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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
26 *九門/Ninethgate*1
 かごめ、かごめ。籠の中の鳥は、いついつ出会う。
 遠く声が聞こえて、小さくなっていって、ようやく意識が戻ってきた。
 うずくまっていた。
 レオは両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいた。
 何をしているのか、立ち上がるとそこは何もかもがセピア色だった。
 足元は黄土の土むき出し、平屋の家は半壊しており災害の後のようだ。

「何これ」

 歴史の教科書に載っていた終戦後の写真の中の世界そのままだ。
 人はレオが見えないかのように通り過ぎていく。
 丸坊主かおかっぱの子供たち、洋服と着物が混ざったファッション。
 そして、振り向くと大きな白い洋館がそびえたっていた。
 がっしりとした門構え、立派な表札には右から『呱呱の角病院』と書かれていた。

「…………」

 東京――大正9年。
 呱呱の角病院前だ。

「……ちょうど、99年前……」

 9の魔術に縛られているのをまたしても感じていると病院の玄関から誰かが出てきた。
 日本人数人に囲まれた外国人だ。
 なにやらあっちからもこっちからも声をかけられているが外国人は聖徳太子のように頷きながら聞いている。
 年は四十より少し手前だろうか、日本人たちよりも余裕があり、いいシャツを着ていた。
 さらに通りから馬車がやってくる。
 道の小脇にどいたレオだったが、その馬車はレオのいる呱呱の角病院の手前で止まった。
 外国人の男性はその馬車を迎える様に足を止め、そして馬車のドアが開くと子供たちが我先にと降りてくる。
 まるで遊園地にでも来たかのように笑顔であふれていた。

「……あれ」

 呱呱の角。子供たち。
 彼らは、ゲートにされる子供たちなのだろうか。
 それにしては少し人数が足りないような気がした。
 四、五人の子供たちが馬車から下りると、次に赤ん坊を抱えたフードをかぶった少女が馬車から下りてきた。
 歩くたびにりん、りん、と鈴の音が聞こえる。彼女の首には猫のように大きな鈴がついていた。フッションではなさそうだ。
 レオは思わず、自分の首に下がっているベルのアクセサリーに手をやった。
 外国人の男は少女のフードを外して笑いかけた。
 同時に、馬車からは長身の男性二人が降り、少女と外国人の横を通って人目を気にするように素早く屋敷に入っていく。
 ほんの少し黄色みを帯びているがそれは白と言っておかしくない色だった。
 白髪に赤い目、アルビノの少女だった。

「う、うそ……!」

 レオはそれに驚いたのではない。
 髪や目、肌の色は違えど、彼女はレオに似ていた。
 同じ一族なのだからそういう事もあるだろうが不気味な程によく似ている。
 思わず大きな声を上げたがまわりが気付いている様子はない。
 念の為身を隠して白髪の少女の様子を見ていたが彼女は子供たちと一緒に外国人の男に導かれ病院の中に入っていくようだ。
 そして付添いの日本人が高い門を閉めてしまう。
 追わねば!
 門は閉められてしかもかなり高いが問題ない。
 馬車の屋根、塀、ととびついてレオはあっさり敷地内に入り込んだ。
 まるでどこかの別荘みたいな場所だ。
 しかしここが呱呱の角病院だということは、ここであの子供達とフードの三人組は体と魂を分離させられる実験を行われることになる。
 まさか、その為に今の馬車で運び込まれてきたのだろうか。
 何も知らされず、目を輝かせて。
 どこかに隠れなくては。そう思っていたレオだが同じように塀から、しかも見張りから見える位置で堂々侵入してくる絹夜とジョーの姿があった。

「お、レオ! よかった。迷子になってるのかと」

「大胆ね」

「過去は過去。俺たちは見るだけしか出来ない。
 これは全て影だ」

 あっさりと言った絹夜。
 確かにそうだ。
 あの子供たちは、ゲートになるのだ。

「行くぞ、せっかく胸糞悪い記憶を再生させてくれているんだ」

 堂々扉をつっきって中に入ると、廊下で先ほどの外国人と白いフードの少女が話していた。

「あの、白いコ、レオに似てるね。でも、どうして……」

「ホムンクルスだ。恐らくは、クロウより原始的でかなり人間に近いようだがな」

 それだけで二人には内情がわかった。
 レオは邪神DNA配列というものを組み込まれている。
 同じように、彼女も邪神配列DNAというものを持っているのだろう。
 それが胎内から生まれ人間として育てられたか、ホムンクルスとして試験管で製造されたかの違いだ。
 外国人は流暢な日本語でそう言って口の片側を吊り上げた。

「今の話は他の子供に伝えるな」

 無遠慮に近づいてネームプレートを確認すると、吾妻、と堅苦しい文字で刻まれていた。
 吾妻院長だ。

「そんな恐ろしいお話、私の口からは出来ません。
 私の魔術を奪い、子供まで巻き込み……あなたは何者であれ許されないでしょう」

 白髪の少女も穏やかな日本語だ。
 ――私の魔術?
 だとするのならあのゲートへの扉は彼女が作ったものだったのだろうか。

「作られた命のくせに、立派に人間を気取りやがって。
 『時代の獅子』はお前達のやることなど全てお見通しだ。
 大人しく、アサドアスルに従いなさい。さすれば、我々吾妻はヘラクレイオンに導かれるであろう」

「そうですか。あなた、まだアサドアスルが救いの神だと信じているんですか」

「『時代の獅子』は私の守護神だ。地位、名誉、金。その全てを授けてくれた。
 それがお前らの言う邪神であっても、私は信仰し続けるさ」

「……私はあの子たちと一緒にいます。最後の時間になるでしょうから……」

 少女は左、院長は右に行ってしまう。
 当然のように少女の方に向かったジョーと絹夜だが、レオは院長の行方の方が気になっていた。
 途中で振り向いて分れよう、とジョーがジェスチャーで合図し、レオは頷き返して単独院長を追う事にした。
 院長が向かったのは自室の書斎でそれはもう散らかった得体の知れない図形の書類の山だった。
 残念ながら日本語ではないようだ。
 何かわかりそうなものはないかとレオがきょろきょろとしていると院長は独り言を唱え始めた。

「九つの柱に九つの魂……八十一の呪文の錠……くく、数式魔術の天才だな、彼女は」

 この九の魔術をつくったのは白いフードの少女だったのか。
 それを奪い、吾妻院長は裏界を開こうとしている。
 何の為?
 院長はデスクに腰を落ち着けてレオには理解不能な書類をみてにやにやしていた。
 部屋の中には『時代の獅子』のオブジェやマークが点在している。

「……どうしてそんな研究をするの。吾妻が不幸だから? 腐敗の魔女に復讐する為?」

 吾妻院長からは情念や執着が見えなかった。
 あるとすれば興味と私利私欲だ。
 私利私欲のため、魔術を奪い、子供たちをゲートに焼きつける。
 その奥に何があるというのか。

「楽園だよ」

 院長は書類に笑いかけていた。

「楽園だ、我々アテムの。ヘラクレイオンは魔女、いや世界の全てから逸脱したアテムの一族にのみ許された楽園だ。
 ヒヒ、封鎖された楽園に到達し、私は永劫の命と快楽を得ることが出来る」

 時の権力者がよく見る夢。
 薄っぺらい楽園伝説。
 その為にゲートが開かれる。

「え……?」

 確か、ゲートを開いたときに病院は爆発、ゲートの解放と共にこの院長も命を失うのだ。
 彼の思惑は何者かによって打ち砕かれる。
 何に?
 ――アサドアスルだ。
 突如、彼女の目の前は高速で動き始めた。
 まるで気になる部分を見せてくれるように目の前にある世界ごと早送りされているようだ。
 それがミスター・ソリチュードの操作である事をレオは直感した。
 院長が高速で何度も席を立って部屋から出てはまた入って席につく。
 そればかりが何度か繰り返されていく。
 数十秒もすると、院長が立ち上がりドアが解放されたままになった。
 院長が戻ってこない。時間が元の落ち着きを取り戻したのか、廊下から子供の叫び声が響いた。

「おねえちゃーんッ!! 怖いよ、怖いよぉ!!」

 ぎゃーぎゃーと声にならない鳴き声、ただ事じゃない。
 廊下に出ると子供が大男たちに取り押さえられ端から一人づつ、真っ赤に貼らした顔を黒い袋で覆われていく。
 全員が同じように白い服というにはおざなりな布を着せられていた。
 最後尾、同じように白い布を着た白髪の少女と長身の男たちも大男に押さえつけられている。
 その横に絹夜とジョーがおり、駆け寄ると、ジョーが興奮した口調で言った。

「この二人がミスター・ソリチュードとイレギュラーみたいだ」

 そうは言われたが、少女と同じく白髪の男たちの顔は弟のカイに瓜二つだった。
 ということは、少女がレディ・マイノリティ――イノリの本当の姿である。

「実験用に作成したホムンクルスらしいな。
 お前の母親の研究は、もしかしたらこの三人が起源なのかもしれない。
 よくよく考えれば邪神配列DNAの研究チームがホムンクルスの研究でも成功していたのに使わなかった事は不自然だったな」

「彼らは何なの?」

「どうやらゲートの数式魔術を組み上げたようなんだが、
 話から察するに本来であればこの3人の犠牲で済むところを子供を利用して9人にしようって話らしい」

「9人にして、何の意味があるの?」

「連中はギーメルギメルだ」

 それだけなのか。
 権威を飾るだけなのか。
 泣きわめく子供たちの犠牲は、そんなくだらないエゴの為なのか。

「みんな、大丈夫よ。おねえちゃん、一緒にいるからね」

 白いフードの少女が優しく、しかし強張った声で語りかけた。
 りん、と鈴の音がすると子供たちがわずかに落ち着きを取り戻す。
 彼女がいる事を分からせるため、安心させるためにその鈴がついているのだろう。
 しかし彼女の顔も回りにいる大人たちを燃えるような赤い目で睨んでいた。
 声に憎しみがこもらないようにしたせいか、酷く歪んだ表情になっていた。


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