NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
23 *欲望/ALL*4
何が勝敗を分けたかと言うと、100キロ強のスピードで彼女がヘリコプターに激突し頭からどくどく血を流していたところだった。
やはり字利家はぶっとんで強かったが肩にレオを抱え、されには蒙昧する意識の中ではものすげぇ数全員同時に認識操作が難しかったようだ。
タスクが溜まってパフォーマンスが落ち、結果ぎったんぎったんになった。
ヘリコプターを突っ込んでまで倒したところをみると、彼女はお説教の成功失敗に関わらず本気でレオを連れ去ろうとしていたらしい。
真夜中、ジェーンとビリーが一生懸命ヘリコプターを立て直しているところを見ながら絹夜と乙姫は並んで校庭隅のベンチに座っていた。
「絹夜くん、やっと字利家くんの事倒せたね」
「……やっと、か」
「あ……ご、ごめんね」
煙草をくわえて火をつけながら絹夜は頬笑み、それが本当に久しぶりの笑みだと自覚して少し悲しくなった。
彼女が眠り続けていることには変わりない。
取り戻す手段が見つかっているわけではない。
ただ、何か痞えていた大きなしこりがとれたような気がした。
「雛彦様には、もうちょっと猶予をもらえるように話してみる。
字利家くんが話していたことも気になるし……。
それまでに、レオちゃん……だっけ。あの子を起こしてあげて」
「……当然だ」
それ以外の未来なんていらない。
彼女のいない世界なんて欲しくない。
誰にも渡したくない、どんな理由であっても。
「藤咲隊長〜! 準備できました〜!」
ビリーが手を振って手招いている。
乙姫はすっと立ち上がって振り返り、笑いかけた。
「じゃあ、行くね」
絹夜も立ち上がって彼女の笑顔に返した。
「雛兄によろしく」
ひなにい。
恐らく無自覚なのだろうが、子供の時と同じ呼び方をして平気な顔の絹夜に乙姫は噴き出した。
それにきょとんとしている絹夜。
「どうした?」
だが、乙姫は返事だけして手を振る事にした。
「う、ううん、なんでもない。またね」
「ああ、楽しみにしてる」
去っていく乙姫に、小さく手を振りかえし絹夜は夜闇に溶けていくヘリコプターを見送った。
あれだけ気を遣って接していた彼女に何も考えずに楽に話せた。
やはり、少しだけ自分は変われたのだろう。
それでもまだまだだが、少しだけ誇らしい気持ちになってレオが眠る仮眠室に入る。
保健室は自分と字利家が暴れたせいでぼろぼろになっていたが、銀子が文句を言いながら片づけをしていた。
ユーキは字利家の治療をして、ジョーとクロウは彼女の車を校庭の隅に押している。
宴の後の喧騒をドア一枚隔てたところで聞きながら絹夜はベッドの横に着いてレオの寝顔を見ていた。
ようやく保健室が静かになり、仮眠室のドアがノックされる。
顔を上げると半ミイラ状態の字利家がジョーに支えられながら立っていた。
右腕をとられたのか自分がやったのか定かではないが首からのガーゼにひっかけて見るからに重傷だ。
「記憶に刻まれた印の解除か……」
「ああ、何か心あたりがあるか」
「……彼女がお前に関する記憶を失わず、自分の認識内に戻る……という条件であれば方法が無いわけではない」
「何だと? 何でそれをもっと早く――」
「何度も言わせるな。私は彼女を起こしたくはない。
それに……この方法では危険で、彼女の精神に傷をつける事に変わりない」
「勿体ぶるな、言え」
「…………」
字利家の表情が急に冴えなくなり、柔和で落胆した頬笑みを浮かべた。
それが彼女の本当の表情で、疲れていて、諦めていて、それでも強引に進まねばならないと自分を叱咤する決意の表情だった。
「もし彼女が世界の敵となるならば、私は誰であろうと討ち果たさねばならない」
「その時はその時の”ALL”を、一緒に考えよう」
「黒金……」
少し、彼は変わった。
大きな変容ではないが確かに前進した。
応えるように字利家はテキパキとジョーに指示を出し全員を集めさせ、彼女自身はレオの前に座って掌を額に当てる。
狭い仮眠室に全員が入ってきたところで、字利家は用意させた紙にさらさらと魔法陣を描いて絹夜に渡した。
「覚えろ」
それは移転の魔術なのだが、見た事も無い異様な記号と数字が並んでおり、
しかしやはりゲートの行き先は”記憶”だった。
「それ、どうするんですか……? ループしちゃうんじゃないですか、これ」
クロウが問いかけると字利家は絹夜が持っていた紙に横から手を突き出し、説明し始めた。
「ご察しの通り、記憶から記憶に移転させる。何故彼女が活動できないのか。
二階堂礼穏という人格を起動させるためには当然それに合った認識の起動が必要だ。
だが、そこにいらぬ記憶の介入があるとうまく起動出来なくなる。
彼女の精神を彼女の過去、認識に接続させればラインが繋がって起動そのものは可能となる。
問題はその手順だ。彼女が縛られている現在地点は恐らく、裏界のデータベース上に仮作成された黒金絹夜の過去――漆黒の過去、と呼ばれていたものだろう。
ここに束縛の印が埋め込まれ、二階堂礼穏を縛り付けている。
そして、私が行なわせようとしている方法は彼女を縛る陣ごと、移転の陣で彼女の中に移動させるという手段だ。
彼女自身の中に束縛の印があること自体は何ら問題ない。彼女の中に彼女が存在するのはごく自然なことだ。
問題は、漆黒の過去の一部が彼女の中に残り続けると言うことだ。拒絶反応を起こすか、過去の同化が始まって自他の区別がつかなくなるかもしれない」
「……自他の区別がつかない……ミスター・イレギュラーが発症していた人格崩壊と同じ現象ですね」
「記憶操作や認識操作は相手の意識に入り込む手段だ。
それそのものが危険な行為であるし、行われた側にも多大な影響を及ぼす。
リスクが無いわけではないが、切除を行わず彼女を復活させる事は先の方法で可能だ。
漆黒の過去の一部が彼女に残るというリスクを背負って都合のよい起こし方をするか、
それとも彼女の精神を傷つけないよう、漆黒の過去をきれいさっぱり切除するか。
……考えるまでも無いな、答えは先ほど聞いた」
字利家はクロウにミスター・イレギュラーの魔法陣を再現させると、さらにそこに幻覚封じの印とさらにクロウのデータには無い印を加えた。
「それは、なんですか?」
「”神の熱”という意味でお守りみたいなものだ。特に意味はない。
さて、黒金。私が渡した陣は覚えたな」
「ああ、いつでもいい」
字利家が目で合図して、クロウが魔法陣を発動させた。
仲間たちの緊張するような、そして強い視線。
字利家の嘲笑するような視線。
――そして、遠のく意識の中、絹夜の脳裏に黄緑色の視線が光っていた。
* * *
真っ暗な場所だった。
まさかと思っていると、ガコン、と盛大な音を立ててライトがともる。
スポットライトの中には椅子に腰かけ束縛されているレオの姿があった。
白い拘束服に、目には皮のバンド、鉄の轡、耳にはヘッドフォンがされていてそこからじゃかじゃかと聖歌が漏れていた。
十年前、自分が受けていた拘束だ。
「レオ……」
二人の間には鉄格子があり、彼女には声は届いていないようでもある。
ただ、レオは僅かに唇を動かした。
「レオ……! 聞こえるか!?」
吐息が頭の中に響く。
何か情報が直接頭に流れ込んできた。
――キヌヤ。
――これがお前の過去なのだな。
「……!」
彼女じゃない。
見えていないはずなのに、レオの顔が絹夜に向いていた。
確かに視線が合っていた。
「お前……アサドアスル、か?」
それは以前そう名乗ったはずだ。
すると、彼女は満足そうに轡の中で唇を釣り上げた。
レオの形をした別のものだ。
何故、そんなものがここにいる!?
――解放せよ。
そう言ってアサドアスルと名乗る気配が消えた。
残ったのは俯く拘束具の少女だけだ。
2046を召喚し、その鉄格子を破ると、彼女は顔を上げてはっきりと喋った。
「絹夜、諦めなかったんだ」
少し人を小馬鹿にした口調、間違いない彼女はレオだ。
拘束具を取っている場合ではない、掌を床に向けて慣れないものでゆっくりながら魔力を流し、魔法陣を描く。
覚えたとおりに描いていくと足元から光がこぼれだす。
そこでふと、思った。
彼女に残るのはこの拘束の過去だというのなら。
「……絹夜?」
「大人しくしていてくれ」
2046の刃先を当てて彼女の拘束具を外した絹夜。
足枷、轡、体を縛るベルト。
どんどんと光が溢れだす中で、とうとう全てを外し終えた。
間に合った。
そんな安堵の中、目の前は白くなった。
真っ白な中で体の感覚が少しずつ戻ってくる。
手足、内臓、頭。
自分はここにいる、幻なんかじゃない。
少し重くけだるいが体の支配権が戻ってきて、自分がお粗末に壁に背を預けたまま座らされている事に気がつく。
「黒金先生ッ!」
銀子の甲高い声が耳をつんざいて絹夜は眉間にしわを作った。
そして絹夜が横になっているレオの方に顔を向けると、彼女はすでに目を覚ましていたようで、頬杖をついてこちらを見つめていた。
「オハヨ、絹夜」
「…………」
何故か全員が――ジョーと字利家の姿だけは見えないのだが――絹夜の表情を覗き込んでいて、自分だけがだまされていたような気分になる。
茶化すようにユーキが言った。
「言わなきゃいけない事、言ったらどうです」
「…………お前ら」
さぞ複雑な心境なのだろう、あのレオにぞっこんでストーカーともいえるクロウさえがうるんだ目で苦笑している。
言わなきゃいけない事。
確かにあるが、色々ありすぎて一言じゃおさまらない。
心配掛けさせておいたくせに、へらへらしやがって。
どれだけ不安になって、怖くなって、嫌な想像ばかりしていたか。
立ち上がって伸びをしている呑気な彼女の背後をとって胴を締め上げる。
「お?」
そのまま勢い任せに落とす瞬間、レオが小さく悲鳴を上げた。
心配ばっかり掛けさせやがって。
懇親の力と思いを込めて絹夜はレオをそのまま肩から落とした。
「反省しろおおぉぉッ!!」
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