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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
22 *背中/Yearn*4
 翌日午前9時、鳴滝家の裏手にある土手で待ち構えていた豪は腕を組み来る相手を静かに見据えていた。
 その正面から、すでに満身創痍といっていい状態のジョーがふらつく足でやってくる。
 冷たい空気を吸い、丈の短い雑草を踏みつけ豪は棍棒だか木刀だか判別できない木の棒を構えた。
 青竜刀をもっと大げさにしたような形は先端が重いため、振り回すのに効果的な形状をしている。
 その男の豪快さが表れた武器だった。

「よう、ひどいカッコだな」

 彼は答えず、木刀大蛇薙ぎを正眼に構えた。
 顔面は傷だらけで服も所々擦り切れて、しかも前髪だけやたらと萎えている。
 ひどいイジメにあった後のようだった。

「……来い」

「言うじゃねぇか……なら、遠慮なく!」

 空気がこすれる音を立てて豪の巨体が一瞬にしてジョーの目の前に移動していた。
 その攻撃をジョーは紙一重でかわす。
 だが、攻撃入れずに相手が微妙に間合いを詰める必要の距離を置いた。
 明鏡止水、明鏡止水。
 ジョーは頭の中でそう唱えた。
 字利家が言うには、魔力補正は血液や筋肉に魔力という別の力を働かせて本来以上の力を発揮させる方法だ。
 たいていの人間は手足にそれを集中させて瞬発力や攻撃力を高める。
 彼女はそれを改めて禁止し、呪も解かなかった。

「ちょこまかしやがるな!」

 ぶおん、と空気が一刀両断される音と共に豪の拳がジョーの胴を金繰りあげた。
 浮き上がるジョーの体だったが、ぎりぎりのところで木刀でブロックし、またしても距離をとる。
 字利家はまた違う方法で魔力補正を使っているという。
 これは、ただ何も考えずに手足を補強するのとは違い、短期必殺、諸刃の剣。
 その為には一切魔力補正を行わず、相手が隙を見せるまで耐え忍ばなければならない。

「こざかしい!」

 豪の一閃がジョーの胴に入った。
 よけきれず地面に叩きつけられたジョーだが、黙って構えなおした。

「お前、やる気あんのか……? サンドバッグになりに来たんならさっさとうせろ。
 俺だって殴れば痛い。どういうわけだか知らんが、ガキはうちでおとなしくしていろ」

「ガキじゃないって認めさせるためにここにいる」

「……ほう。少しはマシな面構えになったみたいだな」

 字利家ひとみが使った方法。それは魔力高揚の高等技術、脳補強による五感覚醒だった。
 体の全てを司る脳を意思の力で操作する。
 その方法の唯一にして最大の弱点は意思が体を支配するという危険な点にあった。
 痛みを感じないように思えば全ての痛みは消え去るし、例え腕が引きちぎれたとしても気がつく事も出来ない。
 五感の全てが封ぜられ、己の意識と現実の境目が曖昧になっていく。
 それに、波を少なく、一定に、しかも全出力で補正を行わなければならない。
 2回ほど五感覚醒に至ったジョーだが、最初は3秒、次は5秒が限界で、おそらくそれが限界だと字利家も結論付けた。

「であありゃあぁぁぁあ!!」

 またしても豪の一撃をくらってジョーは顔面から着地する。
 動かなくなったかと思ったが、彼の指先は木刀を探し、とうとう同じように構えた。

「おいおいおい、急所に入ったはずだぜ……?」

 豪にも焦りが見えた。
 その様子を土手から見下ろしている字利家。
 彼女の服もジョーと同じようにぼろぼろで、首筋に大きな痣を作っていた。
 五感覚醒したジョーの攻撃をかわし損ねた結果だ。
 恐らく、かわしさえもできなければ首の骨が粉砕されていたに違いない。

「ガキのくせに、ハラハラさせるねぇ」

 襟首を立て、その傷を隠す。
 同時に、豪が大ぶりの隙を見せた。
 明鏡止水。
 唱えた言葉と共に、ジョーの目の色は明るさを増し、オレンジ色の眼球を豪に向けていた。
 そして、豪も同じその目の色でジョーを見据えていた。
 それが鳴滝の魔力の色だった。

「ぬっ!」

 一瞬だった。
 恐らくは無理な体勢だったに違いないが五感覚醒を発動させたジョーは体をひねり豪の足元から背後に抜ける。
 後ろを取った!
 しかし豪も身を翻して迎え撃つつもりだ。
 どちらが早いかの問題、ジョーは字利家に放った首への打撃を構えていた。
 避けられなければ死んでもおかしくない、豪は防御より攻撃をとっている。
 明鏡止水。

「…………ッ」

 ジョーの目の色が戻り彼の体には倦怠感と、そして無理させた足首が悲鳴を上げる痛みが走っていた。
 だが、姿勢を崩さなかったジョー。
 ジョーの木刀は豪の首で寸止めされ、豪の木刀は振りかざされた状態でジョーの攻撃に一歩及ばなかった。
 時間が足りなかったわけではない。
 彼の意志で止められたのだ。

「勝負あった、よね?」

「……末恐ろしいガキだな」

 ようやく木刀を下げたジョーと豪、しかし豪は闘牛のような鼻息を一つ落として背中を向けた。

「いつかの事、覚えているか」

 父が何の事を言っているのか、ジョーはすぐに察する事が出来た。
 父がいなくなる前に言っていた話だ。大蛇薙で父に勝った時、親子の縁は切れる。

「覚えてるよ」

「お前は今日から息子でもなんでもねぇ。ただの、鳴滝の脈守だ。
 くそ、好き勝手放題に成長しやがって、ガキが」

「――でも」

 大嫌いには変わりない。
 ライバルなのには変わりない。

「でも俺、やっぱあんたの息子だ」

「うるせぇ、恥ずかしい事言うんじゃねぇ」

 じゃり、と木刀一本肩にかけたまま豪は踏み出す。
 その大きな背中をいつの間にか見上げなくとも見れるようになった。
 肩の高さが並んでいた。

「かあちゃんに昼飯はいらねぇって言っといてくれ。また2年くらいしたら帰る」

「お、おい! 親父!」

「じゃあな。精々頑張ってみろ」

 木刀一本、道着一着着の身着のまま、唖然とするジョーの目前で豪は去っていった。
 本当に豪快で、でっかい男だ。
 父の背中が消えて見えなくなるまで見送っているジョーをさらに字利家は見ながらぷかぷかと紫煙を履いた。

「またつまらんお節介を働いてしまった……」

 彼女からの知識の継承、それすなわち彼女の痕跡を残すことでもある。
 少なくとも彼女の最短アクセス終了までは鳴滝丈の一生分伸びる事となった。

                   *              *             *

 家にかえると母は昼食の準備中で父の伝言を伝えると

「まぁ、7人分も作ったのに」

 と、やはり何年も帰らない事は当然のようだった。
 そしてもう一つ当然と言えば、その7人目のメシを字利家は当然のように口に運んでいた。

「ジョー、そちらの方は?」

「……いや、家のあるホームレス?」

「お母さん、お醤油とって下さい」

「あ、はい。どうぞ」

 醤油をどぼどぼと卵かけごはんの上に注入している字利家に妹たちは興味津々、長女の春野は疑心暗鬼だ。
 母だけはにこにことしているがやはりバカではないのか妹たちはこの奇怪な麗人の存在を妙に思っている。
 ひょいぱく、ひょいぱくぱく。
 ジョーの皿から刺身を強奪する字利家に被害者であるジョー本人もつっこめずにいた。
 昼食の後、恐らくは父の為に買ってあったんだろう酒とつまみを広げて居間でだらだらし始める字利家。

「あの、姉さん。何をしていらっしゃるんですか」

「なんだ。文句があるなら謝礼金をそろえてから言え」

「ヤクザかあんた」

 くっちゃくっちゃとゲソを口からはみ出させて喋っている字利家、そしてダメな師匠を連れ込んできてしまったジョー。
 その二人の間に食器洗いを終えた母がクリアファイルを差し出してきた。

「お待たせ、字利家さん。主人が貴方にお渡しするようにっていっていたのはこれよね?」

「ああ、そうですそうです」

 何かあらかじめ言い合わせていた事があったのか、字利家はそのクリアファイルから書類を何枚か取り出し並べた。
 元は字利家が持ってきたその書類だが、そこには事細かに豪が書き加えた跡があった。

「何、これ」

「交通省から持ってきた地脈のデータだ。もしもの為に豪氏が知っている情報を聞いておこうと思ってな」

 図体と性格の割には達筆な赤文字が底には並んでおり、いくつかの情報が九門高校や呱呱の角病院の情報に合致していた。
 大正9年の病院事故、9年に一度起きる不安定な脈の観測、このあたりでも強い力を持つ脈守の鳴滝、土宮、藤咲だけでは解決しきれないと見込まれていた。
 そして、赤い文字でいくつか気になる単語が書き込まれていた。
 呱呱の角病院には吾妻院長が崇拝していた何者かのレリーフである『時代の獅子』という紋章がどこかしこにも飾られていたらしい。
 それは、たてがみのない雌の獅子で――。

「セクメト……?」

 だが、言葉だけで実際の写真などは一切ない。
 推測は推測のままに終わった。
 結局夕飯まで食べた字利家はその資料を全てジョーに託した。

「あら、もう帰られるの? ジョー、送って行きなさい。
 女性の一人の夜道は危ないわよ」

「……いや、うーん。はい」

 母に字利家の強さを説明しても無駄だろう。
 玄関を出ると、車を止めている駐車場まででいいといった字利家に従い近くのデパートの駐車場までついていった。
 運転席に乗り込むと、彼女は窓を開けてちょいちょいと顔を出すように命じた。

「何? お別れのキスでもしてくれんの?」

「忠告しておく。五感覚醒はお前の体を蝕む。極力魔力補正で我慢しろ」

「へいへい」

「それと、もう一つ。『時代の獅子』を探せ。
 呱呱の角病院の跡地に造られた九門高校なら、まだ残っているかもしれない。頼んだぞ」

「あいよ、了解しました〜」

「いい子だ」

 そう言って彼女は唇にあてた人差し指をジョーの口にあてた。
 ジョーが返事をする間もなく窓を閉め、タイヤに金切声を上げさせながら車は去っていってしまった。

「頼まれちゃった……」

 ずるい師匠である。










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