NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
22 *背中/Yearn*1
あの日から沈黙が多くなった。
だらだらと一方的に話す垂れ流し式の授業をしていた絹夜は途中で黙り、ぼんやりとする事が多くなった。
ジョーは学校にも来なくなり、しかしどこの高校の生徒に因縁をつけて喧嘩をしただのという悪い噂だけが流れてくる。
二階堂礼穏は、当然いない。
そんな日々が5日続いていたがやはりレオの意識は戻らず、保健室の奥にある仮眠室に預けられたままだった。
このまま彼女の事を忘れてしまうんじゃないだろうか。
クロウはそう感じていた。
彼女をおいて時間だけが流れていく。
「なあ、聞いたか? 鳴滝。今度は密柑高校潰してきたらしいぞ」
「マジかよ……あいつ、そんなじゃなかっただろ。もっと、こう……アホ」
「お前しらねぇの? あいつ、一年の頃ヤバかったぞ〜。
そのくせすっげぇ無意味に絡んでくるの。めちゃくちゃ怖かった」
「何だよ何だよ、急に覚醒しやがって……」
「それとよ、お前知ってるか? 最近この辺、クマみたいなオッサンがうろうろしてるらしいぜ。
柔道着一丁であたまぼさぼさのさ」
「なんだそりゃ。それとさっきの鳴滝の話、どう関係あるんだ」
「鉢合わせたら面白いかなーって!」
これで5校目だ。ジョーに至っては区内の高校を片っ端から潰しているらしい。
その変質者みたいなオッサンもジョーと鉢合わせしたらただじゃ済まないだろう。
ただでさえ折り紙つきにえらく強いのに魔力武装なんかしているもんだから太刀打ちできる人間がいるわけがない。
木甲漢高校は最初にほぼ壊滅させられたし、伊集院ユリカに至っては巨乳にしか興味が無い。
ユーキや銀子でさえ”彼を止めるのはちょっと”、と遠慮してきたくらいだ。
しかもユーキに至っては”自分は戦闘タイプじゃないからぼっこぼこにされる、お前もな”と念を押してきた。
じゃあどうすればいいのか。
このままジョーに区内高校壊滅ツアーをさせるわけにもいかない。
だがやはり、自分だけの力量ではジョーに敵わないのも計り知れていた。
ジョーより強いだろう人間は戦闘不能状態と腑抜けである。
「こう、ジョーくんにお灸をすえられるおっかない存在は……」
藁をも掴む思いで携帯電話アドレスを開くと、あ行、一番上に登録されていた。
――字利家ひとみ。
* * *
ミルクポーションをコーヒーに入れながら彼女は関心がなさそうに話を聞いていた。
駅前の喫茶店、他校の帰りの女子高生の目もあって居心地が悪かったが、ジョーの暴走を止められるのはこの人しかいない。
「それで、ジョーくんを止めて欲しいんです。
このまま怪我人が出続けても、ジョーくんの為にならないと思うし……」
コーヒーカップを口にもっていって半目で字利家はクロウを見据えていた。
そして動かなくなった。
「あ……あの?」
「で?」
「はい?」
「謝礼は? いくら出せんの」
「……お金、とるんですか?」
「色々やっているとは言ったかもしれんが、生憎慈善活動はしてない」
「ちょ、良心ってモンはないんですか!」
「今、切らしてる」
ずずーっと字利家はコーヒーをすすった。
財布を開いて持ち合わせを確認したクロウだが、あるのは小銭ばかりだった。
それを覗き見た字利家も一緒に二人でため息をついた。
「すいません、僕もちょっと金銭的なものは切らしてますね……」
「そうみたいだな」
「あの、お手伝いなら何か出来ると思うんですけど……」
「いらない」
眉間にしわを作った挙句、字利家はジョーにツケると言って承諾した。
貧乏な上にどれくらいの金額がツケられているのかは不明のままだが、
翌日クロウは高校を休みジョーが次向かうであろう味素高校前で字利家と共に張り込んでいた。
片手にアンパン、片手に牛乳で白い乗用車の中で待っていると木刀を肩にかけた金髪が校門前に現れる。
「あ、あれ、ジョーくん!?」
変貌していた。
鋭い目つき、オールバックの金髪、抜き身の木刀。
完全に悪い奴だ。
すると、味素高校からもどやどやと大男たちがやってくる。
食べかけのアンパンと牛乳を置いてクロウは字利家の腕をゆすった。
「ちょちょちょちょ! 相手30人はいますよ!! 早く止めないと、早く止めないとあれ全員怪我人になりますよ!!」
「まぁ、落ち着け。私に任せろ」
そう言って屈託ないうそ笑いを浮かべた字利家はハンドルを握ってアクセルを踏んでいた。
もちろんその先にはすでに抗争が始まり、ジョーが暴れてちぎっては投げちぎっては投げ、の状態だ。
「う、ウソやろーッ!!」
前進する車に、クロウはキャラを忘れて叫んだ。
ボフ、ボボフ。
一人はフロントガラス前に張り付いていた。
結果、何人轢いたのか不明だが、気がつくと抗争の真っただ中に字利家は車を止め、そこで車を降りた。
当然、唖然とする不良一味なのだが、ジョーは彼女の姿を見て流石に目を丸くしたもののすぐににやりと表情を変えた。
「おうおう、姉ちゃん。派手な登場だな。何なんだ、お前」
「家のあるホームレスだ」
「…………は?」
早速電波を振りおろした字利家。
脳内情報を飽和させるに十分な不思議ワードの組み合わせに時間が止まる。
意味を理解しようとした時点で負けだ。
胸倉を掴んでいた生徒をほおり投げ、ジョーは字利家の前に立つ。
「邪魔だ、消えな」
「ガキに毛が生えた程度の男が私に指図しないでくれるかな。
礼儀を通さないヤツは嫌いだよ」
いや、あんた人道通ってないから、道路すら通ってないから。
激しく内心でつっこんだクロウだが口にはせず、車内に隠れる事にした。
「鳴滝さんよ、保護者同伴は困るんだがなぁ、はっはっは」
総大将と思われるその男に木刀を振り落とし脳天に当てるとそれは簡単に言葉を失って決着がついた。
戯れ程度だったが、また別の相手を見つけてジョーには味素高校の連中を相手取る必要が無くなったからだ。
「何しに来たの。お説教?」
「どうだか」
刹那、互いの位置が交差する。
木刀を構えたジョーに対し、素手の字利家だったが、ぐらついたのはジョーの方だった。
「ぬぐ……やっぱ、姉さん……とんでもなく強えぇなぁ」
「カラ付きのヒヨコちゃんに褒められても嬉しくないよ。
それにしても何だその様は。以前のお前は例え相手が格上だったとしても手を上げなかったはずだ」
「あんたが教えてくれないってんでね、自分でどうにか強くなるしかないって思ったんだよ。
その為にゃ、やっぱりあんたが言ったとおりに何か捨てないといけないみたいだな」
「で、どの程度強くなった?」
「…………」
ジョーは一息深くついて斜めに木刀を構えた。
それに対して字利家はやはり一切構えを取らない。
無言の気合とともに、ジョーは彼女の胴めがけて一閃をうち放ったが、それはするりと紙一重で交わされた。
次の一撃も、その次も、まるで水を切っているような感覚だった。
彼女の体は視界にとらえているというのに、感触だけがない。
そして彼女は一閃を薙いだジョーにピタリを背中を合わせるように立っていた。
「強さの代わりに、何が払える」
「――ッ!」
「……少なくとも、お前の無責任な太刀に教えられるものは何もない」
すっと彼女の気配が背中から離れた。
振り返り木刀を握りなおすジョーだったが、その右手に激しい痛みが走り木刀を手放す。
「ああ、一つ言い忘れてた。魔力補正を使おうとするとその部位に痛みが走るように君の体に細工させてもらった。
解除してほしかったら、今回の件の金払え。20万だ」
「意味がわからねぇ! 金ってどういうことだ!!
おい、ふざけ過ぎだろ姉さんよ!」
「ばいば〜い」
彼女はそのまま乗ってきた乗用車にまた乗り込むと乱暴な運転で去っていった。
あのデカイ魔剣すら拝む事はなかった。
もう少し、自分と彼女の力量の差は小さいと思っていた。
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