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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
25 *祈祷/Inori*3
 屋上の魔法陣から裏界にやってくるとやはりイノリの姿は見えなかった。

「いってってててて……どうしてこう、屋上の魔法陣はいつまでたっても俺に優しくないんだか……」

 相変わらず屋上の魔法陣との相性が悪いジョー。
 相変わらずだらだらした風景の裏界。
 時間があれば入ってはいたが、ここ最近特に目新しい発見もなかった。
 いや、見つけるべきものが見つからず停滞していたのだ。
 イノリ――いや、レディ・マイノリティ。
 彼らの目的はゲートの守りをより固めるため、より強いゲートの番人に支配権を固めようと言うものだが、
 そのうちの一人ミスター・イレギュラーが倒された為、策に変更があったのかもしれない。

「しかし、影であるのにあれだけ思考がしっかりとしているとなると、ただ事じゃないですね。
 あれだけ色形が鮮明でその上感触まであるとなると、相当思念の強い影でしょう。
 それほどの影を残せるとは、精神的にも魔力的にも相当だったんじゃないでしょうか……」

 ユーキの推論の上に絹夜が唐突な単語を被せた。

「……風見チロル。俺が出会った認識不可能な二人の魔女のうちの一人。”夜明けの魔女”だ」

 耳慣れない言葉が出てきてユーキは足を止めた。
 丁度、下駄箱のあたりにさしかかっていたので絹夜はそれに背中を預ける。

「10年前、陰楼学園での事件は知っているな」

「ええ、浄化班の先代による襲撃ですね」

「その時会ったのが記録上では”夜明けの魔女”というコードネームで呼ばれる、風見チロルだ。
 イノリは風見チロルに瓜二つだ……。風見チロルに関するデータが残っているとは思えない。
 10年前の事件を知っている人間からの情報なんだろうな。まぁ、俺なんだろうけどよ」

「どういうことですか?」

「あいつの能力は”想い”を高密度で具現化する事なんじゃないのかって思ってな。
 どうやってここの裏界を開いたのか、そればかりが気になっていた。
 特殊な能力を持った魔術師が混ざっていたと考えていい。
 ミスター・イレギュラーは過去だか記憶だかを再現する能力を持っていた。
 イノリも同様の力を持っている可能性が高い。俺の過去に入っている風見チロルの姿を模す事ができるのも納得できる」

「……”記憶”を具現化する魔術師……それは、字利家さんの”認識”並に強烈ですね」

 まずは例の隠し部屋があったボイラー室だ。
 ここにあったものを説明すると、銀子が気味悪そうに舌を出した。

「うげぇ、この学校、地下に死体が埋まってたですか、やっぱりそんなんですか」

「裏界ではどうなってるかわからんがな。行くぞ」

 ボイラー室に入り、蓋を開いて縦穴に入っていく。
 横穴となってところで絹夜はオクルスムンディを使ったが、表の世界とかなり様子が違っていた。

「きぬやん、突っ込むの?」

「表よりマシかもしれない」

 そう言って歩を進め、絹夜は躊躇いなくその戸を開いた。
 おっかなびっくりのジョーだったが、やはり得体の知れない生き物や赤ん坊のホルマリン漬けは棚に並んでいる。
 異様な光景に銀子が悲鳴を上げるが確かに表より多少は我慢出来る状態だった。
 タイルも綺麗で、まるで使用していた当時のようだ。
 そして、ぎし、と音がしてそちらに目を向けると、暗がりの中のデスクに誰かが座っていた。
 すぐさま臨戦態勢をとった絹夜たちだが、それが戦闘でどうにかなる相手でない事をすぐに察する。

「来客とは珍しい。私の城にようこそ、諸君」

 立ち上がり電球の光が届く場所に出てきたそれは黒いジャッカルの頭をした紳士だった。
 赤いネクタイにベロア生地のベスト、粛々と一例をすると彼は鋭い目で絹夜たちを見据えた。

「私はミスター・ソリチュード。孤高で孤独な死の番人だ」

 エジプトの冥界神、アヌビスを連想させる彼の容貌。
 やはり高純度の影もエジプトに関連する姿をとっていた。

「ミスター・イレギュラーを突破した君たちの力量、想いの強さはわかっているつもりだ。
 だが、我々は突破されるわけにいかない。何故だかわかるかい」

「わかるか。お前らの思惑なんざ考えた事も無い」

「そうだ、尤もだ。ふむ、話の余地があって幸いだ」

 ニヒルな印象を与えるミスター・ソリチュードは絹夜の前までつかつかきて、2046をそっと手でのけた。

「君たちにも我々がゲートを何故、同じ番人同士倒しあってでも守らなければならないのか、知ってほしい。
 興味があるんじゃないのかな? 我々の能力は”記憶”だ。”過去”を”現在”に引きずり出す能力、といってもいい。
 私たちの過去を、どうしてゲートを守護しているのかを知って、手を引いてほしい。
 我々はそれだけ必死なのだよ。君も感づいているようだね。
 この底、ヘラクレイオンに眠っているのが輝かしい楽園なんかではない事に。
 それならば封じておいた方がいいとは思わないか? 現世を生きるものが理解できるよう、話すのは難しいものだ。
 そうだな、お前の記憶にある言葉を借りれば――混沌を混沌のままに」

「もし、お前達の過去を見て、それでもを引く気にならなかったらどうする?」

「私一人より、君たち全員の力の方が上だ。諦めて私の支配しているゲートを君たちに譲渡する」

「……俺たち全員を記憶の底に沈めるつもりじゃないだろうな」

「ミスター・イレギュラーが失敗した事を私がやる事が建設的だと思うのかね。
 もはや我々はゲートを自ら支配するではなく、誰に託すを考えている。
 君たちが真実を知ってもまだ先に進むと言うのなら、我々は委ねるしかあるまい。
 ――そうだろ、レディ・マイノリティ」

 ミスター・ソリチュードは通路の奥に声をかけた。
 そこにはいつの間にか喪服に金髪を落とした美しい少女が立っていた。

「はい、仰るとおりです」

「謙遜するな。君の意見じゃないか」

「……イノリちゃん」

 彼女は無表情のまま顔をそむけた。

「我らは死人。現世にさし挟まり想い馳せるなど、おこがましい事でした」

「イノリ――」

「黒金様、まだ私をそのようにお呼びになってくださいますか……。
 お優しすぎます、貴方様は……。
 ……我らの死にざまをご覧下さいませ」

「…………」

「私は死人……貴方様が私をそう認識してくだされば、想い患う事も無いでしょう」

「ああ……わかった」

 冷たい絹夜の返事にイノリは背を向けて肩を震わせた。
 優しくするのが一番残酷だ。
 絹夜の心情を知ってか、口の片方だけを釣り上げたミスター・ソリチュード。

「さて、過去を見るのはお前だけか?」

 返事しようと思うと、そこにレオとジョーが割り込んできた。

「私を差しおくつもりじゃないでしょうね」

「ま、一応この土地の守護者だもんで」

 残りの三人は遠慮するようで、定員が決まった。
 返事も聞かないうちにミスター・ソリチュードはミスター・イレギュラーが書き上げたそれよりもさらに複雑な魔法陣を形成していた。

「知ってこい、現世人よ」

 死人が見せる過去。
 想いの欠片が舞い上がるように白い光の粒が視界を埋めていった。









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