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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
24 *鎧/Armour*1
 レオが意識を取り戻した翌日、絹夜とレオが校長室に向かい、
 ちくちくと忠告してきていた名倉校長に事情を話すと彼女はようやく安堵のため息をついた。

「しかし、困りますよ。生徒まで巻き込むなんて」

 そこにレオがカクカクとした不自然な動きで名倉校長の前に出た。
 嘘をつくとき、体が拒絶反応を起こすのか、レオはどうしてもこうなるようだった。

「あの、実は何でも私の古い先祖と関わりあいがあるとかで、無理に首突っ込ませてもらってます、エヘヘヘヘ〜……」

 前半は真実だった事もあってか、レオにしては上出来な誤魔化し方だった。
 名倉校長としてはレオが自分から関わりあいを持ったとしても問題が起こる種にはかわりなく、喜ばしくないのだろう。
 レオがそう取り繕ってもいい顔をしていなかった。

「まぁ、いいでしょう。多くを聞かない事にします」

「長生きできるぜ、アンタ」

 持ち上げた絹夜の言葉に眉一つ動かさず、名倉校長は一枚のディスクをビデオデッキに収めてリモコンを握った。

「その件に関しましては、決着がついたものとします。
 そこで、次のお話をさせて頂きますね」

 何故か今日は強気である。
 戦闘能力のない彼女にとって絹夜は当然、レオも脅威になるはずだと言うのに据わった目でテレビの液晶を見ていた。
 同じように視線を液晶に向けた絹夜とレオ。
 そこには暗視カメラがとったものか緑色の画面があった。
 よく、恐怖映画や心霊番組で見かける緑色の画面を数秒流していると、なにやら白い塊が草むらを横切った。
 猫や犬ではなさそうだ。
 人間、それもかなり大柄である。
 それも一人や二人ではないようで学校内に少なくとも10数人の白い大男が入り込んでいる映像だった。
 校長がピタリと止めた映像の中、妙なステッキが顔をのぞかせている。
 さらに、その白い大男たちの胸にはクラゲのような大きな瘤がめり込んでいた。
 120%ウェルキン博士の仕業だ。

「これ、あなたたちと関係があるんですか」

 何と答えたらいいかわからず、面白い冗談も浮かばず、絹夜は逡巡の末に関連性がある事を認めた。
 次から次へ、しかも全身白タイツの怪しい軍団が敷地内にもぐりこんでいるとなると内心穏やかではないだろう。

「やっぱり、関係があるのですね……。
 正直、即刻何とかしていただきたい」

「お怒りなのも十分わかるが、何とか出来るなら何とかしてる。
 奴らが何考えてるかもわからんうちにこっちから攻撃し掛けたくない」

「……お任せしますが、危険は裏界だけでなく、表の世界にも顕著に表れるようになってきました。その事をお忘れなく」

 またしても釘を刺された絹夜は階段を下り、その踊り場で壁を殴り始めた。
 名倉校長の言っている事も理解は出来るのだが、自分は盗賊であって傭兵ではない。
 シチリアの海に散骨し殺すぞ、と微妙な文句も口に収まったままだった。

「絹夜、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかもしれん」

「でもさ、話蒸し返して悪いんだけど、あの白いのは何しに入ってきたんだろうね。
 今のところ学校そのものに変化ないみたいだけど」

「さぁな。どうせまたロクな事――」

 言いかけた絹夜だったが、はめ殺しの窓から白い物体が見えて目を凝らした。
 目を凝らしてわからなかったのでオクルスムンディを使うと、彼の顔色は悪くなっていった。

「……どしたの?」

「いや……」

 何か言いたげで、絹夜は言葉を詰まらせたままひどく遠いところから話を始めた。
 鳥取砂丘の話から始まってようやく、裏庭の花壇に人が埋まっている事だった。
 しかも例の全身白タイツらしい。
 砂風呂の容量で土の下に埋まり、顔だけはツツジの枝木の中に隠れているという。
 気味が悪いことこの上ない。
 恐らく、絹夜はツツジの中で並んでいるホムンクルスたちの顔を見たのだろう。

「で、その異物どうすんの? 掘り返すの?」

「暗くなってから一悶着起こすしかないだろ」

                    *              *             *

 暗くなってからの一悶着にかき集められたクロウ、銀子、ユーキ。
 ジョーはというと、例の字利家による理不尽借金のせいもありバイトを抜ける事が出来ないとかの理由だった。

「鳴滝くんに、不謹慎です、お金の貸し借りだなんて!
 学生の鳴滝くんに20万を払わせようとする字利家って方も大人として常識が足りなさすぎます!!」

 銀子はカリカリといないジョーにお説教しており、またクロウはルゥルゥが絡むとなってがっくりと肩を落としていた。
 ユーキは当人にはやる気はあるのだろうが保健室の補修工事の為にあっちもこっちも行き来している少し顔色が悪い。
 レオ一人が眠っていた十日分の運動不足を補おうとやる気満々で一切チームワークというものが見られなかったし、
 本来それを諭してやるべき絹夜にも”連帯”という言葉はあまり馴染みのない言葉だった。
 相手の動きをうかがって、もとい、のんびりとお茶会をしているところで何やら校庭にかさかさと白いものが集結している。
 思いのほか数が多かった。

「50ってところですかねぇ」

 のんびりと糸目で穏やかに笑いユーキが紅茶を口にしていた。

「ユーキ、この間の干しクラゲはどうなった」

「ああ、種子ですか? チップの中にちっさい触手だけの生き物が入ってるんですよ。
 あのプニプニした部分はその体を保護する部分です。
 電波を受信する事によって神経伝達部分を刺激する信仰を送ります。
 面倒な事に神経系の一部を乗っ取っているので神経に食い込んでいる間に破壊されると仮死状態に陥ります」

 初めならばわーわーと騒いでいただろう銀子やクロウも相変わらず自分ごとで騒いでいる。

「一人10じゃお腹いっぱいにならないわよ」

 そう言いながらレオはすっと立ち上がり、字利家に破られた窓に向かっていった。
 その窓から校庭を見ると、得体の知れない鋼鉄のアーマーに身を包んだ、恐らくウェルキンであろう人物がスピーカーを小脇に抱えている。

『あー、あー、テステス。マイクテストマイクテスト』

『博士、聞こえてますってば』

 その後ろでロッドを構えたルゥルゥの声もスピーカーが拾っていた。
 とんだズッコケコンビの再来にレオは肩を落とした。

『あー、聞こえているかな、黒金絹夜!
 我々はすでに君たちを包囲している!』

 喋っている間に窓から外に出た黒金一行はとりあえずは、と並んでウェルキンの話が終わるのを待っていた。

『わ、私の作った高性能なホムンクルスは種子の力で私の思うがままに操作する事が可能なのだ!
 そそ、その上、私はこの電気もオーバーダズの攻撃も魔力も通さぬ特製スーパーアーマーで守らている! ぜ、絶対無敵の軍隊と化したのだ!
 お、ふふふふふふ!』

 大人しく聞いていた黒金一行だが、終わりがわからず妙な沈黙が生まれ、さらにそこにウェルキンが無理やり喋った。

『どど、どうだ、恐ろしくて声も出ないだろう!』

 電気もオーバーダズの攻撃も魔力も通さないというのが本当となると、
 それだけでかなりの大金持ちになれそうな魔道科学力であるがどうしてこのおっさんはこっち方面に努力が向いてしまったんだろうか。
 残念で仕方ないユーキの表情はどんどんと冴えなくなっていった。
 それを聞いた絹夜は銀子に耳うちをして作戦を伝えた。
 すると、銀子は絹夜を疑うような眼つきになる。

「そんな事やっちゃっていいんですか、大丈夫なんですか……?」

「ヤバそうだったら助けてやれ」

 それで作戦終了、絹夜は2046を召喚して臨戦態勢をとった。
 かかってこいと言わんばかりの体勢にウェルキンの前に並んだホムンクルスとルゥルゥも構える。

『ゆ、行くがよい! 私の子供たちよ!』

 どっとウェルキンを守るように壁を作ったホムンクルス達だが、そこを軽々乗り越えて出たのはレオと銀子だった。
 宙空に上がっているうちに銀子は手足を人狼化させ、レオはオーバーダズのセクメトを呼び出す。

「久々のひと暴れじゃない。楽しそう」

「二階堂さん、必要以上に相手を傷つけないようにしてくださいね!」

 そういいながらどかどかとやり始める二人をサポートするようにクロウがひっきりなしにレオだけに増幅の魔術をかけていく。
 一方ユーキは出方を見ながら何もしていないように見えて、糸状にしたオーバーダズを自分の周りに張り巡らせ、獲物がかかるのを待っていた。
 恐ろしい事にレオは狙っていた相手を銀子に手出しされると怒るという唯我独尊っぷりを見せた。

『お前ら! もも、もうちょっと連携とかしたらどうなんだ!』

 ウェルキンからしたらバラバラに動くものだからさぞ相手を絞り込みにくいだろう。
 ライオンの群れに肉を投げ込んだ時の様な惨状だった。
 そんな中、ルゥルゥは果敢にも絹夜と対峙していた。
 こめかみからこめかみまでを覆うような妙な形のサングラスをしており、絹夜は試しにオクルスムンディを使ったが魔力が通った気配がない。
 邪眼封じのゴーグルのようだ。

「ふふふ、気がついたかしら。これでアンタ十八番のオクルスなんとかの出番はないんだからね!」

 オクルスムンディさえなければ勝てると思っているところがすごい。
 調子よくロッドを振り回したルゥルゥだが、絹夜は微動だにせず、バラバの銃弾でリングを撃ち落とした。

「バカの一つ覚えだな」

「なんですって! その超冷めた目がむかつく!」

 やはり一つ覚えでリングを投げつけてくるルゥルゥにしばらく付き合っていた絹夜だがなん十発かで飽きてバラバの銃が彼女の足元をえぐった。
 短鳴を上げたルゥルゥだが、まだ勝負はついてないと言わんばかりにロッドを握っている。
 根性だけは見上げてものだが、やかり実力の差が大きい。
 例え天才魔術師だとしてもたった2年しか生きていないルゥルゥと悪名高きトレジャーハンター黒金絹夜では経験量が違っていた。

「お前、この状態でよくギーメルについてるな。
 どう考えてもお前らなんかカイにとってトカゲのしっぽだろう」

「ギーメルギメル! あんた、脳みそ腐ってるんじゃないの、何度言ったらわかるのよ。
 言っておくけどね、ギーメルギメルの軍部は全てホムンクルスがまかなっているのよ!
 しっぽだろうが、何だろうが、カイが私たちを切れるわけないじゃない!」

 まさか知らない?
 バラバで牽制したまま絹夜は首をかしげた。
 カイは決定的な戦力を持っているはずだ。
 あのオーバーダズ、ニャルラトホテプは異常なまでの強さを誇るルーヴェス・ヴァレンタイン。
 ルゥルゥの口ぶりからしたらギーメルは完全に勢力をホムンクルスに依存しているような口調だった。
 彼らはギーメルがホムンクルスに依存しているからといって、カイが同じだと思い込んでいるようだ。
 その上、やはりトカゲのしっぽなのかルーヴェスの存在を教えられていないと見た。

「……ち、余計やりづらいぜ」

 絹夜はバラバを消し、2046を両手剣に変形させた。
 ぶおん、一振りするとルゥルゥは顔をひくつかせながら強がった。

「なによ、脅し? そんな大きな剣だしたところで近づけなかったら意味ないわ」

 棺大の巨大な剣を軽々ぶん回す字利家と直面したらどうなってしまうんだろうか、この娘は。
 確かに近づかなかったら意味が無いので2046を盾にしながら一気に間合いを詰めると今度ルゥルゥはロッドを振り回す。

「きゃーッ! 近づかないでよ!」

 ぶん回すロッドをがしっと掴んでぶんどると、ルゥルゥは勢いに負けてバランスを崩す。
 反射的に絹夜は2046を消して倒れかかったルゥルゥを支えた。
 斜め45度で肩を抱かれた状態になったルゥルゥは目を瞬いて絹夜を見上げる。

「大丈夫か」

「…………」

 反応が無いので垂直に戻すとルゥルゥは顔を赤くしながら飛び退くように離れて絹夜に指を突き付けた。

「な、なな何するのよ! セクハラ! スケベ!」

 喋り方がウェルキンと同じものになる。
 クロウは恋愛暴走機関車だが、女に免疫がないといえば無い。
 そしてルゥルゥもやたら過敏に反応している。
 ウェルキンはというと視界に女性が入るとどもる。
 揃いも揃って異性に免疫が無い。
 なんて面倒くさい連中なんだ。
 まぁしかしよくよく考えればクロウが三人いるのと同じ、面倒くさいに決まっている。

「黒金絹夜! ロッドを返しなさい!」

「嫌だ。返してほしかったら引き揚げろ。早く引き上げないと、あのオッサン、酷い目にあうぞ」

「ウェルキンだったらいくらでも”反省”食らわせばいいじゃない!
 あの後、喜んでたんだから。女子高生にかかと落とし喰らった〜って」

「…………」

 やはりクロウの親玉である。
 だが、見目のいいクロウが言っても気持ち悪いのだから痩せこけたオッサンがいっていたとなるとさぞ気持ち悪いことだろう。
 そう言っている間にホムンクルスたちの手を抜けて銀子がウェルキンの元にたどり着く。

『お、おふふふ! ど、どんな攻撃されたってこのスーパーアーマーは耐えるのだ!
 きき、聞いていなかったのかね!?』

 言っている間に銀子はウェルキンを持ち上げ、来る敵に対してぶん回した。
 どんな攻撃も防ぐスーパーアーマーを盾にし武器にし、銀子は絹夜の方に大声を上げた。

「あのぉ、本当にやっちゃっていいんですか?」

「ああ、やっちまえよ」

「うーんでも……」

『あの、あのあのあの。お二人とも。私を一体どうするおつもりかな。
 具体例を言ってもいいんだぞ』

 相変わらずスピーカーで喋っているウェルキン。
 それに対し、絹夜と銀子は声をそろえて答えた。

「プールに沈める」

『おちょ、ちょ! そそそそそ、それはまずい!
 防水加工はしていないのだよ! というか密閉もしていないのだよ!』

 といいながらぎっしぎっしやっと動くウェルキン博士。
 スーパーアーマーというくらいなのだからスーパーに重くて動きづらいのだろう。

「引き上げてくれるのなら落としません!」

「おい、菅原。そんな面倒くさいこと言ってねぇでやっちまえばいいだろ」

 そう言いながら絹夜はウェルキンの手の中に収まっていたコントローラを奪うとぐりぐりと操作し始めた。
 すると、ホムンクルスたちがぐるぐるとその場を回り始める。
 ひと通り操作をして覚えると絹夜は無言でホムンクルス達を操作してウェルキンを担がせるとそのままプール方面に運んで行った。

『な、なな何をするつもりだ! 引き返す! 引き返すと言っているだろう!』

「なにこれ、超楽しい」

『黒金! 黒金さん!? ――ルゥルゥ! そいつからコントローラを奪い返すんだ!』

「ロッドを奪われたんで無理です、博士!!」

 あれよあれよというまま、ホムンクルス達にプールまで連れて行かれ、とうとう水しぶきが上がった。
 冬場の水面に突っ込まれてさぞつめたかろう。
 プールサイドでクロウ、銀子は同情の目で溺れかけているウェルキンを見ているのだが、
 性格の悪い絹夜とユーキに至ってはその姿を見てげらげらと腹を抱えて笑っていた。
 レオはというと、それがどれだけ恐ろしい事なのか身をもって知っている分、顔を向ける事も無かった。

『死、死ぬ! 死ぬううぅぅう!!』

「まだ活きがいいじゃねぇか」

『が、がばぁっ! や、やめ! やめてッ! 寒い死んじゃう!!』

「溺れ死ぬのと凍え死ぬの、どっちが幸せなんでしょうねぇ。
 ホムンクルス精製の過程では、水中保存と冷凍保存、両方あるらしいですけどお宅、それを身を以て味わえてよかったじゃないですか。
 あっはっはっはっはっはっは!! 人間がホムンクルスに冷水につけられるなんて、傑作です!」

 どれだけ性格が歪んでいるんだ、赤羽有紀。

「お、お二人とも酷いですよ! 博士さんは反省しているじゃないですか〜!」

 銀子が勇気を振り絞った一言に何故か反論の目を向ける絹夜とユーキ。
 あまりにユーキの目が据わっていたもので銀子もそこで勢いをなくした。

「絹夜、やめて。もう見たくない」

 そこに鶴の一声、レオが視線を外しながら訴えた。
 車の事故で、両親の血液で溺死し掛けると言う壮絶な経験のあるレオ。
 そしてその時の彼女の記憶を体験した銀子も恐ろしいような気がしていた。

『反省してますぅ』

 ついでにウェルキンも小さく言った。



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