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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
19 *楽園/WonderLand*3
 例の必殺技を食らったウェルキン博士は当然気絶し、ルゥルゥに引きずられ去っていった。
 体よく「反省」を逃れたルゥルゥは相変わらず口だけは一人前で立派な遠吠えを残していったのだが最早レオが相手にするまでもない。
 さらに手慣れたものでジョーが先の戦闘で種子を1つちょろまかしており、それを自慢げに絹夜に見せていた。
 
「やっぱコレからギーメルの情報とかわかるんじゃない?」

 木甲漢の連中はと言うと、種子うんぬんよりジョーにやられた傷の方が問題でユーキが治療しており
 保健室は満員御礼、といった状態で当事者三人が地理教材室に追いやられた、という形である。

「大したことがわかりそうにもないがな」

 くずもちみたいな種子をジョーから奪うと絹夜は掌で転がし、そして何を思ったか引き出しに入っていたラップにくるむと、
 地理教材室の奥にある古い電子レンジで30秒ほど温めた。

「何してんの?」

 ぐるぐるとトレイの上で回る種子をのぞきながらジョーが絹夜の奇行を訪ねるが、彼が答えないまま”チン”と温め終了。
 絹夜はまるで肉まんでも扱うように左右の手で転がしながらデスクに向かい、それを広げ、今度は薄手のノートをうちわ代わりに扇ぐ。
 すると、ぷるぷるとしていた表面がだんだんと白く濁った色になりだんだんと干からびていった。

「で、何してんの……?」

 やはり意味がわからないのでジョーが聞きなおすと、絹夜はさも当たり前の事をしていると言わんばかりの態度だった。

「専門知識のある奴に調べさせた方がいいんだが、その間に暴れたり逃げられたりしたら困るだろ。
 こういうのは乾燥させときゃいいんだよ、お湯でも掛ければ元に戻りそうだろうが」

 しかもあてずっぽうな行動だった。

「トレジャーハンターってそんななのぉ? ちょっと夢崩れるなぁ」

 5分もすればあっという間に乾燥したもちのようにひびが入った種子を絹夜はまたラップに包みジョーに渡した。

「後で保健医に渡しといてくれ。あいつならそこそこ知識はあるだろうし、無けりゃわかるところに送るだろう」

「あいよ。お客さん帰ったらね」

 そして絹夜とジョーの視線はすっかり肩を落として涙ぐんでいるクロウに向かった。
 やることもなくぐずぐずしているのだから誰が見たっていらいらするし、その上レオは甘やかして頭をなでているのだから絹夜としては面白くない。
 いっその事、そいつも「反省」の餌食になってしまえばよかったのだ。

「でも、僕がギーメルギメルを裏切ったせいで、関係ない木甲漢の人たちまで巻き込んで……っ!
 僕はどうやってあの人たちに謝ったらいいんだろう……!」

「土下座して来い」

「怖くて出来ないよー! レオちゃ〜ん!」

 抱きつこうとしたクロウだが、両手を広げた状態で停止する。
 本人も笑顔のまま硬直しており、背後で絹夜がオクルスムンディを発動させた事に一斉に気がついた。

「きぬやん、何もそこまで……」

 ジョーが諌めようとしたところ、絹夜はレオの肩を叩く。

「ちょっとツラ貸せ」

「高いんだけどなぁ……」

 そう言いながら立ち上がるレオ。
 不本意ながらクロウは宙を抱きしめ、前につんのめった。
 地理教材室を出て、下駄箱からさらに校舎裏にまで来るとようやく絹夜は足を止め難しい顔で振り返った。
 紫がかった空の下、肌寒い風の中、絹夜は唐突に言った。

「悪いな、特に用はないんだ」

 ただ、クロウをかまってほしくはない。
 子供っぽいやり口で恥ずかしいが、ただの嫉妬だった。
 レオが唇を動かしかけ、しかし言葉にせずにそれを結んだ。
 煙草を取り出し火をつけると強い風の中に紫煙が解けていく。
 レオは少し困ったような顔をして、黄緑色の目を伏せた。

「絹夜、あのさ……弟が日本に来てて、会ったんだ。
 ヘイルを殺したの、あいつだった」

「…………まぁ、そんな展開もありなんだろうな」

「ヘラクレイオンの楽園……か。万人にとっての楽園だといいんだけどね」

「そうはならないだろう。少なくとも、吾妻の一族だけの楽園、かもしれないな」

 そうなると、彼女と自分は離ればなれになるだろう。
 絹夜の小さな危惧をうち払うようにレオは鼻で笑った。

「誰かが用意した楽園に興味なんてない」

「……そうか?」

 お前が夢見る楽園には興味がある。
 その言葉を紫煙と一緒に風に流した。

                    *              *             *

 誰かの記憶に由来する、いうなればどこでもない場所。
 互いを見るように並べられた三つの椅子の一つにストレートゴールドを喪服に滴らせた少女が座っていた。
 彼女の右にはジャッカルの頭を持つゴシック調の服装の男、左には衛門かけのような前後だけが隠れる紙の生地を身に付けたガゼル頭の男が座っていた。

「決断がやってきた。我らは喚き散らしながら決め、後悔せねばならぬ」

 ジャッカルが言った。
 その言葉に反応し、興奮してガゼルが背中から伸びた天使のような小さな羽をばたつかせ奇声を上げた。

「うひゃ! ひゃひゃひゃひゃ! お前、慄く! ワタシ、決められぬ! うひゃひゃひゃひゃ!」

「あの、ミスター・ソリチュード、ミスター・イレギュラー。私は別の方法を模索しとう御座います」

 ジャッカル頭のミスター・ソリチュードは顔の前に人差し指を立ててちっちっち、と舌を鳴らした。
 その様をミスター・イレギュラーも真似たが、じゅるじゅると口からよだれが落ちた。

「都合がいいとは正しく猥雑。レディ・マイノリティ、喜びたまえ、絶望したまえ。
 他に策が無く、猶予も無く、善意も友愛も無い。何もない。
 我らは物理、誰か彼構わず雪崩のように飲み込み、吸い出さなければならん。
 彼らと同じものを譲渡し、略奪するのだ」

「うひゃ! 譲渡! 略奪! 浄土! シャンバラッ!」

「と、言うことだ。ニンゲンのやり方は不可思議千万、過剰不足だ。
 道理としては、争いを起こすために乳飲み子に乳を与えるのと同じ。
 どうもどうも、どうしようもない」

「ワレワレ、怒めき叫ばずれ! 回儀い錐穿つ、螺旋のアイオンを郷遠しく思い患う! うひゃひゃひゃひゃ!」

 椅子をがたがたと鳴らすミスター・イレギュラーがあまりに正しく、レディ・マイノリティ――イノリは言い返す言葉が無かった。
 しかし、本当は黒金絹夜と戦いたくなんかない。
 それを察してか、ミスター・ソリチュードは彼女の顔を覗き込んで優しくハンカチを差し出した。

「分けてから切りなさい。さもなくば――裏切りなさい」

「……ミスター・ソリチュード……本当に貴方は優しくて意味不明過ぎます」

 ハンカチを受け取り、イノリはそれで頬を流れるものを拭ってから広げた。
 そんなイノリの行動にミスター・ソリチュードは深くうなづいた。













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