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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
20 *黒犬/Blackshuck*3
 ただ一つ言えることは、”黒金絹夜”だけでいる事は不可能だった。
 この世にはたくさんの人間がいて、組織があって、社会があって、認識があってその中で千差万別、様々な色付けがされている。
 ある人は自分を”腐敗の魔女”という黒い色付けをし、ある人は”元神父”という白い色付けをする。
 そんな色のついた視線がある限り、自分は”黒金絹夜”だけでいられはしない。
 例え自我がありったけ信じていたとしても、この世には自分だけでなく相手という概念が存在して、自我と同じ割合で折り重なっている。
 だから”腐敗の魔女”である自分も、”元神父”である自分も、魔も聖も否定しきれない。
 自分の事しか知らなかった。
 相手の存在を知って、世界が広がって目がくらんだ。
 途端、自分が何者でどこにいるのかわからなくなった。
 大切にしていた想い人さえ失って、自分も相手も見失った。
 自分ってなんだ、相手ってなんだ。
 自我ってなんだ、認識ってなんだ。
 愛ってなんだ。
 こんな日がいつか来ることは予感していた。
 あの雨の日から。
 聖魔混在、そんな都合のいいものであり続けることなんて出来ない。
 ”腐敗の魔女”の本能を理性で抑えつけながら、誤魔化しながら生きていくことなんて出来ない。
 捨てなければいけない。
 選ばなければならない。
 孤独で自由な魔女となるか、法に縛られながら仲間と生きる聖者か。
 全部とっ散らかって、収拾がつきそうもなかった。
 ああ、こうやって自分は幻になっていく。
 聖歌が聞こえる。
 辺りは真っ暗だ。
 自分は椅子に縛り付けられて、もう何年になるのだろう。
 いい夢を見ていた。
 楽しい夢を見ていた。

「……楽しい、夢だった……」

 楽しい夢だといいね。
 そういった彼女の言葉に応えたつもりだったが、胸が張り裂けそうになって涙がこぼれた。
 黄金色が終わる頃、あの長い口づけの甘い痛みだ。
 ”する”のか、”しない”のか。
 ”All OR NOTHING”、掴むのはどっちだ。

             *                       *                     *

 白濁の視界がだんだんと色彩を取り戻すにつれて手足が勝手にぶん回されるのも止めることが出来た。
 目の前では自分の2046と字利家の剣が噛み合っている。
 だが、その力もすっと抜けて彼女は剣を下げた。

「術式、終了だな」

 彼女の後ろではジョーとレオは息を上げており、クロウは大の字になって伸びている。
 字利家だけは少し服に切れ目が入った程度でけがと言うけがをしていないようだった。

「……俺がやったのか」

「他に誰がいる。強いて言うなら、10年前のお前というべきか。
 ともかく、お前が積貯めてきた後悔や憎悪は討ち果たすことが出来た。
 ……いや、お前が全部折り合いつけて飲みこんでしまった、と言っていい」

「わからんがそりゃどうも」

「ただ一つ」

 字利家の言葉のトーンが落ちた。
 それこそ絹夜が知っていた字利家だった。

「2046の――我々の世界が持ち込んだ”神”についてはお前が押さえることが出来るようだが、
 何かおかしな可能性が残っているようだな……気のせいか?」

 額に手を当てて目を閉じた彼女だが、はっきりとした答えが得られなかったらしく感知をあきらめ、絹夜に忠告した。

「倒したとはいえ、お前の中の”腐敗”は変わらずそこに存在する。お前はそいつとも上手に付き合っていかなければいけない。
 それが不可能な場合、2046もまた暴走する可能性がある。
 その時、私はお前の中の全ての可能性を断ち切るためにお前自身の首を取りに来る。警告はしないぞ」

「いや、勘弁してくれ。例えそうなっても、首を取られたい相手は決まってるんだ、悪いな」

 懐かしむような、少し困ったような表情で絹夜はレオに視線をやり、そんな彼に字利家は見覚えのある笑みを浮かべた。

「……難しい娘だな。何も認識していないし、全てを認識している。
 あの娘は混沌を混沌のまま知っている。邪悪を邪悪のまま、愛を愛のまま飲みこんでしまう。
 お前が2046を諌めたのはあの娘の受け売りか? ナイルのような娘だ。とてつもなくでかい濁流だ。
 ああいうのはいずれ、世界の敵になる。純然と並んだ策略の駒を全て、間違いなく引っ繰り返す」

 ルーヴェスも同じような事を言っていた。
 興味本位で絹夜は聞いた。

「なんでだ?」

「理屈じゃない。あの娘が特殊な性質を持っている、というだけだ。
 わかっていると思うがセクメトは神々が束になっても止められん人類滅亡の為に創生された邪神。
 そんなもの影にしてる娘が平平凡凡に主婦になるとでも思っているのか」

「大天使が東京でごたごたしてんのも似たようなもんだろ」

「……君もなかなかのオプティミストだな。まあいい、望まれる滅びというものもある」

 そういいながら字利家は釈然としない様子でため息をついた。
 それは彼女がまだ、滅ぼし、滅ぼされる戦いを続けているという証でもあった。
 そんな不本意な敗北を喫して間もないのだろう。

「さて、用は済んだ。私は帰ってゆっくり風呂にでもつかろうかな」

「ちょっとまったぁあ!!」

 何事かと思ったら満身創痍だったジョーが携帯電話を開いて字利家の顔面につきつけていた。
 よく見ると顔面にパンダあざを作って相変わらず無頓着に突っ込んできた事をうかがえるが絹夜は自分がやった事なので何も言わなかった。
 そして彼がやろうとしている事にも口を挟まない事にした。

「番号、交換してくださいッ!」

「近いな、見えない」



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あきゅろす。
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