NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
27 *敗北/Loser*2
バスに乗って少し歩いた住宅マンションの立ち並ぶところ、穏やかな午後の中。
表札のないマンションの一室のボタンをジョーが何度か押したが反応がなかった。
「仕事なんじゃないの?」
「俺との大事な約束があったのに?」
そうだ、少なくともジョーに破門メールが来るまでは彼女はここに居る予定だったのだ。
破門メールの着信時刻は14時、ついさっきということになる。
「ジョーさ、あの人の職業知ってる?」
「家のあるホームレス?」
「そんなわけないだろうが。病院関係だったんじゃないの?」
「わりぃ、知らない」
今度はクロウも揃って呆れたため息をついた。
もう一度インターホンを鳴らしてジョーはドアの覗き穴からのぞき返していたがそれで見えるわけがない。
「おーい。いないのー?」
どんどんとドアを叩いた末、ジョーはドアに寄りかかり長期戦の構えだった。
「いないか、本当に破門なんじゃない?」
「だとしたらその理由を聞くまで張り込む」
「ジョーくん、それって軽くストーカーだよ!」
「お前が言うな! だいたい――」
ジョーが言っている間に彼の体がどんどん後ろに倒れてゆき、
何事かと思えば開いたドアの隙間から伸びた白い腕が彼の服を掴んで部屋の奥に放り投げる。
なんの恐怖映画かと思っているうちにドカン、と派手にドアが開いて
キャミソールにパンツ一丁の字利家がレオとクロウの腕をひっつかんで同じように部屋に詰め込むと左右を見回して素早くドアを閉めた。
「あったたたたた……」
何故かクロウと抱き合っているジョーの上でレオがブリッジしている有様だったが、
ようやく上半身を起こしたレオが顔を上げると字利家はカーテンを締め切った部屋の中を横切りソファにかけてあったガウンを羽織っていた。
「ね、姉さんッ!」
クロウを投げてどさどさと廊下を這ったジョーに字利家は指を突き付けて言葉を振りおろした。
「破門だと言ったはずだ」
「いきなり言われて納得できるかよ! 俺が何したってんだ、ちゃんと説明しろよ!」
今まで飄々としていたが字利家の姿を視認した途端、ジョーの顔つきは鋭くなった。
だが、字利家はジョーを一瞥するとソファに座ってカーテンの切れ間から差す光を睨みつけていた。
「姉さん、最近行方不明になってる人多いみたいだけど、なんか関係あるの」
「玄関前で騒がれると迷惑だ。用件はそれだけだ、さっさと帰れ」
「帰りません。師匠が事情を全て口にするまで、俺はここを離れません」
急に雰囲気を切り替え、木刀を床に置き、その場で正座するジョー。
ラブラブ、と言っていた割に恐ろしく堅苦しい師弟関係がそこにあるようだった。
しばらく重い空気がのしかかり、冷蔵庫のモーター音さえも響く有様だ。
テーブルの上には空いたビール缶とコンビニ弁当の容器、山積みになって溢れているタバコの吸い殻があった。
まるで逃亡者のようだ。
「師匠!!」
急かすようにジョーが大声を上げた。
しばらくしてようやくのたのたと字利家が灰皿からねじくれ曲がった吸い殻を拾い上げて火をつける。
ようやく部屋の中を、ジョーを見て彼女は頬杖をついた気だるい姿勢のまま予想もしていなかった言葉を吐いた。
「命を狙われている」
そして彼女は面白い事のように鼻で笑った。
「行方不明者か……心あたりが無いとは言えないな」
「師匠、誰がそんな事を」
彼女は聞かれて話のペースを握られるのが嫌いなタイプだ。
字利家はじっとジョーを見つめ、息が詰まるほどの沈黙の後で聞かれた事とは別の事を言った。
「少し行動が派手すぎたな……」
異様な雰囲気を放つ師弟にレオとクロウは入り込めず玄関先の廊下からその様子を見ている。
ジョーも相当イライラしているのかチリチリと指先が動いていた。
「鳴滝」
「はい」
「私が以前、黒金絹夜との関係を離したのを覚えているか」
「……はい。仇、だと」
「私が殺したのは黒金絹夜の実の母”腐敗の魔女”ベレァナだ」
「ッ師匠が、あの”腐敗の魔女”を……!?」
タバコを口にもっていきかけて彼女はそれを吸い殻の山に埋めた。
そして眠るように首を傾けてか細い鼻歌のように呟いた。
「問題は黒金絹夜じゃない。ルーヴェス・ヴァレンタインだ。
どうやらルーヴェスが私に気がついたようだ。最愛の妻を殺し息子を奪った、私にね。
いいや、正確に言うと、また別の可能性から派生したアナザーの私なのだが」
「…………」
「私の命を狙うのは至極当然な事だ。
だが、お前達が巻き込まれるのはごめんだ。だから帰れ。帰ってくれ。
……少し、眠い」
「でも……!」
その返事はなく、優雅な寝息が部屋を支配していた。
「……あの人、命狙われてるって言っておきながら寝ちゃったね」
少し不服そうな事を言ってクロウがジョーの横にしゃがみこむ。
だが、ジョーは正座をしたまま立ち上がろうとはしなかった。
「帰ろうよ、事情はわかったじゃない」
「ついてきてもらって悪い。お前達二人は帰っててくれ」
「……ジョーくん、また怒られるよ」
「ああ、その為にいるんだ」
無責任に寝息を立てている字利家をむっとしながら見ていたクロウの首根っこをレオが掴む。
「いいよ、クロウ。ジョーは帰りたくないんだ。帰ろう」
そのままずるずるとクロウを引きずり、玄関のドアを閉めたレオ。
クロウはようやく立ち上がって塗装のはげかけたドアを見つめるレオの顔を覗き込んでいた。
「……ジョーは、他人との距離をわきまえる奴だから」
「でもやりすぎだよ、怒られちゃうよ」
「わきまえる奴があれだけわき目も振らずに暴走してるんだから、好きなようにさせてやろうよ。
守りたい人に守られっぱなしって辛いはずだよ」
「あ、ま、守る!? ジョーくんが、字利家さんをッ!?」
レオは勢いづけて足を進めると振り返らないように歩を進めた。
彼は彼の戦いを始めた。
今更守られる歯がゆさに耐えなくてはならない。
成長した自分を踏みつける様な世界があって、遠く手が届かない事を認めなければ先に進めない。
そこにジョーは直面したのだ。
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