NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
23 *欲望/ALL*3
ビリーがぎょっとした顔つきになって、それに習うようにジェーンや乙姫もレオに視線を向ける。
「……泣いてる」
ぼろ、とレオの目から涙がこぼれた。
それは一粒だけだが、場の誰もが目撃していた。
「二階堂さんは、黒金先生の事忘れたくないんですよー!!
なんで黒金先生が切除するとかしないとか決められるんですか!
二階堂さんは諦めてないのに、何で黒金先生は諦めちゃうんですか! ばかばかばかーッ!」
それでも黙ってビリーにレオを引き渡した絹夜はうつむいたままだった。
そんな絹夜の表情を下からのぞきこんで乙姫は大きなため息をつき、ようやくいつもの口調になった。
「雛彦様が言ってた通り。
絹夜くんはよわっちくって、誰かが守らないとすぐに泣いちゃって、優しすぎちゃって。強がりばっかり上手なんだって、言ってたよ。
また、君の優しさで女の子を傷つけるの?」
「これで終わりにするよ。悪かった」
「……絹夜くん、変なこと考えちゃ駄目だよ。
この子はいずれ、ここに戻ってくるんだから」
「俺の事さえ忘れてくれればいい」
「…………そう。いきましょう、ビリー、ジェーン」
乙姫が踵を返すと同時だった。
キイィイイイ、ドン。ドーン。
何事かとジェーンが窓の近くに駆け寄ったその時だった。
赤い塊が窓ガラスとジェーンのメガネをかち割って、しかも彼女の顔面に着地して保健室に入り込んできたかと思うと、
ビリーからレオを奪い取り肩に背負い、さらにはもう片方の腕でビリーの胸倉を掴むんで絹夜に押し付け彼ごと仮眠室の奥に投げ飛ばした。
ようやく窓ガラスの破片が床に落ち、乙姫がデリンジャーを赤い影の背中に構える。
「何者ですか!」
怒涛の勢いで乱入してきたそれはバックを取られているというのに肩を揺らして笑っていた。
そして、乙姫もそのゆるくウェーブした孔雀色の髪を見てゆっくりと、しかしこれ以上ない程に口と目を開いた。
「あ、あぅっあ、あ、あ! が! がぁッ!」
乙姫が目を白黒させている間に赤いコートが翻り彼女のデリンジャーが蹴り落とされる。
最早抵抗の気力はない、彼女の強さは十二分に知っている。
魔術師10人そこそこが策を練って練って準備万端でようやく戦意喪失させられた相手だ。
ぐるりと身を翻し、それは乙姫の鼻先と自分のそれをぴたりと合わせた。
「やぁ、お久しぶり」
何故か額からだらだらと血を垂れ流している字利家に乙姫はさらに目を白黒させた。
いつもだったら恐らくは隊長命令を無視してマシンガンロッテジュジュをぶん回しかねないジェーンもその姿を見て愕然としている。
「あ、あ、字利家くん……10年前に……死んじゃった、よね?」
「うん、死んじゃったよ」
そうして字利家はウソ臭さ大爆発の気障な笑みを浮かべた。
字利家が破った窓からひょいっとジョーが入ってくるが、彼も何故か額を切って、
さらにその後ろからよたよらと侵入してくるクロウは怪我はないものの青白い顔をして嘆いていた。
「もう字利家さんの車には乗るもんか……!!」
「あははは、俺エアバック避ける人初めて見たよ」
と言う事で字利家は頭からだらだら血を流しているらしい。
ようやく乙姫は無茶苦茶な実状を飲みこみ、絹夜がビリーを押しのけて立ち上がってきたところで字利家は彼らと距離を取る位置に立った。
「黒金絹夜、藤咲乙姫。死んだ私が盆でもハロウィンでも無いのに認識ブチ破って来たのにはそれだけの理由がある。
久しぶりに運命機構を使ったもんで、上手に出来ていないかもしれないね、ふふふ。
これで一生この世界に縛られっぱなしだ。まぁ、この世界にログを埋める覚悟は出来た」
頭を振いながら絹夜は2046を召喚し、彼女に突き付けた。
「き、きぬやん!?」
「や、やめてくださいよこれ以上ここで暴れるの」
本音が出たユーキに銀子とクロウが冷たい視線を投げかけるが、それも無視して字利家は絹夜に笑みを向けたが
次の瞬間には恐ろしく冷たい表情で絹夜を見据えていた。
「ようやく正体を掴んだよ。”神”の可能性を全て駆逐したはずなのに、どういうわけか滅びのプロトコルは抹消されなかった」
「姉さん、あんまり無茶しないでよ! だって、あんた生身でヘリコプターに激突したん――」
「来るな」
近づこうとしていたジョーに対しても字利家は凍てつく刃の様な視線を放って彼の足を止めた。
この場の全員が敵だ。
敵対のオーラを放った彼女に混乱するジョー。
「姉さん……?」
「私は反対派なもんでね。この娘の記憶切除を行わせたくはない。眠ってくれていた方が都合がいい」
彼女の言葉の相手は絹夜だった。
そして絹夜の返事は電光石火の突きだった。
ドカン、と壁に激突した絹夜、軽く交わした字利家。
両者の間で激しく視線がぶつかりあい、絹夜はオクルスムンディを発動させたが字利家は華麗にステップを取る。
「視線認識を前提とする邪眼が、認識を操る私に通用すると思うか」
同じように字利家に突っ込んでいく絹夜だったが、
その攻撃を彼女は受けて立っていつの間にか彼女の手の中に収まっていた魔剣ダンテが盾になっていた。
「頭を冷やしてよく聞くんだ。彼女の母親が何の研究をしていたのか、お前達は彼女の過去で知ったはずだ」
邪神配列DNA。
そして、ゲートの印を持つ遺伝子。
結果生まれたゴールデンディザスター。
「何故アテムの古代一族を研究していた二階堂クレアは邪神なんぞにたどり着いた。
そもそもその邪神とは何者だ、遺伝子のゲートはどこに繋がっている。全部藪の中じゃないか。
パンドラの箱が偶然にも閉じた。二度と開かぬ方がいい」
「彼女に一生、眠り続けろというのか」
「いいや。殺す事も厭わない」
「ふざけ――」
「ふざけているのはお前だ!!」
それが良く通る美しい声だからなのだろう、全身がびりっと痺れる衝撃波を伴った字利家の声に絹夜も言葉を詰まらせた。
「欲も理想を語る事すら出来ないお前に、未来を選ぶ権利なんて無いよ。
残飯みたいな選択肢を選びながらだらだらと生きていくがいい。
切り開く事も出来ないくせに、切り開こうとも思わないくせに。だから甘ちゃんなんだよ」
「あ……字利家くん……?」
微妙に違っていた。
友愛とけだるさを伴っていた字利家蚕とは違っていた。
こんな攻撃的な事を、人の神経をわざと逆なでするような事を言わなかったはずだ。
違う。
しかし、やはり彼女なのかどうしようもない友愛バカだった。どうしようもない甘ちゃんだった。
「今はNOTHING OR NOTHING、どちらにせよ、死ぬだけだ。
”ALL”は誰かが用意してくれるもんじゃない。
欲と理想が無茶なアルゴリズムを組み上げた先にしか”ALL”は存在しない。
欲張る事が怖い人間に、ハッピーエンドなんか来ないんだよ」
口調や身なりが違うものの、彼女はやはり字利家で、暑苦しいお節介な大天使だ。
彼女には恐らく”ALL”が見えていて、本当は一番欲張っていて、その為にわざと悪役を演じに来たのだ。
大がかりなお説教だ。
ふと、絹夜の脳裏にはレオの言葉が蘇った。
――あんた、泣いてるの。認めてあげなよ。
気がつくと、頬に涙が流れていて、呼吸困難になりそうだった。
「私は彼女の記憶切除も復活も望まない。
法王庁は切除し、お前を忘れ、日常に戻る事を望んでいる。
それで? お前はどうなんだ」
”ALL”を口にして許されるのか。
「絹夜くん」
乙姫が彼の肩に手をかけて昔のように微笑んだ。
「我が儘言っていいんだよ。理想を描いて、いいんだよ。
だって、その為に頑張るんでしょ。頑張らないで用意されたものから選んでたらNOTHINGだらけになっちゃうよ。
大事なコなんでしょ? だめだよ。
失いたくないって、どこにも行かないって……行くなって……誰にも渡さないって……言わないと」
「……藤咲」
彼女にどうしてそれを言えなかったのか。
彼女がどうしてそれを言って欲しかったのか。
すまん、と口にはしなかった。
「感謝する、藤咲」
「どういたしまして」
顔面の水を拭って絹夜は字利家に手を差し出した。
「決断を聞こうじゃないか」
「レオを返せ。切除する。だが、俺の事は忘れさせたりしない。
俺は彼女に言わなきゃいけない事がある」
「はン、そうかい」
「…………」
「…………」
「…………返せ」
「返せと言われて返すバカがどこにいる」
ずんと、非常識に大きな魔剣ダンテを担ぎなおし、字利家は臨戦態勢をとった。
沈黙ののち、絹夜も2046を構える。
「お前、1対ものすげぇ数なの、わかってんのか」
藤咲乙姫の下にはジェーン、ビリーの他、この高校を囲んでいるエージェントが山のようにいる。
閑古鳥が鳴いた後、字利家は表情を変えず素直に答えた。
「忘れてた」
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