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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
23 *欲望/ALL*1
 二階堂レオがまったく学校に姿を現さなくなって10日が過ぎた。
 何かヤバイ相手に喧嘩売って事件に巻き込まれたなんて噂が流れている。
 名倉校長にその件で呼び出されて、絹夜の頭のかすみ具合は絶頂だった。

「二階堂さんの失踪と、あなたが無関係なわけ、ないですね」

 小ざっぱりした校長室、名倉校長の後ろの葉の落ちかけた桜の木を見て絹夜はぼんやりとしていた。
 そして迂回の末ようやく脳に情報が届いて力なくうなづいた。

「……あの子は、事故でご両親を亡くして独り身だからこれまで不信がられてはいなかったけれど、そろそろ学校としても隠しきれません。
 警察に相談しようと思います、よろしいですか?」

「どうにもならない」

「……彼女は一体どうしたっていうんですか」

「精神世界の底に沈んで、縛り付けられている」

 何度か切除するようにユーキに言ったがどうしてか断られた。
 彼女が自分の事を忘れてしまったらそれこそ空っぽになってしまいそうだ。
 だが、なりきれずにこうして彼女のいない場所で生活する事も苦痛だった。
 せめて全て忘れて、笑っていてほしかった。

「とにかく、失踪届だけでも出しておきましょう」

「ああ」

 勝手にしてくれ。
 放っておいてくれ。
 このままでも彼女は戻らない。
 記憶を切除しても自分の元には戻らない。
 失ったのだ。
 ふらふらと足が動いて、無意識のまま屋上に立っていた。
 分厚い鉛色の空。
 彼女はここにいたはずだ。
 彼女はここでいなくなった。
 息苦しさを感じてフェンスによりかかろうとすると、裏駐車場にこそこそと怪しげな動きをする金髪と白髪の姿があった。
 彼らが入ろうとしているのは地下のボイラー室につながる、生徒立ち入り禁止の区域のはずだ。
 ドアの前でごたついたが、結局クロウが魔法陣を書いてカギを壊した。
 ボイラー室に二人が忍び入ったところで校舎の方から銀子が出てきて、頭をかきむしっていた。
 また授業中抜けされたらしい。

                    *              *             *

 懐中電灯の光を灯すと、得体の知れないパイプがいくつも並んでいた。
 狭苦しくカビ臭い。

「ジョーくん……何で急に僕までこんなことしないといけないの……?」

「言っただろ。『時代の獅子』の紋章を探すんだよ。字利家の姉さんなら何かわかるかもしれないだろ」

「でも、今はレオちゃんを……」

「どうせ俺たちにはこういうことしかできないんだ。
 やる! いますぐやる!」

「うわ〜ん……」

 軍手を取り出し天上から床までくまなく埃を払った。
 中には得体の知れない生き物の死体もあり、クロウが昏倒しそうになっていた。
 その末、全ての壁を探したが紋章らしきものは何も見つからなかった。

「やっぱ、ここハズレなんだよ。九門って、跡地に建てられただけなんでしょ?
 呱呱の角病院は全部つぶされちゃってるんじゃないの?」

「いや、ボイラー室は昔のままだったはずだ……。
 きぬやんがユーキちゃんの師匠に情報売りつけられてるときに地図を見て、ここだけ残ってるんだなって思ったんだ。
 だから間違いない。ボイラー室だけは大正9年のままだ」

 喋っているうちに何か見つけたのか、ジョーは複雑に重なり合ったパイプの下の床に目を付けた。

「クロウちゃん、ここ見て」

 そこには不自然な切れ目と、控えめな指掛け穴があった。
 人一人が行き来できるサイズだ。

「はっけ〜ん」

 そう言ってジョーが指掛け穴に手を差し込んでそれを引き揚げる。
 ぎしぎしと酷い音を上げたがそれはなんとか口を開いた。
 コの字型の梯子が続く縦穴にひょいっと入ってジョーは降りていく。

「え、ちょ、危ないよ!!」

「虎穴入らずんば虎児を得ずってね。ほれ、クロウちゃんもいくよ」

「ええーッ!」

 縦穴はそれほど深くなく、二、三メートル降りたところで横穴になった。
 通路はさほどせまくはなく、四方コンクリートではあるが天上には電球を設置していた後もあり、どうみても人工的な造りだ。
 ジョーとクロウが横に並んで歩いても少し余裕がある。
 しかし公の通路ではないようだった。
 生乾きの雑巾と腐敗臭がする。

「ヤバそうなカンジ」

 笑うジョーに対し、クロウは真剣に同意した。
 一気に緊張感が張り詰める中、背後――ボイラー室の方から物音が聞こえる。
 かつん、かつんという足音に気がついて二人が懐中電灯の光を通路に向けると、そこには黒服の男――黒金絹夜が立っていた。

「な、なんだきぬやんか」

 実のところ幽霊みたいな面持ちをしている彼がのそのそと通路を歩いてきたものだからジョーとクロウの心臓はばくばくいっている。
 だが、絹夜は芯のない声でぼそぼそと喋った。

「何やってるんだ」

「何もやってないあんたに言われたくないね。何もしないより、何かした方がいいと思ってさ」

「…………」

「あ、きぬやん、ごめん。殴ってゴメン。
 俺、きぬやんの事だーいすきだからっ!」

 がばっとジョーに抱擁される絹夜だが、されるがままでため息をついた。
 いつもなら抱きつかれる前に避けるなりしていたのに、投げやりである。

「黒金先生。多分、レオちゃんなら”する”と思うんです。無駄だとしても、やれる事があるなら」

「……わかってんだよ、そんなこと」

 そこでようやくジョーを払いのけ、絹夜は懐中電灯をもっていないのに先を歩いた。
 払いのけられたときのジョーの顔は、ツバでも吐きかけそうなガンの飛ばしっぷりで案外不仲なんじゃないかとクロウは怯えた。
 そのまま正面を歩いて行くと、両開きの扉の前につく。
 黒塗りの扉の前、ジョーが照らしたそこには両戸の中央にまたがる形で獅子の頭のレリーフがつけられていた。

「あ、これ! これ、もしかして『時代の獅子』!」

「何だそれは」

 食いついてきた絹夜に事のあらましを話すと、彼は少し生気を取り戻したかのような顔つきになったが、
 『時代の獅子』という単語に覚えはないらしく、とうとう2046を召喚してそのレリーフを扉からはぎ取った。
 手のひらに収まる程度の黒い獅子頭をもった女性の上半身だった。
 芸術的なオブジェのように精巧に出来ている。

「これが電波が言っていた『時代の獅子』か?」

「ま、たぶんね。詳しい話は後で資料渡すよ。
 んで、『時代の獅子』があるってことは、この先は呱呱の角病院内ってことになるね。開ける?」

 絹夜が目を閉じオクルスムンディで中を探る。
 黙って思案していたが真っ正直に言った。

「欲しい資料がある。だが、ちょっと……飯食えなくなるかもな」

「ゲロゲロのグチャーだってさ。クロウちゃん、どうする? ボイラー室で待ってる?」

「そ、そうさせてもらおうかな……」

 クロウが引き返すのを見た後、絹夜は扉に手をかけそれを押し開いた。
 もわっと生温かい風と蠅だか蛾だかが溢れ出てくる。
 ものすごい腐敗臭、鼻が曲がりそうだ。
 部屋の中を懐中電灯で照らすと、最初にホルマリン漬けの瓶が照らされた。
 中には人間の赤ん坊と思われるものが入っておりへその緒がだらりと体に巻きついている。
 さらに別の場所に光を当てると、おそらく人間であったろうものが半分溶解したような姿で大きなタンクに収められていた。
 足元は所せましとウジがうごめいている。
 共食いしている。

「……っ!」

 今更クロウと一緒に引き返せばよかったと思ったジョーだが、そんな中を絹夜は平然とウジを踏みつぶしながら歩いていき、棚に手をかけた。
 その棚の戸にもウジや蛹がこびりついて、絹夜が開いた瞬間に飛び散ったのだが、彼はそれも気にしていないようだった。
 棚から書類をいくつか取り出しすとそれをジョーに渡して今度はいかつい装置を調べていたが、
 収穫はなかったようで壁にかかっていた写真をいくつかむしり取るとそれで満足したのか戸を閉めることにした。
 べたべたする紙の束を持たされて、ジョーは気分が悪いことこの上ない。
 ボイラー室から三人そろって外に出ると、絹夜は早速写真をジョーに突き出してきた。
 突き出してきたはいいのだが、彼の頭と顔面にはウジが這っており、気持ち悪いことこの上ない。
 高級そうな靴はなんだかわからない茶色い液体に濡れているし、ジャケットには蛾が何匹か止まっていた。

「そういういい服にウジムシくっつけて歩くの、アンタぐらいだよ……」

「ああ」

 超生返事。
 結局その場で洗われた後の犬のように震わせて体中の虫を払ったのだが、
 その様子を見てジョーはしみじみ彼が大してモテない理由を悟った。
 無神経なのである。
 突き出された写真を受け取り、それを確認したジョーは言葉を失った。
 モノクロの写真に映っていたのは頭に袋を被せられた子供たちと2人の青年だった。
 彼らはミスター・イレギュラーが来ていたような紙の健診服を着ており、年の頃は高くて13歳か14歳、低くて立つのがやっとの3歳ぐらいだ。
 その胸には何か黒いものが描かれていて、良く見れば絹夜が手にしている『時代の獅子』と同じ、獅子頭の女の文様があった。

「9人の子供……」

「恐らく、これがゲートにされた子供たちだ」

 頭に袋を被せられていたのだが、その写真から視線を感じてジョーは目を反らした。

「とにかく、情報をそろえよう。字利家の姉さんにも収穫があった事を教えてやんないと」

「ああ」

 やはり心ここにあらずの生返事を返した絹夜。
 クロウも心配そうな顔つきで彼を見上げていたが、絹夜は気がつかないのか返事もしたくないのか
 無表情のままジョーが持ってきた資料を担ぎなおし地理教材室に戻っていった。

「きぬやん、相当参ってるみたいだな」

「……気持ちは……わからなくないよ。もし、僕が黒金先生の立場だったら、今よりも辛いの、わかるもん」

「……そ、か……」

 大事な人が、もし自分の事を忘れてしまうとしたら。
 何の感情も向けてくれなくなったとしたら、耐えられたものじゃないだろう。
 それは”死”に似ている。
 時の流れに薄れてしまう記憶の”死”に似ている。
 黒金絹夜は、瀕死の状態なのだ。


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