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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
21 *紅/BloodLake*2
 放課後になって保健室でお茶会が開かれる。
 この時間帯になると連中どもが言い合わせてもいないのに集まるのだ。
 一服した後に絹夜が保健室に向かうと、そこにはレオとクロウと銀子、そして部屋の主であるユーキの姿だけで
 いつもはレオ、クロウとセットのジョーの姿が無い。
 部屋の中を見回していると、レオが呆れた調子で言った。

「ジョーなら先に屋上に言ったよ。
 今朝から木刀構えては唸ってたよ」

「ええと、この間の字利家さんに剣術の教えを請おうと連絡したら、逆に難解な質問をされたみたいで。
 ジョーくん、頭パンクしてるみたいなんです」

 とうとう電波にあてられたか。
 メンツがそろったということで屋上に上がると、十一月の寒空の下、Tシャツ姿のジョーが汗だくで木刀を正眼に構えていた。
 暑苦しいことこの上ないが気が付いていないようで誰かしらが声をかけなければならない。
 数回のジャンケンの結果、こういう役回りはやっぱりクロウだった。

「あの、ジョーくん……? そんなカッコでいたら風邪ひいちゃうよ……?」

 ぎしぎしぎし、と滑らかさ皆無の動きで首だけをクロウに向けたジョー。
 顔色は優れていないし眼つきはいつもの飄々としたそれではない。

「あ、えっと! ごめんなさい! ごめんなさい!
 邪魔してごめんなさい!」

 ぴゅいーっと引き下がってレオの後ろに隠れたクロウは当てつけの悪い歯車のようにがたがたと震えていた。
 普段粗暴な性格のレオがやっぱり暴力に走ったところでさして怖くはない。
 しかしいつもはのほほんとして頭に春がきているジョーが親の敵の様な眼をして睨んでくるのだから、そっちの方が怖いだろう。
 ようやく相手の人数と力量を把握したのか上手に笑顔を作った。
 ウソ臭さ大爆発だ。

「おいーっす。もうそんな時間だっけ」

「朝からそんな事してたの? バカじゃないの」

 レオが彼の足元に落ちていた学ランを拾い上げ叩きつけるとジョーはおとなしくそれに腕を通して、胸元をぱたぱたと煽いだ。
 額や首には汗がじっとりと浮かんで、激しい運動をし続けていたようでもある。
 自ら強さを求めない彼が急に、それも周囲を心配させるようなガサツな努力をするのは珍しかった。

「お前、あの女に何吹きこまれたんだ」

「大したことじゃないよ。授業料の話されただけ。
 強さの代わりに、何が払えんだってね。貧乏小僧にゃ難しい話ふってきたよ、あの姉さん」

「……そうかもな」

 彼女が求めているのは物理的な報酬ではない。
 だからこそ難しい話だとジョーもわかっているようだ。
 真剣に考えてはいるようだが、足元をすくわれるほど深く思い悩んでいるわけでもなさそうで
 ジョーはきれいさっぱり頭を切り替え、いつもの裏界探索を楽しみにしている顔つきになった。

「七番目のゲート開いてラーメンでも食って帰ろうぜ!」

「……ま、どうせ俺がおごるんだろ」

「当然じゃない〜」

 絹夜が足元に手を伸ばすと、全員がそこに集まる。
 青い光がわき上がり、ゲートが口を開く。
 その瞬間、絹夜は違和感を覚えて、それでもゲートの移転を止めなかった。

「向こう側に誰かいる」

 絹夜の呟きを最後に全員の視界が白くなる。
 刹那、体の感覚が波にのまれる砂城のようにくずれ、そして目覚めるようにゆっくりと戻ってくる。
 目を開くとそこは最早見慣れた裏界の屋上だった。
 そして目の前には奇妙な生き物が一体立ちふさがっていた。
 まるで健診中の患者がそのまま出てきたような服装で、頭はガゼル、背中にはかわいらしい翼がついていた。
 ガゼルの頭は遠く西の空を見ていたが、べちゃりとよだれが落ち、ビクリと体を震わせてこちらを見つめた。

「腐敗の腐敗の魔女の魔女。青白きヴォーパルソードを掲げる黒い男。
 うひゃひゃひゃひゃひゃ! お前ごときが出会うなんぞ、おぞましい!
 名を何と言ったか黒金絹夜! 名乗れ、黒金絹夜!」

「随分とふざけた野郎だな、人の名前を語尾にすんじゃねぇ。お前こそ名乗れ」

「お前……? ワ、タ、シ?」

「…………」

 会話にならないほどぶっ飛んだヤツだ。

「お前、ゲートの番人か」

「いかにもそうであるかも。私はミスター・イレギュラー。
 ミスターミスター・イレギュラー」

「そうかい。ならば話は早い。早いとこおっぱじめようぜ。
 俺たちはお前の敵だ。だからお前の敵は俺たちだ」

「……テ、キ? ……う、うひゃひゃ! ひゃ!」

 ぬるりとミスター・イレギュラーの腕が動き、同時に絹夜も2046を召喚する。
 全員が戦闘態勢に入る中、クロウが書きかけた魔法陣の形成を止めた。
 ミスター・イレギュラーが中空に描いている魔法陣は誰かを傷つけるものでも、身を守るものでも、己の力を強化するものでもなかった。

「あの、様子が……?」

 ミスター・イレギュラーの指はそれぞれ別の意思を持つように動き1つの魔法陣を形勢し終えた。

「過去、想い、受動、共感……これは誰かの過去を体験させる、たったそれだけの魔術です……」

 そして、さらにもう一つ、偽造と真実の印を加えた。
 相反するものを加えると魔術は力を失い、最悪発動しない。
 絹夜やユーキも気がついて相手の出方をうかがった。

「私に戦う気などない。最早お前達を敵とも思っていない。私は異端、私は想定外。
 私は――うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 そしてミスター・イレギュラーはその魔法陣を絹夜に向けた。

「漆黒の男の、漆黒の過去――いや、消化し終えたものなど」

「……お前、何を見ている」

「真実を見る魔女の弟子、孤独でかさついた大地の底。いいや、これも消化し終わっている。
 太陽の国、美しい思い出ばかりで私の好みではないな……。
 反逆と共鳴と理想との葛藤、純真無垢な恋煩い」

 一人ひとりの因果を覗き見て選定しているようだった。
 そして横長の瞳がレオを捕える。

「真紅――うひゃひゃひゃひゃひゃ! これだ! これだ!
 炎、ガソリン、血。面白い舞台になりそうだ!」

 魔法陣が光る。
 同時にレオが雷光を纏った。
 赤い光がまるで彼女の焦燥そのものを物語っていた。

「さぁて、お立会いお立会い!」

「ッふざけるなあぁぁぁぁっ!!」

「人の過去の、それも苦痛を見るなどと下衆な真似、楽しくないわけがないわけない!
 うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「あんなもの、誰にも、二度と味わわせなどしないッ!!」

 間に合わない!
 発光で彼女の表情はうかがい知れなかったが、急変していた。

「開幕とあいなりました」

「冗談じゃない! 私は生きている!!」

 やはりレオの攻撃は間に合わないかった。

                    *              *             *

 春先の、桜が舞い、空が穏やかな水色をしている季節だった。
 本当は家族全員で出かけるはずが、カイはいやな夢を見たといってどうしても起きられず置いていくことにした。
 週末の外食は決まりごとで、忙しくて家にはほとんどいない両親も顔を合わせていた。
 いつもカリカリしている母、家族に無関心な父。
 一生懸命家族を演じようとして、一生懸命偽っている。
 その一生懸命さだけは本物で、レオは理不尽に怒る母も、声もかけてくれない父も大好きだった。
 例え愛されなかったとしても、真実でなくても、美しくなくても。
 ワインレッドよりさらに重い色合いの車に乗り込み、窓の外の流れる景色を見ていると母がいら立った口調で言った。

「レオン、シートベルトしなさい」

「はぁい」

 運転席に父、助手席に母。
 自分は後部座席に転がるように座っていた。
 本当はカイがうなされていたものだからまだ眠かった。
 シートベルトが体に絡まったまま横になると、それを見計らったのか両親は難しい単語で会話し始めた。

「聞いた? Dプラントが襲撃を受けた噂。ホムンクルスが全滅よ」

「Dか……君の研究施設だとわかっていてやったのかな。君はボスの妹じゃないか」

「さ、どうなんでしょうね。
 それにしても、ミイラから取り出した遺伝情報も全部パー。
 近いうちにこの子を研究所に連れて行ってデータを取り直さないと」

「例の――邪神配列DNAの解析は終わってないんだろう?」

「なにそのだっさい名前」

「ほら、遺伝子構造がゲートの魔法陣形式を再現してるアテムの――」

「ああ、あれね。あれもレオンの中に入ってるわよ。
 私の研究データ全部、この子に詰まってるの。じゃなきゃあんな痛い思いして子供産むと思う?」

「それは――なんだ、あれ」

 父のその言葉の瞬間、フロントガラスから入ってきた日の光は遮られ、
 重力が体を押しつぶしレオの体はシートベルトが絡んだままシートから落ちた。

「しまった、ヘイルの――!」

 きりきりとタイヤが悲鳴を上げ、レオの体は錐揉みしながら助手席の後ろに逆さまになって詰め込まれたような状態になり、
 同時に両親の悲鳴と全身が打ちつけられる痛み、そして車自体が潰れる音が一片に降りかかってきた。
 きっとその瞬間にはまだ両親は生きていたのだろう。
 鉄がこすれる音がいくつも折り重なってこちらに向かってきていた。
 危険を察知できたが、ひしゃげた車の天上に右足が挟まれ逆さづりのような状態から動くこともできなかった。

「ぎゃあああああぁぁぁッ!」

 人間の声帯からそんな音が出るのかと疑わしくなるほどの絶叫の末、
 鈍い音を立てながら真紅に染まった鉄のパイプが運転席と助手席のシートから突き出しそこからちょろちょろと赤い液体が流れてくる。

「ッわああぁぁああッ!」

 切断されたような鋭利な先端がレオ自身の足にも一本刺さっていた。
 燃え上がるような痛み、そして勢いよく流れてくる血。

「いたい! いたい!! お父さん、お母さん!!」

 鉄パイプの先端から流れてくる血液はまるで搾り取られる葡萄の果汁のように絶え間なく流れてきた。

「……お父さん……お母さん」

 生温かいものが髪を浸し、額を浸し、だんだんとせり上がってくる。
 血の匂い。
 足の痛み。
 外から聞こえてくる喧騒も猥雑な振動でしかなかった。
 それとも、もっと恐ろしいのだろうか。
 鼻先まで血がせり上がって、レオは足を取られて頭だけ血だまりにつけられた状態になっていた。
 肺の中に、胃の中に、脳の細胞一つ一つに血が流れ込んでいく。
 ふと、体が楽になるのを感じてレオは安心した。
 死は穏やかだ。
 これ以上の苦痛もない。
 絶望を受け入れてしまえば、きっとこんな何もできない自分でも乗り越えられる。
 手放すのか。何もかも。
 カイが今朝見た悪夢というのは、こんな風なものだったのだろうか。
 ――カイ。
 急に自分の諦めがみじめで、恥ずかしいことだと思った。
 そこまでがレオの記憶だった。


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あきゅろす。
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