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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
3 *賭博/Totocalcio*1
 観葉植物がならび清潔感のある白い空間、大きなテーブルを囲むように彼らが座っていた。
 席は12程あるのに半数も埋まっていなかった。

「”腐敗の魔女”が接触しました。少々厄介な事になるかもしれませんね」

「黒金絹夜か……あいつは地中海で下賤なマネばかりしている木っ端盗賊だろう。
 多少鼻のいい連中が嗅ぎつけてくることなど最初から予想していたよ、この私は」

「先月は我が組織の末端が主催していたフランスのオークションで”いばらの冠”を強奪したそうです。
 また横合いから奪われては面目はないでしょうね」

「そんなもの末端を切ればいい」

 二人の男のいい争いに主催席に座っていた男が穏やかに割って入った。

「まぁまぁ。用心する事に越したことはない。
 黙って見て入るよりもアクションを起こそう」

                    *              *             *

 四時限目終了のチャイムと共に校内が騒ぎ出す。
 二階の廊下にある購買部目掛け、男子も女子も入り乱れの抗争だ。
 その購買部に程近い教室にある3−2はこの時間いつも騒がしくなる。
 何であんな急いでるんだか。
 今日もまた手ぶらで帰ろうとしているレオの冷めた考え。
 彼女の場合、生徒が道をあけるので並ぶという事を知らない。
 廊下を出ようとしたところで、教室内にぽつんと寂しく残ったジョーが目に入った。
 いつもなら授業が終わってようとなかろうと、誰かしらの気配を感じたらすぐに教室を飛び出してしまうくせに今日は机の上で不貞寝している。

「…………おい」

 椅子の足を蹴飛ばすと、彼の腹の虫が返事をした。

「…………俺は冬眠するんだ」

「春先に何を言ってんの」

「ほっておいてくれ……俺はパンを買う金もない貧乏小僧なのだよ」

「いつもの事じゃん」

 小僧にしてはガタイが良すぎる。
 それにしても、今朝からジョーはこの調子で机にうつぶせのままだ。
 寝てるか死んでるかしてるんじゃないのかとも思えるがとりあえず意識はあるようだ。

「パンくらい奢ってやってもいいよ。その代りまた付き合ってもらうけど」

 こういえばぴょこんといい加減なオモチャみたいに起き上がるはずのジョーだったが、ピクリともしなかった。

「いい」

「…………」

 何か隠している。
 レオの直感は鋭く事態を察知した。
 ふーん、と通り過ぎるふりをして、背後から脇腹をくすぐる。

「ほぐゃーッ!」

 電気椅子にかけられたように跳ね上がったジョーを見て、レオは冷笑し、そして顔面に青あざを作った彼を見て失笑した。

「パンダさん」

「…………やかましい」

 ばっとまた机に顔を伏せるジョー。

「どこで転んだの」

「転んでこんななるか!」

「だからどこで転んだか聞いてるんだろが!」

「もうホント、レオちゃんのイマジネーションの貧困さに俺、泣けてきちゃうよ」

 ジョーがとうとうがばっと立ち上がり木刀と鞄を持って外に出てしまった。

 怒らせてしまったようだ。
 基本的にはレオが傍若無人でジョーは正反対に飄々としているのだが、時折こうしてジョーもつんけんした態度になる。
 ジョーは空気を読む性格ではあるものの、彼も喧嘩の常習犯であることに変わりはない。
 血の気の多いところはやはり男だからかレオ以上でもあり、敵意のある相手に対しては容赦がない事もレオは知っている。

「……しかしなぁ」

 ジョーの顔面にああも見事なパンダ痣を作れる人間がこのあたりにいただろうか。
 いたとするなら、自分か伊集院ユリカくらいだ。
 ああ、あと一人。
 黒金絹夜だ。
 まさかあの男がジョーをあんなにしたのだろうか。
 それはそれで興味がわいた。
 こういう時は先生を頼れ。たしか小学校の頃、夏休み前の注意喚起でそう言われていた気がする。

                    *              *             *

「教師飽きた」

 3話目冒頭で何言ってくれる。
 職員室から呼び出された絹夜は襟元にチェックのプリントが入ったシャツを着ていた。
 相変わらずこじゃれているというか、仕事しに来ているわけではないオーラ満々である。
 まともに教師しにきているわけでないようなので、レオはその言葉を無視してジョーのことを話した。
 帰ってきた返答は、どうでもいい、の計6文字だった。

「大体、本人が手出しされたくない様子ならほっとけばいだろう。
 俺はお前らのお守より裏界調査と買い取り先の選定に忙しい」

「ほー。裏界って高いんだ」

「当然だ」

 そこは大抵魔力の巣窟となっている。
 宝石が採掘される洞窟に似たようなものだ。
 聞いておきながらレオはさほど興味がないようで、ふうん、と話を流した。

「遅くまで資料整理手伝わせたくせに……良く言うぜ。
 菅原からも誤魔化してやったのになぁ……」

 聞こえる様にぼやいたレオ。
 しかし絹夜は聞こえないふりをした。
 じと目がぶつかりあう中、レオは絹夜に攻撃を仕掛けた。

「れ・い・ぎ」

「な・に・ご?」

「…………」

 すぐにカウンターが返って来てレオはばっきりと眉間にしわを寄せた。
 そして口の中だけでほとんど聴きとりづらい声で小さく言う。

「ちょっと……手伝って」

 ここで礼義というものを持ってくるとは思わなかった。

「…………うんざりだぜ」

 そう頭を抱えながら絹夜は時計を見た。
 プラチナ製の時計はどんな衝撃を加えても、水の中に突っ込んでもずれないという信用性のある最新型だ。
 値段にするとここの教職員給料の一年分なのだが、絹夜はそういったものほど荒く扱う。
 ごつごつした男ものより、線の細い少し派手な女性物の小物を絹夜は好み、その時計も本来ペアの男性ものはすでに紛失している。

「五時限目は2年、六時限目は3年で授業がある。放課後まで待て」

「それまで退屈になるなぁ」

 少しだけ機嫌を良くしたレオに絹夜は釘を刺した。

「お前、去年も出席日数がギリギリだったそうじゃないか。
 午後の授業出ろよ、俺に説教飛んでくるだろ。
 あまり派手にウロチョロするな。俺まで懲戒免職にされたらたまんねぇからな」

 一方的に言いたいことだけを言うと、タイミングよく予鈴が鳴った。
 レオとの立ち話を打ち切って絹夜は道具を取りに行ってさっと2年の教室が立ち並ぶ3階に上がってしまう。
 何故か今頃、レオは彼が教師だったことを実感した。
 教師と言ったら自分の行動をとやかこ言う障害のような連中ばかりだ。
 だが、彼は自由奔放、唯我独尊という言葉がよく似合う身勝手男である。
 時にその奇行に驚かされ、時に強大な力に期待もする。
 一番興味のないはずの教師という人種に、レオは初めて興味を抱いていた。

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