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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
25 *祈祷/Inori*1
 数日過ぎてとうとう十二月に突入したころ、銀子はジョーとレオの様子が変わったことを不審に思っていた。
 ジョーは喧嘩の噂は無くなったものの、以前よりも怪我をしているようだし、
 レオは両手の指先、特に人差し指の先端に妙な火傷を負っていて、しかも常に測量計を持ち歩いており奇行極まりない。
 また何かの前触れかと思い授業終了後に彼らを探すと、屋上で睨みあっているジョーとレオの姿があった。

「ッ! 何してるんですか! 喧嘩はダメですよ!!」

「大丈夫ですよ、銀子先生。修行みたいなものです」

 離れたところで見ていたクロウがにこにこしながら編み物をしていた。
 真っ赤な毛糸でシュシュのようなものを編んでいるが所々にバーコードの様な文様が刻まれており、怪しいことこの上ない。
 修行と言っても彼らの主戦力であるオーバーダズは一切構えていないようだった。

「修行って……ウェルキンさんの兵器に対抗する為にですか……?」

「……まぁ、それもあるんでしょうけれど。
 多分、違うんだと思います」

「あんまり危ない事してほしくないのに……」

 ジョーが構えた木刀大蛇薙ぎにはうっすらとオレンジ色のつる草が伸びていた。
 彼のオーバーダズが木刀を認識し、強化に至っている。
 彼が肩身離さず木刀を持っていた賜物であり、自分の一部として認識出来ているからの芸当だ。
 一方レオが構えているのは事もあろうか携帯電話だった。
 右手に携帯電話、左手をジョーに向ける。
 火蓋が切って落とされたその瞬間だった。
 抜刀の構えのまま距離を詰めたジョーだが、間合いにレオが入る直前に足を止め、すぐさまその場から飛び退いた。
 ジョーの足元を赤い稲妻がえぐり、さらにジョーは後ろに下がり、しかし急に膝をついた。

「な、なんだそりゃ……!」

 ジョーが感じたのは眩暈のような感覚だった。
 軽く意識が遠のきかけて、血液と脳がぶるぶると震えていた。
 レオが左手を下げる刹那、キィ、と僅かに聞こえたそれが攻撃の正体だった。

「お前、雷だけじゃなくて音まで操るようになったのかよ……」

「電気信号偽造して携帯電話に音波を喋らせてるため。
 練習すればあんたの声もマネできるかもよ」

 それってメチャクチャ反則技なんじゃなかろうか。
 つまり、電気が流れるものを媒介としてその機能を利用できると言った現代社会の敵のようなスキルをレオは覚えていたのだ。
 胸を張っていたレオだが、左手の指先が痙攣していた。
 音波の媒介とする為、自分へのダメージも大きいようだ。

「まだまだ練習中かよ! 隙あり!!」

 そう言って飛びかかったジョーの一撃を紙一重で交わしたレオだが、ジョーの一撃はコンクリートをえぐっていた。
 淡くオレンジ色に高揚した目の色、同じ色に包まれる大蛇薙ぎ。
 絹夜の2046のように武器を高揚させる能力を得て、実のところ字利家から習得した大技、五感覚醒も隠し持っている。

「ははっ! 俺の方が一歩成長が早かったみたいだな! クロウ、サポートしてやんなよ!」

「て、てめぇ! デカイ口叩きやがって!」

「無駄が多いんよ、無駄が。もっとピンポイントで魔力高揚出来るようにしないと」

 大蛇薙ぎの先端に宿っていた光が瞬時にジョーの両足に灯り、再度彼は間合いを詰めてきた。
 刹那、ジョーの右足に魔力が集中する。
 飛ぶ!
 そう思った次の瞬間、レオの胴にジョーの一閃が入って、なんとかぎりぎり両手でブロック出来た。
 まさかフェイントを交えてくるなんて。

「く、ぉッ!」

「セクメトは確かに強烈なのはわかってる。だけどレオ、お前自身はそうでもないぞ」

 挑発されてレオの表情はあからさまに歪んだ。
 顔面いっぱいに悔しいと書いてあり、彼女は拳を握りなおしていつものスタイルになった。

「クロウ!」

「え、あ、はいはい!」

 編み棒を置いてクロウは宙空をなぞったが彼のスタイルも変わったらしく円形を描いていたものがまるで帯状、バーコードのようになっていた。
 右から左に造られる為あっちこっちに印を刻んでいたよりも格段に速くなっていた。
 両手に魔力高揚させっぱなしのレオに対し、ジョーは切り替えの速さが光る。
 しかしレオの電気信号偽造はこの情報社会で非常に応用のきく、化けるといった意味では可能性を秘めたとんでもない術だった。

「私も、頑張らないといけませんね……」

 少年少女たちがこんなにも熱意を燃やしているのだから。
 しみじみと銀子は生徒が成長していた事に気がついた。
 その後、クロウの支援もあってジョーを押したレオだったが釈然としない様子でスパーリングを中断し保健室に行くことにした。
 保健室ではユーキが一人で難しい資料を読んで珍しく眉間にしわを作っていた。
 どうやら以前、絹夜がボイラー室の奥で見つけた虫だらけの資料らしい。

「ユーキちゃん、お茶いれてー」

 甘えた猫なで声でジョーが行ったが、ユーキは顔も向けずに冷たく言い放った。

「自分でいれてください。食器はそっちの棚」

「なんだよう、今日冷たいじゃん。俺、ユーキちゃんの事も大好きなのに……」

 そう言いながら今度古女房を呼ぶようにクロウに紅茶を任せて自分はどっかりソファに座った。
 そこであれ、と首をかしげてぼやく。

「俺ってすごくオヤジに似てるかも知んない」

「あんたの父親って年に一度家に戻ってくるかこないかわかんない山男なんでしょ」

 レオに言われてつい先日戻ってきた話をしようかと思ったが、
 オマケに反骨の醜態と師匠の奇行もついてくるのでジョーは適当な同意を最後に口を閉ざした。

「私、絹夜探してくる。でもお茶いれといて」

 やっぱり好き勝手言ってレオは保健室を出た。

「はい〜」

 家政婦みたいな返事をしてクロウは人数分のお茶を揃えると、ジョーの向かい側の席に座った。
 銀子はキッチンの下の棚から茶菓子を引きずり出し二人の前に置くとクロウの隣に行儀よく座る。
 一息ついたところでクロウがジョーに興味津々の熱視線を向けた。

「ジョーくんのお父さんってどんな人なの?」

「……あんまり話したくない」

「どうして? 家族でしょ?」

 そこに銀子が指を立ててクロウを注意した。

「おうちの事情は様々ですよ。話せない事もあります」

「話せないわけじゃないけど、聞いても気分悪くなるだけだぜ」

 それでも目をキラッキラさせてクロウはジョーに向かってほほ笑んだ。
 ものすごく期待している。

「ウチのオヤジは飲んだくれで、家に帰ってこなくって、大喰らいで
 都合が良くて、借金ばっかり作って、そのくせ金に汚くて、女に目が無くて、風呂にも入らないものぐさで――」

 ジョーは眉間に手をやって話を中断した。
 気分悪くなったのは聞いていた方ではなく、彼の方だったらしい。

「俺もいずれああなるのか……? ああなっちまうのか……!?」

「う、ウチは父も母も漁師なんですよッ!!」

「へぇ! それはすごい!!」

 無理やり話を上書きした銀子にクロウも乗ってジョーは視界に入らない事にした。
 ちなみに銀子は沖縄出身で、豪快な両親の下でのびのび育ったらしい。
 ”いいぞ! 銀子! なんでもやれ! がはははは!”と豪快に育てられて今に至るらしい。
 沖縄の気候ににたカラっとした性格はそのせいなのかもしれない。
 銀子の話が終わってもまだ頭を抱えているジョー。
 話が繋がらなくなり、やや強引にユーキにパスを振った。

「ええ? 僕ですかぁ!?」

 面倒くさいと口をついて出そうな表情だったが、ジョーの背負った異様なマイナスのオーラを見て
 ユーキはため息をつきようやくクロウの淹れた紅茶に口をつけて休憩がてら話を始めた。

「僕の生まれは中国の四川省なんです。
 よくある話なんですが、家も籍もないし、もちろん養ってくれる人もいない生活でした」

「え……? それじゃ、暮らしていけないですよ!」

 ショッキングな出だしに銀子は余計な事を聞いたのではないかと焦った。
 しかしユーキはどうとでもないことのように頭をかいて笑っていた。

「そんな子供が溢れていました。溢れていたんでさらわれました。
 人身売買とかする悪い組織だったんでしょうか、少なくとも商品として扱ってくれるので路上生活よりマシだったんすけどね」

 ははは、とユーキはよくできた冗談の様に笑った。
 だが、銀子もクロウもは眉間に皺をよせ、自分の世界の狭さに恥ずかしさを覚えた。

「真っ暗い倉庫に何人も詰められていました。何日目か、蛇がいたんです。
 赤――”毒もってますよ”系の赤い大蛇が外付けの鉄格子から入ってきて、つーっと通り抜けてドアの鉄格子から出ていったのを確かに見ました。
 蛇と目が合いました。
 その後、何が起きたかはわからないんですが警察みたいな人がどやどや来て、ただ僕だけは別の部屋に移動させられました。
 そこにいたのが”真実の魔女”――僕の師匠だったんです」

「蛇ってのが……ユーキ先生の師匠?」

「おそらくはそうだったんでしょう。あ、もちろん師匠は普段、人間ですよ。少なくとも見た目は」

 そしてまたははは、とユーキは声を上げて笑ったが目を丸くしている二人の表情をようやく目に収めたか口元に手をやる。

「すいません、あまり笑える話ではなかったですよね」

「苦労人なんですね、ユーキ先生……」

「魔女に関わって苦労しない人なんていませんよ」

「魔女に出会って、後悔してるんですか?」

「ははは、まさか。話を戻しますけど、僕は師匠の事を手間のかかる母親のように思っています。
 少し言ってる事の規模が大きくて人に迷惑をかけている時もありますけど。
 母親の言っていることに付き合わない息子もいないでしょう。
 親子に限らず”縁”って血のつながりとかじゃないんですよ。意志の同化っていうか、プライドの遺伝っていうか。
 血縁関係だけが親子、に相当するものではありませんからね」

 ユーキの結論を聞いてクロウは少し落ち着いた顔つきになり、そして深くうなづいた。
 彼にとってはウェルキン博士が父親で、ルゥルゥが妹で、そして家族と戦っている事になる。
 複雑な心境だろうが、それを表に出さない強さがクロウにはあった。
 それが心配の種でもあるのだが、クロウは晴れ晴れとした表情で宣言した。

「僕、ウェルキン博士とルゥルゥを説得してギーメルギメルから抜けさせるよ。
 ユーキ先生や、黒金先生からしたら甘いって言われるかもしれないけど」

「おやおや、本当に甘いですねぇ。まぁ、僕もそれが一番手っ取り早いと思います。
 研究資金が無くなれば全うに働く事も覚えそうですしね」

 感心なさそうに相槌だけ打ってユーキは資料の閲覧に戻った。
 一方銀子はごーっと目を燃やしてがっしりとクロウの手を掴んだ。

「それこそ、正義の戦いです! 世界平和への第一歩です!!」

「いや、正義とか、世界平和とかは……ちょっと重いんですけど……」

「いいえ、夢は大きく持ちましょう!!」

 大きいというか漠然としている。
 内心では激しく突っ込んでいるのだが、銀子の熱意が重すぎてクロウは顔を引きつらせながら妙な同意をするしかなかった。



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