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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
2 *影/Shadow*2
『めんどうくさいめんどうくさいめんどうくさいめんどうくさい』

「チッ、面倒なのはてめぇだ、クソが!」

 絹夜が十字を切った。
 同時に、彼の右手に青白い炎が灯る。

「!?」

 指先から肘までを包んだそれはまるで自ら意志で彼の腕を這っているようだった。
 炎よりもさらに強く発光するそれに角の生えた影もたじろぐ。

「召喚ッ!」

 彼の咆哮に応えて、光はあらぶる風になり、そして彼の手に大人しく収まる一本の剣になった。

「ちょ、なんだよっ! それ!」

「いちいちうろたえてんじゃねぇ、やかましいぞお前」

 未だ床に尻もち付いてるジョーに蹴りを入れ、巨大な影を睨みつける。
 相手も敵と認識したのかジョーから絹夜に視線を合わせた。

「それ、斬っていいの?」

 レオも下がりながら絹夜の動向を見る姿勢にある。
 ふん、と鼻を鳴らして笑い、絹夜は青く光る剣を突き付けた。
 その目は高揚し、まるで夜明けの空のように青い輝きを灯している。

「何度も言わせるな、こいつは”影”だ。
 現実世界の物質と光が存在する限り消えたりはしない」

 そう言って絹夜は突撃した。
 いいや、突撃と言うには早過ぎた。
 刹那、その影は串刺しにされて次の瞬間には大穴をあけられていたのだ。

『ッめんどッめんどどどどどどどどどどどッめんどくくくさくくッ!』

 ガタガタと震え、それも一瞬、巨大な影は霧散するように消えていく。
 他の影たちも何事もなかったように流れていた。
 するりと絹夜の腕にしがみつく剣も消え、一瞬で全てが収まった。

「…………やっつけたのか?」

 ようやく起きあがりながらあたりをきょろきょろとするジョー。
 レオも視線を配るが誰かに狙われている様子はないようだ。

「退けただけだ。そのうちまた湧いて出るだろう。その頃にはお前のことなんざ忘れてるがな」

「…………」

「なんだ?」

「あんた、やっぱ何者なのか教えてよ……なぁ、レオも気になるだろ!?」

 いつもなら調子のいいジョーもここに来てから泣き言が多い。
 不安になるのは分かるが、彼らしくもない弱気な発言ばかりだ。

「……べ、別に。そいつが何者なのか、私には関係ないし」

「そんな事言わないの!」

 すっとジョーの横を通り過ぎるレオ。
 いつもの調子を取り戻したのか、さらに不機嫌になったのか彼女はむっとした表情のままだった。

「不安じゃないのかよ! もし帰れなかったら、とかって考えないのかよ!!」

 レオの背中に投げかけたものの、返答は冷たいだけだった。

「……帰っても、誰もいないし」

「ぅ…………」

 レオがひとり暮らしなのをジョーは知っている。
 一年生の頃は、レオも口が悪いのは変わらずだが不要な喧嘩もせずただの素行の悪い生徒だった。
 しかし、一ヵ月もしない、そうこの時期に彼女の両親は原因不明の交通事故で帰らぬ人となった。
 彼女もその事故に巻き込まれており生死を彷徨った程の重傷を負っていた。
 奇跡的に回復したレオだったが、風の噂で聞くところによるとその後待っていたのは父親が残した遺産と弟の親権問題で相当荒れていたらしい。
 それからだ。
 二階堂レオは明らかに様子を変え、素行が悪いの枠を越えて生徒は当然、教師まで手をつけられない少女になっていた。
 嫌味も冗談もなくなり、最近は感情すら読めない。
 変化を知っているからこそ、ジョーは冷たく言葉を投げつけられても自分の失言だったと反省するしかない。
 まっすぐな一階の廊下を歩くと、すぐに異変にきがついた。

「なんか、長い……よな?」

 いつもならちょっと走ればすぐはじにつきそうな廊下、数分歩いているのに何故か反対側に位置する裏口が遠い。
 レオも少し疲れてきたのか、絹夜への当て付けかしきりにため息をついた。

「これってさ、よくある、同じところをぐるぐる回ってるってやつなんじゃないの?」

「さぁな」

「さぁな、って、アンタ! ……クールだねぇ」

「少なくとも進んでる」

「なんでそれがわかるんだよ……俺にはちーっとも進んでるように見えないんだけど。
 センセにはどんな風に見えてんのかね――っていうか目の色、ちがくない……?」

 奇妙な世界については少しわかった。
 だが、レオもジョーもこの奇妙な男について何も知らない。
 出口までの距離を測って絹夜はしぶしぶ口を開いた。

「俺はこういう体験を何度かしてきてる。大概の事には対応する力もある。それだけだ。
 そのための力を使うと目色に出る」

 それだけで説明は終わった。
 てくてくとリノリウムの床を歩く音だけが続く。

「全然、知りたいこと教えてくれないなぁ……って、俺、自己紹介とか全然してないのな! はっはっは!
 俺、鳴滝丈な。えーっと、好きな教科はー、体育! 好きな色は、オレンジ!
 そうだなぁ、あと、好きな食い物は……あ、やっぱそれもオレンジ!」

 一人から回りしたジョー。
 またてくてくと足音が続く。

「あ、あいつは二階堂礼穏ね。俺はレオって呼んでるんだけど――」

「気安くしないで」

 つっけんどんな言い方でジョーの言葉を遮ってレオは先を歩き、手に着くドアを一頻り開いていた。
 絹夜より先に出口とやらを探す為に躍起になっているようでもある。

「ええと、人見知りがものっすごぉおく、激しいだけ」

 頷きを返し、だからといって絹夜は特別自分のことを語るわけではなかった。
 取り繕ったがやっぱりきた妙な沈黙。
 なんて居心地が悪いんだろう。
 口には出さないがジョーははっきりとそう思った。
 こんこんと歩いて行くと絹夜の言ったとおり確かに進んでいたらしく目の前の風景がずるっと動いて廊下の端にたどり着く。
 一瞬の出来事に目を丸くしているうちに絹夜は一人、廊下の先にある裏手口への扉を開いてそのまま外に出てしまった。
 石垣の塀があって、その上には本来の何倍もありそうなフェンスが聳え立つ。

「なんでじゃ」

 派手にボケる裏界の有様に対し、ジョーは思わずツッコミを入れてしまった。
 そこから右手に曲がって駐車場になるのだが、絹夜はそこを曲がらずに、ただ壁の脇で突っ立っていた。
 目を閉じて、しかしまぶたの裏で眼球が左右に運動している。
 それに感づいたレオはすぐに臨戦態勢をとった。

「なかなか反応がいいじゃないか。小娘」

「その目、何が見えるの」

 絹夜の言葉を押しやってレオは彼の眼を睨んだ。
 北国の犬のような冷たい眼の色。ぞっとするような二つの宝石。
 人間が見ているものと同じものを見ているとは思えない。
 すると、絹夜はにやりと唇を吊り上げた。
 そして確信した。
 この娘には何かある、と。
 身体能力といい、未成熟な力といい、勘の良さといい。
 もしかしたら自分と同じような目的の為に乗り込んだのかもしれない。

「邪眼オクルスムンディ。見えるのは”見えないもの”だ」

 妙なとんちを言った絹夜にレオは不快を顔に表した。

「…………意味が分からない」

 そういって一蹴し、それでも臨戦態勢を解かなかった。
 つまり、絹夜が危険なものを察知してその”見えないもの”を”見た”事は信じている。
 矛盾した行動を絹夜は見逃さなかった。
 しかしあからさまにそこはヤバイ雰囲気が充満していた。
 廊下よりも元々少ないのだろうが、外をうろつく影の流れも一点だけを避けるように流れている。
 ここからは見えないが、壁をすぐ曲がったところでその元凶を嫌でも目にするのだろう。
 何かすでに見ているのか、絹夜は身を乗り出そうとしている。

「お前らは引っ込んでろ。俺が片付ける」

「勝手にしな。私も勝手にするだけだ」

 レオの返答と同時に絹夜の右腕が燃え上がり剣を構える。
 その剣はさっきよりも巨大に見えた。
 いや、形状その物を変えたのだ。
 西洋式の両刃の剣だったそれを、絹夜は一本の刀に構成し直し呼び出していた。

「そんな事もできるんだぁ。つくづく不思議だねぇ、黒金センセは。
 これ、熱くない?」

 レオと異なりジョーは興味津々といった様子で絹夜の右手に燃え上がっている炎に手をかざす。
 それは手を近づけると、熱いというより、
 アルミホイルを奥歯で噛んだような、黒板を引っ掻いた時のような嫌な感触がぞくりと伝わった。

「こいつは俺の”影”だ」

「……え? でも光って――」

 それはまるで影とは言えない。
 むしろ輝いている。
 絹夜はやはり鼻で笑うだけだった。

「光も闇も同じで、呼び名が異なるだけだ」

 彼はそう言って表に出た。
 少し間を置いて顔をのぞかせると、いつもなら来客用の駐車場なのだが、そこには車の代わりに巨大な黒ずみがうずくまっていた。
 大きな影――いや、少し赤黒くそれはまるで血を凝り固めたような、かさぶたのような色をしていた。

「のわっ! さっきのヤツよりもでかいじゃん……!」

 車四大分だろうか、ぐずぐずと固まっているそれは人型ではない、
 むしろゼリー状の何らかが無理やり形を作ろうとして盛り上がっているようだ。
 だが、それは生まれたての草食動物のようにうまく立ちあがれず形も成せずにいる。
 距離を置いたところに警戒をしながら立つレオ。

「こいつが、私たちをこんな面白くない世界に引きずり込んだ、原因なんだよね」

「そのようで」

 くいっと顎でそいつの足もとを指す。
 そこから三人を巻き込んだ魔法陣と同じ赤い線がはみ出していた。
 簡単に言ってしまえば、その大きな影を倒さない限り戻れないということだ。

「とにかく下がってろ。邪魔だ」

 元より前に出ようとしていないジョーはさらに下がるがレオとしては面白くないようで、
 彼が影を切る為に帯びる右腕の炎に恨めしそうな眼を向けた。

「こいつがなければここでは戦えない。
 お前がいくらちょこまか飛び回ったってこいつらにパンチ一つも入れられないんだよ」

 ぎろりとレオの視線が絹夜に向かう。
 青白い炎の剣を携えた、青白い目をした男。
 しばらく睨みあったが、レオはその場から動かない。
 それが彼女の返答だと受けた絹夜はそんな彼女の態度を鼻で笑って赤黒い影に向きなおる。
 それはだんだんと、巨大なサソリに姿を変えていた。


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あきゅろす。
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