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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
23 *欲望/ALL*2
 資料をデスクの上に積み重ねたが、開く気になれなかった。
 何のためにこんな事をしているのだろう。
 ゲートの全てを開いたところで、例え楽園が待っていたところで、自分は彼女を失った。
 レオ。
 足はふらふらと保健室に向かっていった。
 保健室の扉を開けると、銀子がもしゃもしゃとマーマレードをかじりながら笑いかけてきた。

「こんにちわ、黒金先生! えへへ」

 彼女を無視してデスクに向かっているユーキの背後に立つ。
 顔を見なくても、ユーキが嫌な顔をしているのがわかった。

「早く切除しろ」

「お断りします」

 いつもこの調子で、ユーキは絹夜の言葉をはねのけ続けていた。

「校長にも言われた。これ以上ごまかしきれない。
 あいつは、もう関わらない方がいいんだ」

「それでも出来ないものは出来ません」

「切除しろ! 俺がそれでいいって言ってんだよ!」

「出来ませんし、やりません」

 同様すらしないで淡々と否定の言葉を吐き出し続けるユーキに舌打ちして絹夜はレオが眠っている仮眠室に入った。
 カーテンの隙間からこぼれる光、前髪が優しく彼女の瞼を撫でていた。
 年相応の少女の寝顔、規則正しく上下する胸に絹夜は安心した。
 触れるのも申し訳ない気がして壁に背を預けあの日のままの彼女を見ている。
 それだけで時間が過ぎた。
 全てを飲みこむナイルの娘。
 邪悪を邪悪のまま、愛を愛のまま受け入れる。
 いつの間にか窓から入る光の色が赤くなり、そして紫色に変わった。
 意識が朦朧としていたところ、急にドアが開かれて絹夜ははっとした。

「黒金先生!」

「まだ、いたのか」

「……仕事してました! それより、大変です! また例のおっきいヘリコプターがきたんですよ!!」

 耳を澄まさなくとも、バリバリと空気をたたきつける音が聞こえた。
 法王庁のタンデムローターだ。
 反射的に絹夜の頭は動いて、彼らが既に二階堂礼穏という少女にたどり着いていると推測した。
 だとするならば、この状況で首を突っ込んでくるのは当然だ。

「黒金先生、恐らく、彼らの目的は二階堂さんを連れ去る事でしょう」

 すっと銀子の後ろから現れたユーキも状況が分かっているようだった。
 銀子は不安げな顔をして彼に尋ねる。

「ど、どうして二階堂さんを!?」

「彼女の過去の中で見たじゃないですか。
 彼女はギーメルギメルの研究により、非合法に誕生しました。
 古代人のDNA情報と直結している彼女は、生きた証拠品です」

「でも、それどころじゃないじゃないですか……!」

「いえ、記憶の切除そのものは簡単に出来ます。
 彼女を渡したら最後、記憶切除は免れません。二階堂さんを連れて逃げてください、黒金先生」

 絹夜は反応しなかった。
 彼は記憶の切除を望んでいる。
 それだけではなく、彼はそっと青白い瞳を開いて首を振った。

「囲まれている」

「そ、そんなぁ……」

 大群の足音が廊下に響き、それが保健室の前で止まった。
 こんこん、と控えめにドアがノックされる。

「法王庁、第0課、223戦闘隊隊長、藤咲乙姫です」

「……あの方、この間の」

「戦闘の意思が無いのであれば、ここを開けていただけませんか?」

 ユーキが絹夜、銀子の表情をうかがい、当然ながら戦闘の意志が無い事を確認すると保健室の扉を開いた。
 そこには黒い制服をかっちり着た美しい日本女性と銀髪の神父とシスターが左右に立っていた。
 彼らを中に通すと、わき目も振らず仮眠室の前まで足並みそろえてやってくる。
 薄暗い中、ぼんやりと立っている絹夜を見て、乙姫はあえて堅苦しい口調を取った。

「吾妻の子孫……いいえ、二階堂礼穏を引き取りに来ました。
 彼女の処置は我々が行います。引き渡してくださいますね」

 首だけ動かして絹夜は乙姫を見据えた。
 同じように乙姫も視線を外さなかった。
 そして、絹夜はようやく口を動かした。

「あの時、法王庁に引き渡していれば良かった。
 ただのきれいな想い出であれば良かった。
 もう、俺は……俺はやっぱり、大事なものを守れないヤツなんだな」

 言いながら絹夜はレオの体を抱き上げた。

「ちょ、え、待ってくださいよ!! 引き渡しちゃうんですか!?」

「俺にはどうする事も出来ない」

「変ですよ、それって、変です!!」

 絹夜の腕を掴みぐっと力を入れた銀子だったが、体が小さいせいでいくら怪力といえどずるずると引きずられた。
 ユーキも釈然としない表情をしていた。
 銀子の気持ちも法王庁の正当性も理解しているからだ。

「何で引き渡しちゃうんですか!」

「もう見てられないんだよ。俺が……こいつに関わるのはこれでおしまいだ。
 藤咲、切除を頼む。クズな男の記憶に縛られてるんだ」

「黒金先生のアホーッ!!」 

 ぽかぽかと絹夜の背中を叩く銀子、それを無視してレオを神父ビリーに引き渡そうとしたその時だった。


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あきゅろす。
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