NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
22 *背中/Yearn*3
ジョーの読みは的中しており、その日の昼過ぎ、字利家ひとみは鳴滝家のちゃぶ台の前に座っていた。
何枚かの書類が入ったクリアファイルを丈の父、豪に差出す。
「ほ〜う。よくもまぁ、あんたみたいな若い姉ちゃんがこんだけの資料を。
姉ちゃん、出世すんぜ」
「姉ちゃんではありません。字利家です」
「堅ぇ事言うなよ。で、この九門高校の裏界ってのが近頃ざわつき始めたんで俺様は信濃の国からはるばる舞い戻ってきたってワケよ。
ここはウチの脈だ。この鳴滝豪様が守護して何が悪い」
「既に適正者がおります。脈守の役目は繋がる脈の全てを監視し続ける事。
貴方一人で信濃まで伸びる鳴滝の脈を見守り続けるなど難しいのでは」
「馬鹿言うんじゃねぇ! もう親父が死んでから30年も一人で見てんだ!」
「そして今回の九門の騒動に半年以上も乗り遅れ、今では介入も困難な状態に……ですよね」
「…………ま、まぁ……そんなとこだ」
口先はうまくないのか後先考えない性格なのか、豪は叱咤されて鼻の頭をぼりぼりかいた。
口で敵わない事を悟ったのか、豪は猫なで声で仕立てに出た。
「んでもよう、適正者つってもよう。脈守は一族で同じ脈を見続けてんだ、いきなり部外者が首突っ込んで来られても困んだよ」
「承知の上です」
「……姉ちゃん、一体何をたくらんでるんだい」
「一度、私が推薦する適正者とお手を合わせてもらえませんか。
それで認められないというのなら引きます」
「ほほう。それは、俺がぶちのめしたら、この脈はやっぱり鳴滝のものだって事でいいんだよな?」
「もちろん。受けてくださるなら明日にでもこちらに連れて参ります」
「乗った! 20万で乗った!」
字利家はため息をつきながら小声で”やっぱり”とつぶやいた。
話がきまると豪は子供のように目を輝かせ身を乗り出す。
何日も風呂に入っていない体臭が巻き上がった。
「それで、その適正者ってのはどこの家のもんだ?
土宮か? 藤咲か? 名前はなんて言うんだ」
「……ジョー」
豪の顔色が冷や水をかけられたかのように一気に強張った。
「鳴滝丈です」
そして同じように一気に真っ赤になった。
「あんなヒヨッコの相手させようなんざ面白い事をいう姉ちゃんだな……」
「姉ちゃんではありません。字利家です」
* * *
深夜、字利家が戻ってきてベッドルームを見ると、ジョーは年相応の顔つきですやすや眠っていた。
安らかで申し訳ないが明日の朝突然事情を離したとしても激しいツッコミをしてくるだろうで字利家は彼を叩き起こして事情を説明する事にした。
コーヒーを淹れてリビングまで引きずり出すとまだ眠り足りないと言わんばかりに目をこすっていたもだが、
全ての事情を離し終えるとジョーはうらみがましく字利家を睨んだ。
「なんか文句でもあるのか」
「俺、あんたの呪のせいで魔力補正も出来なきゃオーバーダズも出ないんだけど」
「元々借りている魔力だろう。お前のじゃない。それは黒金絹夜のものだ。
お前の力だけでどうにかしろ」
「お、おいおい! どうにかしろって! あんたが勝手に決めてきた事だろう!?
俺は行かないからな! あんなクソ親父に関わりたくも――」
どかん、と字利家は無表情でテーブルを手で打った。
乗っていた調味料を載せたトレイが浮かび上がって床が軋んだ。
「だからガキなんだよ、お前」
「……今度は喧嘩ふっかけんのかよ。ホントわかんない姉さんだね」
「誰かに力を貸してもらうのが当たり前なのか?
心の準備が出来てから、万端の準備が出来てから赴くのが日常なのか?
鳴滝豪は私の突然の申し入れも笑いながら受け入れ、そして一人でお前を迎え撃つ。
お前はどうなんだ? まだお補助輪が必要なガキなのか?」
「…………」
「以前のお前は自分で出来ない事は出来ないと弁えていたはずだ」
「今のまんまじゃダメなんだよ……レオも、きぬやんもあのまんまだったら俺が守ってやんないとだめなんだよ……。
とにかく喧嘩して、強くなって、アンタの言うとおり誰の力も借りずに――」
乾いた、というより破裂音に近かった。
平手打ちというよりパーで殴り倒したと言った方が適当だった。
それだけの力でジョーをテーブルから横薙ぎ吹っ飛ばした字利家はやはり冷めた表情で彼を見下ろしていた。
「い、ってぇ……」
「マシな言い訳をしろ。強ければ守れるのか? 弱ければ守れないのか?
お前は黒金絹夜の末路を見てびびってるだけだ。大事なものを失った時、自分もああなるんじゃないかと怯えているだけだ」
いともあっさり結論をくれる。
床に転がったままジョーは歯を食いしばり涙腺に力を入れたが流れ出るものが止められなかった。
「……ち、くしょう! 畜生! どうしろって言うんだよ! 無力なのはわかってんだよ!!
助けてくれよ、教えてくれよ……! 俺は……」
腕時計に視線を向ける字利家はそこでようやくにやりと笑った。
午後11時。
「あと10時間ある」
「……え?」
「あと10時間。みっちり教えてやる」
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