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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
2 *影/Shadow*3
 ぎちぎちと甲殻がこすれ合う音を放ちはじめ、とうとう尾を高く上げる。
 ぬらぬらした影がガサついた甲殻のサソリの姿に変化しきって、そしてそいつは口を開けた。
 巨大な目が一つ入っていた。
 金色の瞳がじっと絹夜を見て、ぎょろりと視線をレオ、ジョーと動かした。
 そしてやはり青い炎を灯す腕を見てサソリは蛇が威嚇するような音で鳴いた。
 尾の先を絹夜に向け、態勢を低くする。
 突撃してくる!
 サソリがコンクリートを掻く寸前、絹夜は横跳びで間合いを詰め低く構えていた右前脚を斬り倒す。
 ぐらついた姿勢から放った尾の一撃が一度距離を開いた絹夜にあたるはずもなく彼は一蹴で元の間合いに詰め寄る。
 とてつもなく軽く早い動きだった。
 上下の動きが多く撹乱とインファイトというヒットアンドアウェイを得意とするレオとはまた異なる、
 無駄のない平行移動ので致命傷を与えるスピードヒッターだ。

「うっわ、スゲェ!」

 小さな子供がヒーローを応援するように拳を握るジョーに対し、レオはその様子をただただ見ていた。
 絹夜を値踏みするような、それでいて少し疑っているような目つきだった。
 背後に回り込み右の後ろ脚二本も獲る。
 態勢を右に倒しサソリは後ろからの攻撃から避ける術がない。
 もう一度間合いを整え絹夜がトドメを刺そうとしたその時だ。
 ガサガサと重たい音がどこからともなく――サソリの中から聞こえた。
 それこそ本物大のサソリの影がぞろぞろ沸いて出ていたのだ。
 同時に母体のサソリはどろどろと溶けていく。
 分散して体勢を立て直すか逃げるつもりだ。

「逃がすかよ……! ――バラバ!」

 絹夜の右腕に収まっていた剣が風に吹きあげられるように大きくなびいた。
 同時に耳鳴りのような音が周囲を包む。

「…………っ!」

 今まで表情に乏しかったレオが目を見開いて驚く。
 絹夜の左半身に重なる様に黒いローブをかぶった痩躯が現れ、ずるりと抜け出た。
 彼の腕二本分もありそうな重厚感のある銃を両手にぶら下げていた。
 顔には陶器のような面をつけており、顔辺りは伺えないが純白の羽根のようなものが様々な方向で突き出していた。
 絹夜の中から死神だか天使だかわからないものがはい出てきたのだ。

「……バラバ」

 イエス・キリストの代わりに釈放された罪人。
 神を踏み台にした男。
 イエスを打ち破ったイエス。
 レオは小さく彼が呼んだ名前を口にする。
 するとローブの男はレオに顔を向けてにやりと歪な仮面の隙間から見える口元を吊り上げた。
 それも刹那、バラバはがさがさと音をたて逃げ散らかるサソリに銃口を向けた。
 無音の発砲、しかし着弾した小さなサソリは跳ね上がると砕かれたように小さな塵になり空気中に溶けていく。
 散った小さなサソリを彼の後ろに出現したバラバに任せ、絹夜は半壊したサソリの母体に再び剣を向ける。
 恐らく、あの目がコアの役目を果たしているのだろう。
 一機にとどめを狙ってかかった絹夜だが、サソリの動きが何か変わった。
 いや、狙いを変えたのだ。

「小娘!」

 尾を高く振り上げ、サソリは正面のレオにターゲットを変えた。
 彼女の反応速度なら裕にかわせる、しかし二階堂レオに動く気配がなかった。

「……チッ!」

 間に合わないかもしれない、そんなこと承知で飛び出した絹夜。
 振り下ろされるサソリの尾、しかしそれはまっすぐにレオに延びたにもかかわらず彼女の額直前でぴたりと止まった様だった。
 一体何が起きたのか、考える余地もなく絹夜は大きく見開いた巨大なサソリの目に剣を突き刺す。
 かろうじて間にあった、と言うには少しおかしな停止時間があった。
 ごぼ、と不気味な音が上がり、絹夜は直感的に危険を察知し剣を引き抜くとサソリと睨み合っていたレオを肩に担いで地面を蹴る。
 どちらが早いか、サソリの目はまるで内側から何者かが暴れているかのようにぼこぼこと形を変形させ、とうとう爆発した。
 バァン、と大きな音を立てながら気味の悪い赤黒いものが周囲に散乱し、そして煙を上げながら消えていった。
 危険は去ったのか、壁の後ろに隠れていたジョーが顔を出す。

「やつけた?」

 まるで人事である。

「まぁ、一応な」

 そういう絹夜の肩にのっかっているレオは無言でジタバタしていた。

「……礼も言えないのか、この小娘は」

「いやぁ……あんまり期待しない方がいいかもね」

 結局自分から絹夜の手を振り切ってレオは着地する。
 非難の視線が絹夜からもジョーからも刺さったがレオはあえてそれに背中を向けているようだった。

「……まぁいい。お帰りの時間だ」

 そう言って絹夜は肩越しに親指でサソリの下にあった魔法陣を指した。
 それはやはり移転の魔法陣で恐らくは表の世界に帰れるのだろう。
 そそくさと魔法陣に駆けだすジョー。

「おい。いくぞ、小娘」

 ふりかえってきっと睨みつけるレオ。
 そんな視線に絹夜は覚えがあった。
 あの目は綺麗な、夜明けのような青だった。
 だれだったか、よく似ている。

「……私には、”レオ”って名前がある」

 風見チロル。
 ああ、そうだ。
 強固な意志の為に死神になりきってこの世からいなくなってしまった少女に似ているのだ。
 そして、その時の素直じゃなかった自分にもよく似ている。
 絹夜はぽん、と彼女の頭の上に手を置いた。

「お前、もうちょっと素直だったら可愛いのにな」

 怪訝そうな顔をしたレオは絹夜の手を振り払って魔法陣の端に立った。
 本当に素直じゃない、無駄の多いやつだ。
 少しおかしくなって絹夜は微笑んだ。
 十年前の自分に対峙した気分だった。

                    *              *             *

「いっててててて……! って、魔法陣ってのはこれ、どうにかなんないのッ!!」

 背中から腰にかけての痛みで起きあがったジョーが見たのは、見慣れた学校の屋上だった。
 いや、空にはしっかり満月が浮いていた。

「ああ、もうしっかり夜だし。浦島太郎じゃん……」

 ぶつぶつと独り言を唱えるジョーの前をすいっと通り過ぎ、レオはフェンスに掴みかかりそこから校舎裏の駐車場を見下ろしていた。
 何もおかしな点は見つけられなかったのかすぐにフェンスから離れる。
 急に眼にした不思議な出来事に今更レオは首をかしげていた。
 携帯電話を取り出し、ジョーが悲鳴を上げる。

「うひゃあ、着信いっぱい――いけねッ! バイト入ってんだった……!!
 レオ、黒金センセ! とりあえずまた明日! 言っとくけど、俺このまま誤魔化されないからね!」

「誤魔化さない、早く行け」

 屋上から廊下に入ってそのまま階段を駆け降りる音がダバダバと聞こえた。
 何時なのかと腕にした女性物の高級腕時計を眼にした絹夜。
 八時過ぎ、少し腹が減った。
 何を腹に詰めるか考えていると目の前にレオがしゃがみ込んでいた。

「なんだお前」

「眼、黒いね。光るの、出さないから?」

「そんなとこだ」

「ちゃんと説明しろ、結局ジョーも誤魔化すのかっ」

 すっと立ち上がったレオだが、非常に残念な事に目線の高さが絹夜と同じだった。
 その事に眉間にしわが寄った絹夜なのだが、レオはそれが気に食わなかったのか途端に攻撃的な目つきになった。

「ちゃんと説明? お前みたいな礼儀も弁えられない無知なガキに不可視な力を説明して理解できると思わない」

「しろって言って――」

「礼義。れ・い・ぎ」

「…………」

 我ながら性格の悪さは健在だ。
 絹夜は内心反省しながら、それでもレオの頭に血が上っていく様が目に見えて自重出来なかった。
 この手のタイプをからかうのは彼の性分に近かった。
 口の中でもごもごやりながらさっきの勢いとは打って変わってぐっと拳を握って小さい事に耐えている。

「……教え……てく、れ」

「何言ってるか聞こえない」

「…………」

 レオが握った拳の中でぱき、と不穏な音がした。
 見ればがちがちとその拳は震えていつそれが飛んできてもおかしくない状態だった。
 しまった。
 彼女は目的の為ならプライドも何も簡単に捨ててしまう風見チロルとは違う。

「もういい。興味失せた。どーでもいいっ!」

 次に彼女が口にしたのはそんな言葉だった。
 そしてぷいっと踵を返して校舎内に入るドアに向かう。
 だが、その腕を掴んで絹夜は引き寄せる。
 ダンスのように引き戻されたレオは絹夜の腕の中で、再び青い輝きを取り戻す目を見つめた。
 いや、視線が外れなかった。

「お前が知りたいのは、こういう力のことだろう?」

 不吉な青い目。
 それが人に害を及ぼすことをレオは知っていた。
 彼女の口から答えが出た。

「邪視……」

 オカルティックな単語を口にした少女に絹夜は少し驚きながらにやりとする。
 やはりこの少女は特別な何かがあるのだ。

「見えないものを見る力、視線を通う相手を捕える力だ。
 視線の直線上に流れる魔力がお前の体を麻痺させる。文字通り、お前は手中に落ちてる状態だ」

 絹夜はレオの首のチョーカーの先についている小さなベルに触れ、それを弄んだ。
 ちりんちりん、と彼女に似合わない儚げな音がする。
 それこそ本当に小麦色の少し暗い色をした肌に黄金色のベルの装飾がよく映えている。

「これは魔女の力だ。俺は魔女に属する、自分で言うのも何だがとびきり上等な魔道の分類だ。
 ”腐敗の魔女”、それが俺の称号で、力だ。
 裏界にも何度か入ってる。興味本位でここを調べに来ただけだ」

 おおざっぱに話せることは話したつもりだが、レオは納得言った様子ではなかった。
 そして、視線の支配の中にあるというのに、彼女の左手が絹夜の胸元を掴んでいた。

「っ!?」

「魔女……」

 しかし完全に支配が解けているわけではないようでレオは少し身じろぎしたが視線が外れなかった。
 反射的に絹夜が邪眼の支配を強める。
 何だ、この娘は。
 魔女という単語を聞いた瞬間、たった一瞬だが危険な雰囲気を宿していた。
 やはり何か因果があるのか。

「さて、俺の話は終わりだ。今度はお前がどうやってサソリの影を止めたのか、教えてもらおうか」

 彼女はそんな事を言われても驚かなかった。
 確かに、レオはあの時何かをしたのだ。
 レオの唇が動き、言葉を探し、ようやく明確に口を開いた。

「あ――」

「あーーーーーーッ!!」

「…………あ?」

 背後からの奇声に絹夜が振り返ると、そこにはぎらついた目を光らせた菅原銀子の姿があった。

「黒金先生〜ッ! 何やってるんですかーッ!!
 ハレンチです、セクハラですッ!!」

 半目で呆れた絹夜。
 視線が外れたことによってレオは邪眼から解放され、さっと絹夜から距離を置いて途端に我関せずの顔つきになった。

「えっと、あなた、この人に何されたんですかッ!」

 レオに青い顔を向けた銀子に対し、レオは半ば呆然としてそのテンションに首をかしげる。

「何もしてないって言ってやれ、レオ」

「ダメですよ、こんなひどい大人の言うこと聞くことないですよ」

 両者に挟まれ、どのみち迷惑そうな顔をして両手を頭の上に置いたレオ。
 レオ。そう呼んだ彼に傾き、ようよう考えて彼女は何かいい案を思いついたようだった。

「練習、さかあがりの」

 無言。静寂。
 夜の空気。
 イマジネーションの欠落加減に絹夜は愕然とした。
 当然鉄棒もないし、あれだけの身体能力のある人間がさかあがりを練習する理由もなければむしろ出来なくても良い。
 また一悶着するのか。
 腹をくくった絹夜だったがさらにその予想は外れ、銀子は潤ませた瞳を向けていた。
 何事かと思えば銀子が絹夜の手をとってぶんぶんと上下に振り回す。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私てっきり、黒金先生が女の子にわいせつ行為を強要しているのかと!
 さかあがりですか! 私も出来なくって友達に練習手伝ってもらったものです!」

「…………」

「でも! でもでも! 黒金先生と私で資料の整理頼まれてたじゃないですか! 私一人で大変だったんですよ!
 新任の、それも先生のくせにサボっちゃダメじゃないですか!」

「レオ」

「……え、あ……私が……あの、無理に頼んで」

 言わされているレオの視線が激しく泳ぐ。
 するとやっぱり銀子は一度折れ、だがやっぱり絹夜に説教するのだった。

「とにかく! 言い訳は聞きませんからね! 私の分は終わったんで、後は黒金先生の分です!
 手伝いますから、最後まで終わらせてください!」

「レオ」

「……えぇ?」

「お前、手伝うだろ。せっかくさかあがりの練習付き合ってやったんだ」

「は、ふ、ふざけんな、誰が――!」

 がっつり否定しているのに銀子が今度レオの手をとってぶんぶん振りまわした。

「えらい! それこそギブアンドテイク!
 誠意に対して誠意で返す、これぞ理想の教師と生徒、いいえ、人間関係です!
 それじゃあ書庫室にレッツゴー! ですよ〜!」

 ぐいぐい引っ張る銀子、引っ張られるレオ。
 なんだこれは、と銀子を指すレオに絹夜は肩をすくめた。
 結局彼女が口にしようとした事を聞きそびれてしまった。
 しかし、絹夜はようやく帰ってきた気がした。
 十年前と同じ、あの日あの舞台に。











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