローリングを爪が掻く音と共に赤い双眼の黒犬も彼女に追従した。
「ま、待ってくれ!」
どたどたと玄関先までついてきたジョーを無視して字利家はブーツに足を入れ、それもきつめに固定した。
立ち上がりようやくジョーの顔を見たかと思うと、彼女は鳩のレリーフのネックレスを外してジョーの手の中に収めた。
「これ、いつもつけてるじゃん……大事なものでしょう!?」
「餞別だ。いらなかったら売ってくれ。少しは金になるだろう」
「……やめてくれよ、そんな……もう、会えないみたいな――」
次の瞬間、体がくの字に曲がって衝撃が体を走った。
魔力補正していない、生身に字利家の拳がめり込んでいた。
「ご……お、おぇッ」
「大人しくしていろ。頼む……失いたくはない」
感情を殺しきれない表情の字利家を見ながら、ジョーの体はトランプのピラミッドのように総崩れしていく。
意識はあるのに、体のどこにも力が入らない。
「ひ、ひくひょぅ……」
言葉も出なくて、昏倒寸前だった。
字利家はそのまま黒犬ダンテと共に玄関を出て行ってしまった。
オートロックなのか、ジーっとカギがかかる音だけが残る。
足音が遠のいていった。
「ぐ、ぐぞぉ……!」
気合いだ、自分!
指先はまだ痺れるが、肩やひざまでなら言う事を聞いて、ジョーは這いつくばりながらどうにか靴を履いて壁を伝って立ち上がる事が出来た。
震える指で着信履歴から絹夜の番号を捜し、出る事を祈る。
存外かれはすぐに電話に出たが彼が嫌味を叩きつける前にジョーは先手を打った。
「字利家さんがルーヴェスと戦いにいっちゃったんだよ」
絹夜はため息に末に、そうなるだろうなとは思っていた、と静かに言った。
『止められないぞ。あいつはそんな中途なモン望んでいないし、どこかでルーヴェスに殺される事を望んでいる』
「殺されるのを望んでる人間がいるかよ! とにかく、どこか知らない!?」
『目の前でやってる』
「……ナインスゲート! ありがと、きぬやん!」
全然役に立たないな。
本心ではそう思いながらも痛む体を引きずってジョーは乗ってきたバスに乗り、九門高校に戻る。
校門前に立つとすでにコンクリートが微振動を繰り返していた。
「ぐ……!」
そこにはジョーの想像を超えた情景が広がっていた。
毒々しい紫色の光が円形に広がり、まるでコロシアムのようになっていた。
その中にニャルラトホテプが窮屈そうに触手をのたうち回し、逃げ回る字利家を追っていた。
光の外ではルーヴェス、そして絹夜とユーキ、銀子、さらには先ほどわかれたはずのレオとクロウが戦いを見ていた。
目の前でやってる。
それはそんな目の前なのか、黒金絹夜!
怒りがわき上がってきたがまさしくそのまんますぎてジョーは怒りのやりどころに困った。
「あ、鳴滝くん!」
銀子が様子のおかしいジョーに気がついて駆け寄ってくる。
しかし、銀子が支える前に字利家の体がニャルラトホテプの触手に薙ぎ飛ばされジョーがそちらにかけだす。
「師匠ーッ!!」
ルーヴェスにもそこそこダメージがあるのか、彼の顔には大きな切り傷がついており、顔面の半分が血だらけだった。
「おやおや、君は。君たちのおかげで彼女の居場所を知る事ができた。礼を言う」
「る、ルーヴェス……!」
本当に、本当にあのルーヴェス・ヴァレンタインじゃないか。
ぞっとしながらも彼を睨むと、ルーヴェスは以前の余裕の表情ではなく、憤怒の目で字利家を睨みつけていた。
「我が愛しの妻、ベレァナの仇。
あの女が、あの真紅のバケモノが、私の愛する妻を、息子を、奪っていったのか。私の家族を、私の愛を根こそぎ……。
別個体ではあるようだが、その意志は残っているのだろう? 大方、コピーの様な存在か。ならば同じ、ああ同じ! その罪に私は罰を下したいのだ!」
彼は自らの唇を噛み切った。
ニャルラトホテプが絶叫する。
その得体の知れない体の半分に漆黒の茨が絡みつき、さらに異様なオブジェと化していた。
だが、字利家の肩も貫かれ、光の壁に叩きつけられる。
「ッく!」
四肢が貫かれる前に触手を断ち切り、字利家は地面に落下する。
そこにも触手がドサドサを突き刺さるのだが、瞬発力と魔剣ダンテを盾に回避した。
だがその先に他の触手が書き上げた魔法陣が浮き上がっていた。
「ははははは! 捕えた! 捕まえたぞ!」
字利家の足が魔法陣に触れ、光が巻き上がる。
魔法陣から顔をのぞかせたのは鋭利にとがった氷柱の先端だった。
「ッ!」
「字利家!!」
完全に体が宙に浮いていしまっている。
回避不可能だ。
彼女は体をよじったが、次の瞬間には胴を氷が貫いていた。
「まだだ」
字利家の体がニャルラトホテプが拘束されると光の檻が消える。
ニャルラトホテプが捕まえた獲物を見せる猫のようにルーヴェスの前に差し出した。
「姉さん……」
口から泡を含んだ血を吐きながら字利家は虚ろな目をルーヴェスに向けていた。
「字利家!!」
「やめろ、ジョー! 気持ちはわかるが前に出るな!」
「言われてどうなる気持ちならここにいるかよ!」
大蛇薙ぎを構えルーヴェスに向けたジョー。
舌打ちしながらも絹夜も2046を召喚して横についた。
「……手を出すな。それがこの女の願いだったはずだが」
「いちいちそいつの頼みを聞いてられるほど仲良くない」
「…………」
ルーヴェスは字利家、そしてジョーを見やって顔を歪ませた。
「小僧、私に勝てると思うのか」
「……な」
「私に勝てると思ってそんな貧弱な木の棒っきれを向けているのか?
このバケモノの為に死ねるのか? お前のその感情は――」
ルーヴェスの言葉を中断させたのは字利家が振り下ろした魔剣ダンテだった。
磔状態でもルーヴェスの脳天をめがけて大剣を振り下ろした字利家はぎょろりと眼球だけをルーヴェスに向けている。
それが高度な五感高揚だという事をジョーは直感した。
魔剣ダンテが斬ったのはニャルラトホテプの触手で、ルーヴェスには至らなかったものの、十分脅威になる精神力だった。
「……バケモノめ」
バケモノの影を操る男が苦々しくそう呟いた。
そして軽く右手を上げ、影に命じる。
「食え」
じゅる、とニャルラトホテプから突き出している生き物がよだれを啜った。
太い触手が一本伸び、それはぱかりと先端を開いて真っ赤な口の中を見せた。
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