NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
24 *鎧/Armour*2
プールサイドに引き上げられたウェルキンはがたがたと震えながら銀子が持ってきたタオルにくるまっていた。
「おお、おおおおお前ら、ほほほ本当に悪魔だな、にに人間じゃなないッ!」
寒さのせいでどもりが倍増している。
「魔女だが、なんか文句あるか」
「僕、魔女の弟子です、よろしくどうも」
「もう、お二人はああ言えばこういう!!」
一番形状的に人間離れしている銀子に言われて絹夜とユーキはむっとした。
ユーキは性格が悪くてついでに頑固という完全に師匠と同じ属性の性格を持つ。
急にやんわりとした口調に戻って逆に銀子に諭し始めた。
「いいですか、菅原先生。ギーメルギメルは恐ろしい秘密結社です。
色々な犯罪に手を染め、もちろん場合によっては殺人もしています、とっても怖い組織なんです」
うん、うん、と聞き入るようにルゥルゥが首を盾に振りながら耳を傾けていた。
「そんな彼らが諭されたくらいで犯罪から手を引くとでも思っているんですか?
死にかけたくらいで平穏に暮らし始めると思うんですか?」
「平穏に暮らし始めるかもしれないじゃないですか!
殺しちゃったらその可能性が全部無くなっちゃうんですよ!?
人が死ぬ事って、悲しい事ですよ! だって、いなくなっちゃうんですよ!?
お話も、笑いあう事も、憎み合うことだって出来なくなっちゃうんですよ!?
私、お二人がいなくなっちゃったら悲しいです!」
「その代わりに菅原先生が冷水にちゃっぽんちゃっぽんされます?
もう一度言います、ギーメルギメルは悪の組織です」
う、とつまる銀子。
その代わりに応えたのはウェルキンだった。
「そそそそそ、その通り!」
何事かと思って目を向けると彼は瞬間移動しており、
ついでにウェルキンはコントローラ、ルゥルゥはロッドを手に持って塀の上に立っていた。
ばったばったとタオルが夜風になびいている。
「わ、わ、我々はッ! ししし死にっかけたくらいでこっここの研究を諦める程、なな軟弱ではないのだ!!
――は、はあ、はあーっくしゅんッ!! う、うがーッ! 寒い!!」
「うわっツバ飛ばさないでくださいよ博士! 汚い!」
「素晴らしいですね、尊敬します」
ユーキが心にもない事を真顔で言った。
「おふふ、おふふふふふ! 貴様らの戦闘データは存分に取得できた!
次に会う時にはお前達専用の強力なホムンクルスを作ってきてやろう!
こんなサドサド高校にはもう用はない! この、ばーかばーか!! こ殺さなかった事を後悔しろ! さらばだ!」
とうっ! という掛け声とともに塀から飛び降りたウェルキン。
「あ、待ってくださいよ博士!
――次は容赦しないからね、お兄ちゃん! 黒金!!」
同じように塀から降りたルゥルゥだったが、塀の向こうでまだ会話が聞こえた。
「ルルゥルゥ、コンビニでおでんを食べよう。お前、いくらもってる」
「いくらももってないです! 今から自動販売機の下とか探すからね!」
「私の小さな夢を打ち砕きやがってこのバカ! バカが!」
確か、コントローラとロッドは絹夜が持っていたはずだ。
そんな残念な視線を彼に向けたユーキだが、絹夜はタバコをふかしながら前後つながらない日本語を口にした。
「例えば、可哀そうだろ」
* * *
紅茶を啜りながら帰りの支度をしているとユーキは不穏な言葉を吐き出した。
「しかし、次はわかりませんね」
洗い物をしている背中が急にそんな事を言い出したので全員が不気味に思う。
誰も問わなったのでクロウが沈黙に耐えかねて彼に問うと、さっきまではウェルキンをプールに沈めてげらげら笑っていたというのに
非常に彼を評価していることを前提に話し始めた。
「聞いた話を総合しますと、着実に彼らは我々に対する防衛を行ってきています。
邪眼封じに、電撃対策。失敗要素から着実に……。
僕はああいったタイプが本当に怖いと思いますね。それに、本日は盛大にデータもとられたかと思われます。
きっと、今日行った事は全部封じられるでしょう」
「え、え! 私、変身しちゃいましたよ!」
「いや、銀子先生はそれしかできないからどの道……」
銀子は確かに人狼に変身して暴れる以外の能力は持たない。
それにクロウの能力は元よりウェルキン博士が与えたものだ、全て筒抜けのはずである。
レオに至っては概ねバレている。
絹夜は2046、バラバ、オクスルムンディ、全て使った。
ユーキはトラップしか使っていないものの、接近戦タイプではない事さえわかれば対策の取り様はいくらでもある。
「連中が1進むならこっちは2進めばいい。そんだけでしょ」
そういうレオだったが表情がさえなかった。
それが簡単ではない事を彼女もわかっている。
「それぞれ、何か新たな手段が課題になりますね。
宿題にしておきましょう」
そうしてその日は解散になった。
確かにウェルキンは脆弱だが、進歩能力だけはずば抜けている。
対策が万全になり次第、また恐れずに突っ込んでくるだろう。
安全の為なら殺してしまっても後悔はない。
内心、ユーキはそんな態度だっただろう。
それが危険な道を歩んできた人間の判断力だ。
帰り道、ラーメンを口実にレオを呼びとめて絹夜は彼女と対対に向かった。
「お、先生。今日は可愛コちゃんと二人っきりかい。隅に置けないねぇ」
そう言いながら店のオヤジは茶化している風でも無く、酷く挑戦的な目をレオに向けていた。
レオも気がついたらしく新しく入ったメニューを指さす。
「私、コレ」
「ふっふっふ、お嬢ちゃん。爆辛ラーメン5キロに挑戦するんだね」
50分で平らげたら一万円贈与、とかいうやつである。
普段から気になっていたがこいつはどれだけ食べるのだろう。
5キロといったら猫二、三匹程度だ。
絹夜が注文する前に、お前はこれでいいだろうと言わんばかりにビールを目の前に置かれて絹夜は入店してから一切喋らないままだった。
厨房の奥で赤いみそを巨大などんぶりに半分程度入れ、底にスープと麺を加えていく。
やけくそなラーメンをレオの前に置いて、オヤジは勝利を確信した笑顔を見せた。
「多い、辛い、熱い! これは対嬢ちゃんとして作った俺の必殺技だ!
世界一辛い香辛料ハバネロが山盛り、トウガラシも残しちゃいけないぞ」
角のようにいくつかトウガラシがどんぶりからはみ出していた。
具材のそれぞれが魔女の窯の中で処刑されているようにしか見えない。
「小分けのお皿ちょうだい」
そう言ってレオはオヤジの脅しに乗る事も無く箸をつけ始めた。
まさしく人間の食いものじゃないし、彼女の抜群と言っていいプロポーションのどこにこれだけの量が入るのか不明だ。
麺を入るだけ小分け皿に入れると、レオははじめから上に乗っていた野菜炒めやらトウガラシやらからやっつけ始めた。
多い、辛いに関しては全く問題なさそうだが、熱いのは苦手なようでひっきりなしに箸を動かし麺も冷ましている。
ビールを傾けながら絹夜はオヤジの必殺技を見事に崩していくレオを見ていた。
相手は自分の事をよく研究しており、その弱点なども知っている。
ウェルキンは生き残るたびに成長し、対相手の対策を練ってくる。
恐らく次は水にも、あらゆる攻撃にも、もしかしたら核攻撃に耐えうるアーマーを作ってくるかもしれない。
コントローラやロッドも奪えない形にしてくるに違いない。
そうしたらどうする?
戦えば戦うほど、連中は確かに無敵の軍団に近づいていくのだ。
レオはある程度平地を作ると具から手を引いてその浮島の上に麺を上陸させる。
またここで麺を冷ますという手でオヤジの罠を回避し、小分けしていた麺をやっつけ始めた。
「む、嬢ちゃん、なかなかやるな……!」
「この間、フードファイトのテレビ見たから」
自分がウェルキンの立場なら、今度はホムンクルスにまでスーパーアーマーを着用させて重歩兵の大群で攻める。
唯一不安に感じるのは遠隔操作である故、コントロールを失えば惨敗すると言う点だ。
コントローラの紛失、およびジャミングは恐ろしい。
――ジャミング?
「そろそろ辛くなってきたんじゃないかい、嬢ちゃん」
ラーメンの半分が消えていた。
確かにレオの表情からおいしく食べようと言う本来の目的が消えている。
だが、彼女はやはり地道に冷ます、食うを繰り返す作戦をとるようだ。
そうだ、たとえばジャミング。
コントローラが出した電波を受信する前にこちらからも電波を出し、それを妨害する方法。
もっと言ってしまえば、別の命令に書き換える事によりホムンクルスを乗っ取る事が出来る。
ウェルキンが出した操作をあのコントローラが受け取り、
電圧などの電気信号となった情報は、コントローラの変換器によって電波として発信されているはずだ。
もしもその電波を妨害できる兵器などを設置すれば――いや、設置している時点でバレる。
ウェルキンにとって専門の世界だ。
何か、こう強力で小型な妨害電波装置は無いものか。
視界には機械的にラーメンを啜る放電娘が入っていた。
水に手を出そうとして我慢したレオはまだ必死に麺を冷やしており、冷えた麺の上にさらに麺を載せるという荒業を編み出していた。
言うなれば、変換器である。
電圧で作られた電気信号を変換器により周波数として空気中にほおりだしてしまえばジャミングは可能だ。
出ている電波は防御のさせようがない。
つまり、レオのオーバーダズである雷を微細な電気信号に変換し空気中に放つ事が出来たら、
ウェルキンだけでなく誰にでも通用する強烈な一手となるだろう。
気がつけばレオがスープと戦い始めていた。
まだ20分も余裕があるじゃないか。
* * *
結果、40分で5キロのラーメンを平らげたレオは流石に腹が膨れたのかジャケットでそれを隠すようにした。
絹夜が飲んでいたビール台も含め、レオが払ったせいで絹夜はただ黙って傍観していただけになってしまっていた。
帰り道、ジャミングの件をレオに話すと彼女はぽん、と手を打って絹夜の額にビシリと指をつきつけた。
「頭いい」
晩年寝ているばかりだが流石、科学者の娘である。
電波だか周波数だか変換器だかと言われてそこそこには理解できたのだろう。
理数系に強いのは嘘でも噂でもなかったらしい。
「まずはオーバーダズを微細に操作する方法を覚えてくれ」
「なるほど、それが師匠からの宿題ってわけね」
「それから――」
絹夜が足を止めるので、レオは一歩前で振り向いた。
難しい顔をしながら懸命に言葉を紡いでいるようで、しかし楽しいではなさそうだった。
「お前、間違いなく、二階堂レオだよな」
「何バカ言ってるの?」
「……別のものを目覚めさせたんじゃないかって……いや、確かに馬鹿な話だな」
アサドアスル。
彼女の中で接触した得体の知れない黒い存在。
自分たちの死体が末路だと言っていた。
邪神配列、ゲートの遺伝子、ゴールデンディザスター。
新たな謎がこみ上げてきて、情報がこんがらがっていた。
その謎だらけの邪眼ゴールデンディザスターで絹夜を見つめながらレオは腕を組んで不服そうだった。
「本当の意味での自分の証明って、出来ないよ。不可能だよ。自分の気持ちの証明だけ、欲望と理想の表明だけで十分だよ。
絹夜ってさ、そういう出来ないことしようとしてるから嫌い。壁作ろうとしてさ、鎧ってる。窮屈。マゾなの?」
そして髪を翻して暗闇に向かって歩いていく。
歩を速めて絹夜は再び彼女の横に並んだ。
「レオ。俺、もう少し時間がかかりそうだ……。
やっぱりお前の言ってる事はよくわからん」
「わかんない事ないでしょ」
「わかんない」
「……ばか。だからあんたって大嫌い」
ふと、手の甲同士が触れ合って、互いにそっと手を引っ込めてしまう。
分かれ道に至ると、レオは小さな声で挨拶と思われる言葉を吐き出して夜道に消えていった。
彼女の混濁を模倣して、例えばどんな結果が出ると言うのだろう。
全てを受け入れるのと全てを放棄するのの違いって何だ。
愛ってなんだ。
随分毛嫌って、逡巡して、見えないふりをして気を使って、避けてきた。
ようやく本格的に直面する気になれた。
そして、自分の証明を諦めたわけではない。
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