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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
20 *黒犬/Blackshuck*2
「あの、あの! 字利家さんは黒金先生とはどういったご関係で?」

 声を裏返してジョーが間に割って入った。
 庵慈の時とは格段に食い付きが違う。
 字利家も相変わらず顔面の筋肉が死滅しているのか全く表情が動かず
 迷惑しているんだかなんとも思っていないんだかわからないので絹夜はほおっておくことにした。

「私は彼の仇だ」

「……?」

「そして彼は私の仇だ」

「ふ、ふぅん……? 字利家さんって普段何してる人なんですか? お仕事は?」

「何でもしている。家のあるホームレスみたいなものだ。
 この間、あんパンが落ちていた。思わず拾って食べようと思ったがつぶあんだったのでやめた。
 胸が潰れそうな想いとはああいうことだな」

 彼女は自嘲的に笑い、そしてまたため息をついた。
 やっぱり酷い電波だった。
 一方レオは字利家を警戒しているし、クロウはびくびくとレオの後ろから見ている。
 獣と人造人間には直感的に彼女が”その他”に分類される存在であることを察しているようだ。
 やはり妙な空気を作りだす女である。
 ”黒電波”を纏いながら屋上まで上がり、裏界に入るとようやく彼女はそのオーラを解除した。

「早速だが、キャト――用件を済ませてしまおう」

「お前、進歩しないな」

 裏界屋上、大抵の人間はこの時点であたりを見回して頭を抱えるのだが字利家は相変わらずの調子で黒い犬の頭を撫でた。
 犬の首輪に下がっている小さな青い、ビー玉のようなものを取り外し、字利家は絹夜にほおり投げた。

「それが例の”神”の断片をダウンロードしてきたものだ。お前に返す。
 覚悟が出来たらインストールしろ」

 受け取ったそれをつまみ上げて見つめると、意識がずるりと引き込まれる感覚があった。
 相当やばいものだ。
 よくも字利家が自分に返す気になったものだ、とそこまで考えて彼女の思惑をようやく理解した。
 これが存在している限り、この世界の”神”は討伐されていない事になる。
 つまり、彼女の仕事は終わっていないということだ。
 だから無理やりこいつをあるべきところに戻して、あまつさえ”神”である”黒金絹夜”を討伐してしまおうという算段だ。

「気付いたかな。やめるかい? 君が死んで別の可能性に引き継がれるのを待ってもいい。
 だが、私はそれを倒さなければならなくてね。結局、君の可能性と戦わなければならない」

「もし、俺がこいつを制御できるとしたら」

「危険性はないとコアに報告する。プリマテリアの回収も行わない。
 しかし、制御出来ないときは……ダンテ!」

 字利家が腕を前に突き出した。
 すると、隣に座っていた犬が顔を上げ大きく吠えた。
 その黒い体は1と0の粒になって消え、そして見覚えのある巨大な物体に再構築された。
 人一人入りそうな鉄の塊に無骨な棒きれが突き出しているだけの、剣というに少し無理がある武器――魔剣ダンテだ。

「き、きぬやん! その人、やっぱ何なの……!?」

 ジョーもようやく相手の異常性を察知したのだろう。
 その後ろでレオが怒鳴った。

「だからさっきから言ってんでしょ! ”生き物”の反対の匂いがするって!!」

 ぶおん、と剣を翻し、字利家は肩に担いだ。

「字利家Ver,1.3。アナザーに加え、試験的に”生存意識”というものを実装されている。
 準備は出来た。我が誇りに掛けて手加減はしない。”神”をインストールしろ」

「……上等じゃねぇか。お前ら、手ぇ出すなよ」

 ジョーたちがぎょっとした顔つきになった。
 これから相当ヤバイ事になるのだ。
 遅まきながら彼らも気がついたのだろう。
 手の中に収まった小さな石ころを見る。
 その中には何か光る文字が書かれていた。
 文字化けしている。いや、これは暗号化だ。

「アナザーが言っていた事を覚えているか?」

 平静を保て。
 心の弱さに付け込んでくる。

「いいか、頭で考えるな。理性を本能で感じろ。本能を理性で動かせ。
 頭の回転の速さじゃない。意地だ。意地で抵抗しろ」

 曖昧な事を言ってくれる。
 理性ってなんだ。本能ってなんだ。
 ”神”ってなんだ。
 ”神”は――。

「……えぇぐ……おぉ……イ、インストール……完了」

 からん、と絹夜の手からビー玉が落ちて、その手にほぼ青白い炎が浮かび上がった。
 それはだんだんと伸び、剣の形を構成した。

「2046を再構成できたか。お前の目的はこれで達成できたな。
 次は私の番だ。お前が”神”の断片に飲みこまれるようならここで消去する」

 死刑宣告に近い言葉。
 心地よい天使の歌。
 意識が遠のいて、しかし体は活性化し始めた。
 思い出した。
 アナザーの字利家が何故、2046から”神”の断片を取り除いたのか。
 ”神”とは、可能性であり、”腐敗”や”聖者”にまたがっていた自分のどうしようもない運命だ。
 黒金絹夜でいることだけを望んだ自分がいたからこそ、アナザーはそれ以外の可能性を全て払ってくれた。
 だからこそ自分は”黒金絹夜”を貫くことが出来た。
 それが戻ってくる。
 ぐちゃぐちゃになりそうだ。
 自分が誰だかわからなくなりそうだ。

「ならばアナザーは無駄死にだったな。
 さっさとデリートすればよかったのかもしれん」

 字利家の冷徹な言葉が耳に入って絹夜は意識を取り戻し、その瞬間に隙が出来たのか体がはじかれ地面に叩きつけられた。
 気がつけば手足からは血は噴き出ているし、相当魔力も疲弊している。
 だというのに顔はひきつって笑っていた。

「きぬやんッ! やめよう! 別の方法を探そう!?」

 字利家はそう叫ぶジョーに剣を突き付けた。

「彼が選んだ道だ。否定は許さん」

「選んで間違いだったら、引き返して別の道を行ってもいいだろう……?」

「いいや、許さん。正しく目的地にたどり着いたとしても、その過程で背負った罪が誰彼同じと思うな。
 あの男が背負っているものは、引き返したとて二度と戻らん。
 都合良く引き返せるならあの男はあれだけ苦しんだりはしない」

「きぬやんが何したっていうんだよ!!」

 ちらり、と字利家の視線が絹夜に刺さった。
 体が重い。
 お喋りなその口をふさがなければ、と体を持ち上げたが間に合わなかった。

「殺人だ。養子だった彼は引き取り手の両親を殺し――」

「アザリアああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 全身を魔力補正で無理に動かし、絹夜は字利家に斬りかかった。

「そうだ! かかってこい! そして私がお前の母ベレァナを殺した仇だ!」

 黙らせなければ。
 この大天使にこれ以上歌わせてはいけない。
 巨大な剣を抱えているというのに軽く交わして、字利家はバックステップで距離を取った。

「お前のその後悔と憤怒、それが”神”だ。
 飲みこまれた瞬間、お前をデリートする」

 字利家が天に手のひらを向けた。

「沈黙の――インフェルノ!」

 刹那、足元からぞわりとした感覚を察知し、絹夜は咄嗟にその場を退いた。
 すると、そこには棘のような、霜のような、漆黒の宝石が炎のように舞い上がり木々のように枝を張り巡らせ、さらには絹夜を追従する。
 巻き込まれれば串刺し必須!

「バラバァッ!!」

 出現と同時にラピッドファイアで漆黒の茨を打ち崩す。
 黒いダイアモンドダストが宙を舞って、そして絹夜は相手の罠にかかったことに気がついた。
 じりっと音がしていた。
 繊細な指先に稲妻が灯った。
 青紫の光は小鳥のように字利家の指先で舞い、しかし、だんだんと蛇のように腕を這う。

「制裁のプルガトリオ!!」

 周囲が二度、三度と光った。
 次の瞬間には、バラバが消え、2046が消え、絹夜は膝から崩れるように倒れた。

「――!」

 駆け出そうとするジョーに対し、字利家は凍るような目をして返す。

「死んではいない。眠ってもらった」

「……きぬやんを、殺すの?」

「本当の戦うべき相手を引きずりだしたまでだ。”黒金絹夜”は邪魔になる」

「きぬやんが何したっていうんだよ! なんで消すとか――」

 絹夜はずるりと体を持ち上げ、そして右手をのばし、左手で十字を切った。
 2046を再び構え、そして青白い目で字利家を睨み、不敵に笑った。
 対して字利家はここからが本番、と言わんばかりに首を左右に折って鳴らす。

「私が狩るのはこいつだ。
 気が向いたら手を貸してくれ。こいつと対峙するのは28年ぶりだ」


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