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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
19 *楽園/WonderLand*1
 夢を見ていた。
 重たく赤い匂いがたちこめるあの場所だ。
 ベージュ色をした天井の床、精緻な彫刻。
 黒い何かが弟の血をすすっている。
 レオは檀上から降り、そして回り込んだ。
 その手の中には弟のカイがおさまっており首からどくどくと血を流していた。
 むっと血の匂いが濃くなる。
 そして 黒いものはゆっくりこちらに振り向きにやりと真赤な口元で笑った。
 青くぎらついた目。

「絹夜」

 彼は笑った。
 弟の冷たい体を横たえると彼はレオの腕を掴み、強引に引き寄せる。
 そして耳元で囁いた。

「逃がしはせん。貴様らアテムの一族を」

 不安や恐怖はない。
 むしろ、早く早くとせがんでしましそうなくらいだ。
 そして彼は2046をレオの左胸に突き刺す。
 心臓が熱くなり、体から熱が抜け出る。
 ぞくり、と痺れた。
 彼女から吹きあがる赤いものを浴びて、ようやく絹夜は安心したようなそして恍惚とした表情になった。
 視界がぼやける中、小さな子供のすすり泣きの声も耳を掠めていた。
 床に倒れこむと体がびちゃびちゃに濡れている。
 ふと体が違和感とともにぶるりと震え、意識が浮上すると目の前が薄暗いのを知った。
 どっぷり冷や汗をかいて背中が冷たい。
 ああ、また嫌な夢を見た。

「…………最近、この夢ばっかだな」

 平凡な毎日が過ぎた。
 少し肌寒い季節にかわり、一年が下り坂に差し掛かっていると実感させるころだった。
 体がブルリと震える。
 今から寝ようか、きっと頭って眠ると気持ちいだろう。
 それでも十分に学校に間に合う。
 こんな風にしていると両親はうるさく学校に行けといった。
 自分がそばにいられると都合が悪いように。

「確かに、邪眼持ちじゃちょっと不気味かもね」

 両親に限らず、通り過ぎる人さえも表情を曇らせる。
 自分の視線が返ってくるという現象は生理的に受け付けないかもしれない。
 ふと、両親の事を思い出す。
 ああ、最近全く墓参りに行っていないな。
 窓を開くと気持ちのいい風が吹いていた。
 行くなら今のうちだ。
 学校に向かう気分でもない。
 ゆっくりと支度をして明るくなってから電車に乗るとちらほらとスーツ姿の大人と学生が数人乗り合わせただけの幽霊電車だった。
 日常が始まろうとしている、でもまだ始まっていない、奇妙な時間帯だ。

「…………」

 邪眼の為に生まれた自分の娘。
 古代の遺伝子を引き継がせるために作られた。
 つまり、クローンのようなもの。
 ルーヴェスの声が蘇った。
 何か変だ。
 そのまま二駅またいだ先、両親の眠る霊園がある。
 相変わらず人気がなく、いてもご老人ばかりだ。
 オフィス街を見下ろすような高台の霊園に入ると、そではすでに肌寒い風が吹いていた。
 東京の空がこんなに高く青い日はめずらしかった。
 よくホイップされた夏の残骸積乱雲、飛行機のエンジン音。
 きらめく朝日を墓石の方がまぶしく照らし返している。
 静かな霊園の中、レオは花束を抱えて立ち尽くした。
 忙しさを理由に一か月来ていなかった両親の墓前にカサブランカが一本手向けられていた。
 そして、墓石の前でしゃがみ込む青年に見覚えがあった。
 青年は両手を合わせて静かに目を閉じている。
 体格は大きく、がっしりとしている。
 肌は浅黒く、スポーツマン風のさわやかな青年だった。
 思わず口から懐かしい名前が出る。

「……カイ?」

 少し予想以上に大人びているような気がしたが、確信を持てる程よく特徴が出ていた。
 青年ははっと目を開いて首をこちらに向けた。
 長身でレオが見上げるような異国風の青年だ。
 バンダナの下、緑がかった目は間違いない。

「カイ!!」

 叱りつけるようにそう呼ぶと、青年は立ち上がりゆっくりと立ち上がると思ったよりも低い声で答えた。

「久しぶりだね、姉さん」

「本当に……カイなの?」

「疑うのもわかるよ。姉さん……黒金絹夜と一緒に動いているんだよね?」

「……う、うん」

 カイの目が冷たく輝いた。
 2年前は気の弱い弟だったのに、得体の知れない鋭さを放っている。
 彼が一体ギーメルで何をされたのか、レオは不安になった。

「黒金絹夜と一緒だってことは……ギーメルについても知ってるのかな」

「ヘイルがあんたを無理やり連れて行ったところでしょ。
 それから……九門高校の裏界を狙ってる組織、だよね。
 ヘイルが死んだって聞いた。それで、カイは日本に戻ってこれたんだよね……?」

 確認のつもりだったが、カイは首を振った。
 そして両親の墓を見つめながら呟く。

「僕がここに来たのは父さんと母さんに仇をとった報告をするためだ」

「……仇って……あんた、まさか――」

「僕が直接手を下したわけじゃないが、僕の意志で伯父様には降板頂いた。
 平たく言えばギーメルギメルの権力と財産に目がくらんで血のつながった伯父を殺してもらったんだ」

 ひどく無機質に、何も考えていないようにカイは言葉を連ねた。

「あんたがルーヴェスを動かしてたの……!?」

 悪びれた風もなく、つまらない本を朗読するようにカイは続けた。

「ルーヴェスは友達だよ。僕が伯父様の計画を話したら面白そうだから自分たちでやらないかって誘ってくれたんだ。
 僕もヘラクレイオンには少し興味があったしね。ほら、僕たちの名前にもついてるじゃない。開(ひらく)、礼穏(れいおん)。ヘラクレイオンってね。
 ギーメルギメルの財産がさんざんつぎ込まれていし、今更手を引くわけにもいかないし。
 姉さんはどうなの。黒金についてても何もいい事ないと思うけど」

「光栄だけど、あんたもゴールデンディザスター狙いなんじゃないの」

「そうだよ。もう母さんの研究結果は消失してるんだ。もう一度ゴールデンディザスターを作ろうとすれば莫大な費用と時間がかかる。
 伯父様は裏界の深層部を開くときにセットにしてなきゃいけない、みたいな認識があったみたいだね。
 でも、どうしても必要ってわけじゃないんだ。ゲートの出力を解析したところ、手順を踏めば難なく開くみたいなんだ。
 姉さん、知ってる? ゴールデンディザスターってものの出所」

 あれ、知らない。
 それが顔にありありでて、レオは自分の直情的な性格を恨んだ。

「実は僕たちもよくわかってないんだ。伯父様は何故かゴールデンディザスターにこだわった。
 それを聞く前に殺しちゃって、今では何であの裏界にゴールデンディザスターが必要なのかを知ってる人間はいない。
 ま、ルーヴェスは何か知ってるみたいだけど。僕はあまり興味ないから、別に姉さんがどっちに着こうが関係ないと思っているんだ。
 ただちょっと、黒金に負けるのは癪だな」

 カイのテンションは低くて、まるで低体温動物がのそのそ生活しているみたいな有様だった。
 言っていることはひどく邪悪なのに、あまりに気が薄くて本気で言っているように聞こえない。
 しかし何かをかばっているわけでもなく、本当に浅く浅く興味でギーメルのトップを奪ったらしい。
 情念の感じられない理由のない悪にレオは嫌悪感すらわかなかった。
 むしろ、弟がしっかりと独り立ちした気分さえした。

「じゃあ、僕いくよ。取引先とかに書類とか提出しないといけないらしくてさ。
 お得意さんに怒られたから、謝りに行ってくる」

「う、うん? がんばってね?」

「うん。姉さんも死なないようにね。
 あ、黒金関係者の命狙ってるのウチの組織か……でも特別扱いしろだなんて命令しないから。まぁがんばってね」

「…………」

 そのまま無関心に、他人事のように横をスッと抜けて歩いていってしまうカイ。
 夢の中の彼とイメージが異なってレオはその後ろ姿を目で追った。
 片手をひらひらとさせて彼はそのまま振り向かずに消えていった。
 釈然としないまま両親の墓前に目を向ける。
 真っ白なカサブランカ。
 父が好きで、よく食卓に飾られていた。
 よく人を不機嫌にさせていたレオだが、それでも団欒に入れなかったわけではなく、
 機嫌がいいと母はレオの好物のからあげを山のように作っていたし、父はスパーリングの相手になっていた。
 どこかぎくしゃくして、覚めた温度だったかもしれないが、愛されていなかったわけではない。
 そう確信して、レオは両親を恨んだりはしていなかった。
 きっと、カイもそうなのだろう。
 だから――。


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あきゅろす。
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