NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
21 *紅/BloodLake*1
どういうわけか教師と言うもののフリも慣れてきて”先生”という単語に反応できるようになった。
ただ、やはりトレジャーハンターという盗賊だか考古学者だかという、不明瞭な仕事の方が気乗りがするのは確かだ。
やれ、あれこれと決まりがあり、その中で誰もと同じように規律を守らなければならない。
面倒で仕方ない。
今日は珍しく名倉校長に呼び出されて、いつまでに裏界についてが解決するのかを聞かれた。
彼女としては政府に管理だけ押し付けられている立場なのかいち早く裏界を処分してしまいたいに違いない。
今年度中には何とかなるんじゃないか、と漠然とした予定を言って、絹夜は気がついた。
もうこの学校にきて半年以上も過ぎている。こんな長期戦は初めてだ。
口出ししないと言っていた名倉校長がせっつくのもわかる。
コーヒーを淹れに職員室に戻った絹夜を、銀子が怪しむような視線を向けて呼びとめた。
いつもいつも五月蠅い銀子は正論をぶん回し、ようやくここ最近になって、多少は柔軟になったと思った矢先だ。
「黒金先生、二階堂さん見ませんでした」
「……またいないのか。いつものことだろ」
「はい……そうなんですけど、今日は朝からいません。保健室にもいないんで黒金先生のところかと……。
いないんですね。本当にいないんですね」
「菅原、人を疑うのはよくないぞ」
「疑ってるんじゃなくて心配しているんです!
二階堂さんは何だか複雑な事情がありそうですし、またルーヴェスがやってきて二階堂さんを連れていっちゃうって考えないんですか?
それに……二階堂さんはなんだか……」
「なんだよ、はっきりしねぇな。生徒を信じないとはお前らしくないな」
冗談混じりで嫌味を言ったつもりだったが、銀子はため息をついて彼の言葉に落ちここんだようだった。
「仰るとおりです……二階堂さんは、自分から進んで危ないことに首突っ込んじゃうような……。
私、あの子の気持ちは強いんじゃなくて――変な気がするんです、多分、何かおかしいんですよ!
言葉にできなくて申し訳ないんですが、普通じゃないです!」
「二階堂が普通じゃない。今更だな」
「そうじゃなくって!」
銀子が地団駄を踏んで金切声をあげた時だった。
そこにぬっと山崎の巨体が割って入って無言で二人を手招きする。
そして自分のデスクに招くと引き出しを開けて分厚い帳簿のようなものを取り出した。
1年A組の成績表――2年前のものだ。
「菅原先生のお気持ちはわかります。ちょっと、これみてください」
何か言いたげな山崎に従い彼の指が沿う場所を目で追うと、そこには二階堂礼穏の名前と成績が載っていた。
名前順の為、彼女のすぐ上は鳴滝丈なのだが、一目瞭然、圧倒的に二階堂礼穏の方が上だった。
「何の隠蔽工作だ」
「実は、二階堂は入学当初、成績トップだったんですよ。特に理数系が滅法強くて。
いや、実は今でも数学だけは担当の先生がびっくりされるくらい成績良好らしいんですが。
あいつは一匹狼っていうよりも馴染めない根暗のガリ勉ってカンジでしたね。
それが春先、もう聞いているでしょうがご両親が事故で亡くなって、あいつ自身も生死の淵を彷徨って、帰ってきたら何か変わってたんですよ。
馴染めるようにはなったんですが……まぁ、あれだけの事があった後です。人間変わってもおかしくないって自分は……思ってます」
山崎はそうして違和感に蓋をした。
そのニュアンスをうまく伝えて山崎は意見を求める視線を二人に投げかける。
きちんとそれを受信してから、銀子ははっと顔を上げて山崎から絹夜に視線を移し、両手をぶんぶん振り回す。
「これは、ミステリーッ! ですよ!
さっそく二階堂さんに聞いてみましょう!」
「事故って頭のネジどっかで外れたんだろ」
「黒金先生! 不謹慎ですよ! 二階堂さんのご両親はこの事故で亡くなっているのに……」
「それを聞くお前の方が不謹慎だ」
「……そうですか……そうですよね。
でも……黒金先生になら話してくれるような気がするんですよね」
じとー。
横目で睨んだ銀子に絹夜は内心動揺した。
海辺での口づけが脳裏をよぎり、絹夜は視線を外す。
「黒金先生、何か都合の悪いことでもあるんですか」
「別に」
「うそーつきーい」
女の直感というものは本当に恐ろしい。
それがこの幼児体型でまだ中学生なんじゃないかというほどミニサイズの銀子にさえ宿っているというのだから。
バチっと絹夜と銀子の間に火花が散ったのが見えたのか、山崎が苦笑しながらやんわりと間を取り持った。
「少なくとも、二階堂はヘンなヤツですが、悪いヤツじゃないんであまり噂だてないでやってくれますか」
「あ、すいません……」
「いや、その……相当酷い事故だったと、聞いていますんで……」
油断で緩んでいる山崎の表情がぐっと引きしまった。
きっと、言葉としての情報は持っているんだろう。
さっさと話をつけさせて銀子をはけさせると、絹夜はその場にとどまり山崎が聞いている事故の様子を聞きだすことにした。
彼の口からは想像もしていなかった凄惨な言葉が出た。
「二階堂は水泳の授業出たがらなかったじゃないですか。あいつが泳げないのは、あの事故のせいなんです。
体には大した傷は負ってなかったんですが……ご両親の、血で……溺死するところだったんです」
「…………」
山崎の顔色が悪くなった。
血とエンジンオイルの匂いで充満した車内、誰のものかわかっている血の海の中で死ぬのを待つ。
あの邪悪で力強い彼女の中に、自分の中にもあるどうしようも出来ない真紅の楔が刺さっているような気がした。
そのくせ、そんな真っ赤な想像の果てにちりちりと指先が痺れて、血の匂いを欲しがっている。
「御気分悪くされましたか?」
「……少しな。胸糞悪いこと喋らせて悪かった」
手早くコーヒーを片手に地理教材室に戻ったが、コーヒーの黒い香りでは満足できそうになかった。
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