NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
20 *黒犬/Blackshuck*4
何を考えているのか字利家の携帯電話のアドレスを聞いて一人ホクホク顔のジョー。
彼女が外部からアクセスしてきた存在、もしくは宇宙人という真実を突き付けていいものか絹夜は迷ったが、
どうせ自分だって(正直興味が無かったので)さしてよく知らないし言ってもジョーは理解できない。
「ジョーくんって……誰でもいいの? 落ちてるあんぱん拾いたくなる人だよ?」
その場の勢いで同じく黒電波とアドレス交換をしてしまったクロウだが的を得過ぎた事を無邪気に言った。
本当に無自覚失礼大魔王であるがジョーはぐっと満足気に拳を握ったままだった。
「バカ言うんじゃねえよ! 落ちてるあんパン見たら食っていいと思うだろ!
俺だったらつぶあんだろうがこしあんだろうが拾って食う。
落ちてたら拾って持って帰る、これ貧乏という生き物の鉄則」
絹夜としては心底どっ引きしていたのだが、ジョーからしたらあんパンの件は当たり前らしく、貧乏どころで共感していたらしい。
貧乏について熱く語った後、ジョーは話を戻した。
「それにみたか、あのでっかい剣ぶん回すお姉さん! カッコよすぎんだろ!
俺もああやって派手に立ち回ってみたいなぁ……」
字利家が帰った後、ようやく戻ってきた保健室でお茶を飲みながら事のいきさつをユーキと銀子に話すと
銀子はやたらとつぶあんの話ににくいついてほとんど内情をわかっていないようだった。
本当に字利家という女は認識をぐちゃぐちゃにするのが得意だ。
レオはクッキーを選びながらジョーに忠告した。
「ジョー、あの女はやめときなって。内臓全部鳥肌立つみたいな感じするじゃん、絶対ろくでもない。
関わったら内臓無くなるかもよ」
「なにそれ。きぬやん、どうなの? 字利家さんって実際」
「ろくでもない。内臓無くなる」
絹夜の言葉添えでジョーはあからさまにむっとした顔つきになって、しかし手慣れた操作でメールをうち始める。
危険人物にかわりはないがかといって面白半分にちょっかいを出してくるタイプでも無し、
個人に特別興味が無いのでジョーがキャトルミューティレーションされる可能性は低いだろう。
「ともかく、2046が戻って良かったですね」
ユーキが穏やかに話に割って入ったが彼の表情は絹夜と同様に緊迫したままだった。
「……まぁな。しかし、あの素因数分解っていう数式魔術の格好の獲物だ。
どうにか素因数分解されない方法を考える必要がある。
こいつが外れると一気に魔に偏るのがわかった……。
ルーヴェスは2046以外の方法で倒すしかないな」
「数式魔術と言い、オーバーダズのニャルラトホテプといい……いずれにしろ強烈な敵ですね。
できればゲートをあと三つ解放して、逃げ切ってしまった方が良いと思うのですが」
「そうもいかねぇだろうな」
ギーメルは攻撃を仕掛けてくるしルーヴェスはその後ろで待ち構えている。
自分もゲートの権利を放棄するつもりはない。
”All OR NOTHING”、久々の合言葉だ。
「奴らが絡んでこない限りにはゲートの取得に専念する。
ギーメルにかまってると……特にあの、ルゥルゥとかいうホムンクルスにかまっていると話がこじれる」
びくっと肩を知事ませたクロウだが、結局何も言わずにぽりぽりと素知らぬ顔でクッキーをかじっているだけだった。
以前襲来してきたウェルキン博士とルゥルゥはまたしても華麗に返り討ちにあって、その上相手との力の差が良く分かっていないようでもある。
決して力量的な脅威ではないのだが、裏界探索が邪魔されているのは確かだ。
「あのぉ、私ちょっと気になるんですけど……」
急に挙手をした銀子に視線が集まり、その中で銀子は国語の教師らしくもなく子供っぽい仕草と言葉で話した。
「聞いた話のサソリさんと、ヘビさんと、ワニさんはただのおっきい影だったんですよね。
でも、カエルさんは相手の攻撃を吸収するビッグサイズの影で、おサルさんは頭が良くてドスケベでした。
トリさんは片足千切れても向かってくる戦うのが好きな影で、最初の三匹よりランクアップしているような気がしてたんですよね。
だから、次から見つかる残りの三匹って……カエルさんとおサルさんとトリさんよりもずっと強いんじゃないでしょうか……?」
三段階ずつ影の強弱が構成されている。
十分に考えられた。
なんせ、ここのゲートはギーメルギメルの関係者、吾妻院長が設立した3×3、すなわち9の魔術の結晶だ。
そして、そのうちの一つは、イノリなのではないか。
あれほどまでに鮮明な影が残るような強烈な想い、魔術。
一体どんな魔術を行えば裏界をこじ開けることが出来るのか。
おぞましい想像しか出来ず、絹夜は考えるのをやめた。
* * *
向かい合う三つの椅子、しかしそのうちの一つにはクマのぬいぐるみが置かれていた。
「ミスター・ソリチュード、ミスター・イレギュラーは向かったのですか」
イノリの言葉にミスター・ソリチュードは頷き彼女からもクマの部位ぐるみが座った席からも目をそらした。
「夕火の刻、我々のラグナロク。燻り狂える奈落の主も流石にそろそろお気づきだろう。
我らは盾、我らは贄。ミスター・イレギュラーは誰よりそれを理解していた、ただそれだけで、ただそれまでだ。
我らはただ感情を持つ物理。我らにもどうしようもなく、後は泣き叫ぶだけが能。なんせすでに死んでいるから」
「……99年前の、あの日に……」
燃え盛る炎、子供たちの叫び声。
鉛のような悔恨に視線すら動かすことが出来ず、イノリはクマのぬいぐるみをみつめたままだった。
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