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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
26 *九門/Ninethgate*2
「お前たちは電離分解により魂だけを抜き取られこの地の楔として埋め込まれる」

 恐怖をあおるような事を言ったのは吾妻院長だった。
 難しいわけのわからない科学用語と死を意味する言葉。
 子供たちは理解したのか獣のように喚いた。

「うるさいなぁ。怨むならこいつらを恨みたまえ。
 この方法を思いついたのは君たちのお姉さんとお兄さんだよ」

「……父さんッ!!」

「汚らわしい。私を父と呼ぶな」

「…………ッ!」

「おい、早くこいつにも布をかぶせろ。
 こいつのホオズキのような目を見ていると、胃がむかむかしてくるんだ」

「やめろ……この男に言っても意味はない」

 白髪の男の一人が少女を諌め、もう一人は鋭い視線を吾妻院長に向けていた。

「ホムンクルスの分際で、人としての権利を訴えるのか?」

「子供たちは貴方の血を分けた家族のはずだ!
 何故それをゲートの柱にしようなどと! こんな恐ろしい考えは改めてくれ、院長!」

「家族? 馬鹿を言うな。お前たちはこの日の為に孕ませた、生まれながらの実験材料だ。
 私が用意した材料をどう使おうと、私の勝手だろう?」

「人間を……、命を何だと思ってやがる、このクズが!」

 血の気の多そうな男の方だが、手足の拘束が外れずに吾妻院長を睨む。
 もう一人の男は冷静に、それでも反逆の機会をうかがっているようでもあった。

「クズ? 私が?」

 吾妻院長はにやりと笑って胸ポケットに入っていた試験管の水をホムンクルスの男の顔に浴びせかけた。
 すると、煙が上がり焼け焦げたに置いた立ち上る。

「がああぁあああぁぁッ!! 顔が! 顔が焼けッ! 焼ける……ッ!!」

 そのままホムンクルス三人にも黒い布がかぶせられた。

「恨むわ……研究に協力すれば、この子たちは助けてくれるって言ったじゃない……」

「偽造の命、偽造の魂に恨む事が出来るのか?」

「あなたは楽園になんてたどり着けないでしょう」

「どうあがいてもお前達は死ぬよ」

 子供たちと白い魔術師たちが悲鳴と共に廊下を引きずれらていく。

「おねえちゃんッ! 死にたくないッ! 怖いよぉ!」

「助けて、おねえちゃん!」

「おねえちゃーんッ!!」

 まるで自分に言われているようでレオはやりきれない気持になっていた。
 これは過去で、これは裏界で、もう起きてしまった後のどうしようもない世界。
 思わず先頭に立ちふさがってはみたものの、全て体をすり抜けた。
 廊下を子供たちの恐怖が満たす。
 恐怖、諦め、苦痛、とにかくそういったネガティブな感情ほど色濃く残る事をレオは経験していた。
 最後に、イノリの影がレオをすり抜けた。
 彼女は呟くように、だが子供たちに、皆に聞こえる様に”かごめかごめ”を歌っていた。

「ヘラクレイオンを見る事が出来るぞ……!!」

 吾妻院長の勝利宣言。
 背中に遠のくどうしてやる事も出来ない過去の幻影。
 無力感からレオの膝は折れ、両手がベルベットの絨毯についた。

「何で……ッ!」

 納得いかないことばかりだ。
 つまらない夢の為に犠牲になった命。
 そんな理不尽を目の当たりにして全く無力なのは時間のせいか、それが過去だからか。

「時間って、そんな偉いのかよぉ……ッ!!」

 彼らに選択さえもさせてくれないのか。
 拳を振り上げたレオ。
 思い切り叩きつければどれだけすかっとしただろう、感情ははっきり憎しみに変換されいてただろう。
 だがそれが落ちなかった。
 ぐっと掴まれたままだった。
 顔をあげると、非常識極まりない事に火のついたタバコをくわえた絹夜ががっちりレオの拳を掴んでいた。

「お前も憎んで影になっちまうつもりか」

「……絹夜」

「立て。クライマックスを見逃すぞ」

「あの子たち、みんな殺されちゃうんだよね……」

 再確認すると、廊下で先を追っていたジョーも足を止め、苦しそうな表情を向けていた。

「ああ。電離分解の末に魂が空間上に焼きつけられる。
 生きたまま影にされるんだ。どんな苦痛か、俺には想像出来ない」

「……見れない!」

 腕を振り払い座り込んだレオだが、その前に絹夜はしゃがみ込んでその場にタバコの火を押し付けて消した。
 やっぱりブランドものと思えるジャケットの内ポケットの中にそのまま吸いがらを突っ込むと白い息をレオの顔に吹きかける。

「何偽善ぶってんの」

 頭に意味が浸透しないうちにレオの拳が絹夜の顔面に放たれていた。
 だが、カウンタークロスの平手打ちでレオの頬が乾いた音を上げて赤らんだ。
 何が起きたのかやっぱり頭が整理しきらないうちに絹夜が言葉を重ねた。

「カッコ悪いぜ、レオ。俺はそんなお前を見たくねぇ。
 一緒に味わおうぜ。恐怖も憎しみも。その上で屁でもねぇって言ってやんねぇと、カッコつかないだろ」

 彼女の脳裏に真っ赤な記憶が巡っているのは見て取れた。
 彼女は受け入れる。
 きっと目に見えない苦痛までも同化してしまうのだろう。
 ぐっと手を握って立ち上がるレオを見て、絹夜も勢いよく立ちあがり悲鳴と騒々しさが響く廊下の先を睨み、そして笑った。
 三人とも、足が震えていた。
 子供たちのかち割れんばかりの声、発狂、それを笑う吾妻院長。
 その先は中庭だった。周りは高い金網で囲まれている。叫んでも聞こえない、聞こえても誰も手出しが出来ない。
 何やら複雑な魔法陣が描かれているがその上に雑草が伸びている。
 まるで十字に貼り付けられる聖者のように丸太に貼り付けられ、コードに繋がれる子供たち、魔術師たち。
 コードは全て大きな装置に繋がれていた。
 もう言葉にならない、子供とも思えない奇声。
 恐怖からの失禁や嘔吐で服を濡らす子供たちが全て張りつけられて最後にイノリが中央の丸太の前に立たされコードが繋がれた。
 囲め、囲め。

「おねえちゃん、どこーッ!!」

 籠の中の鶏はいついつ出会う。

「イノリ……!」

 夜明けの番人。

「君たちの命はここで終わりだ。短い人生だったねぇ、ホムンクルス」

 鶴と亀が滑った。

「……ええ」

 そのイノリの顔が見えなかったはずの、後方に控えていた吾妻院長に向かっていた。
 後ろの正面、誰。
 さすがにぞっとしたのか吾妻院長は声を荒げ彼女を拘束していた警備員に命じる。

「布をとれ。そいつに大事な兄弟たちが死ぬざまを見せてやるんだ」

 彼女の顔にかぶさっていた布が取られた。やっぱり彼女はホオズキの目で吾妻院長を見ていた。

「最期まで気に食わない娘だ」

「そうよ」

 イノリは邪悪な笑みを浮かべた。
 レオの笑みと同じだった。
 そして次の瞬間には自身を取り押さえていた警備員の腰から銃を抜き取ると頭に押し当てる。

「この魔法陣は確かにゲートを開く。でも、私たちゲートの柱が九十九年、機構になって守り続けるわ。
 はじめからそのつもりだった……貴方はヘラクレイオンに重たい錠をかけたのよ」

「――やめさせろーッ!!」

 吾妻院長の叫び声と同時に銃声が響いた。

「イノリっ!」

 思わず口に出たがレオは目を逸らさなかった。
 赤いものが飛び散って彼女はそのまま倒れる。
 りん、という音だけが澄み渡っていった。
 それを最後に鈴の音が止んだ。

「おねえちゃん!? おねえちゃん!! どこにいったの!!」

「ふはははは! よくやった、我らが兄弟! これで腐敗の魔女も時代の獅子も封じられた!」

「早く電流を流せ! 魂を引きずり出して焼きつけろ!」

「どこにいったのーッ!!」

 バン、と破裂音が鳴って子供たちの体が跳ね上がったと思うと魔法陣がぬらぬらと浮かび上がりはじめた。
 いや、炎上したのだ。
 そんな中、静かに脳に響いてきた。
 ――吾妻、しくじったな。役にも立てぬか。ホムンクルス以下だ。
 そして炎は意志を持つように機械に向かっていき、人に向かっていき、さらに勢いを上げた。
 逃げ回る吾妻院長にも引火し、全てが炎に包まれていく。
 目の前が赤く染まりきると、モーター音のような重低音が響いた。

「……絹夜」

 レオは絹夜の腕をぐっと掴む。
 ジョーは口を開けたまま茫然としていた。
 異様な光景だった。
 生贄にされた子供やホムンクルスの体から影がどろりと流れ出て中央のイノリの体に集まる。
 彼女の死体を囲んで何かぼそぼそと話していた。
 そして結論が出たのか離れ始めた。
 影が一つ、また一つと消えていく。
 足もとの魔法陣が動き始めていた。
 ゲートが稼働し始めたのだ。
 だが、吾妻院長の思ったとおりの稼働を果たしたわけではない。
 ゲートは、実はヘラクレイオンを封じるものであり、イノリの抵抗かアサドアスルの意志か院長も巻き添えとなった。



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