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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
18 *覚醒/Awaken*3
 青白い目をした一団にルーヴェスは感嘆の声を漏らす。
 配り分けあたることにより暴走状態を安定させている。
 もししくじれば全員の命が危険な行為だ。

「歌え、混沌! 甘美な夜の幕開けだ!」

 高らかなルーヴェスの声とともにニャルラトホテプは粘着質な音を立てながら、触手のようなものを伸ばしてきた。
 それはいくつも関節がある人間の手だった。
 スサノオがそれを一閃すると、一度はたじろいだが今後はさらに数を増して手を伸ばしてくる。
 それを背後のバラバ、銀子が応戦し、さらにはクロウの氷結魔術によって一掃された。
 オーバーダズのせいもあってか、全身丸ごと強化状態で圧倒的に普段よりパワーアップしている。
 直接的な攻撃が効かないとわかると今度はうねるたくさんの腕が地面に複雑な魔法陣を書き始めた。
 一人で描けば1分かかりそうなものをほぼ数秒で書き上げる、こればかりはまずい。
 絹夜は顔を上げ、その頂上の三眼を睨みつける。
 オクルスムンディがそれを捕えたのだが、ぎちぎちと動くとそれを無理に跳ね飛ばした。

「……ッ!」

 その間にクロウは防御の魔法陣を描いていたのだが、相手のものより数段グレードが低い。
 しかし発動させないわけにもいかずニャルラトホテプの腕が魔術のトリガーを引くタイミングで同時に解き放った。
 絹夜たちに降り注ぐ禍々しい赤紫色の閃光、その間に魔法陣のバリアが張られるのだが、攻撃を食らうと紙のように簡単に穴が開いた。
 貫通さえしないものの、雨のような攻撃にいつまでももたない。

「バラバァッ!!」

 崩れるバリアのその前にバラバが躍り出る。
 無音の弾丸がフォトンの雨をうち返す。
 再度防御壁を構築するクロウに気がついたか、ニャルラトホテプも再び魔法陣を書き始めた。

「させるかッ!」

 バラバが開いた道から魔法の効果範囲を抜け、ジョーとその影スサノオがニャルラトホテプにきりかかった。
 腕の何本かを切り落とし、しかし夢中で魔法陣を描こうとするニャルラトホテプがどんどんと腕を伸ばす。
 邪魔をするなと言わんばかりにギャーギャーと飲み込まれたものたちが叫んでいた。

「構築できます!」

 今度はクロウの魔法陣が形成されるほうが早かった。
 だがニャルラトホテプは諦めて魔法陣をキャンセルすることはない。
 いや、今度はえらく複雑なものを書いているようだ。

「菅原、今のうちに抜けてレオを解放して来い!」

「ラジャりました!」

 銀子が抜けたところで大きな光線が落ちてきた。
 滝のようなフォトンの圧力に地面が震える。
 バリアで耐え忍んだが、その防御壁も一片に消し飛んだ。
 らちが明かない!
 さらに魔法陣を、今度は三つ一度に描き始めたニャルラトホテプ。
 ジョーが一人でその邪魔をするだけではどうしようもない!
 一方隙をついてレオを椅子ごと奪取してきた銀子が彼女を解放したところだった。
 最高の立ち位置だ。

「レオーッ! 繋げーッ!!」

 視界にニャルラトホテプ、ルーヴェス絹夜を入れ、レオが目を見開く。
 がちっと時間が止まるようにニャルラトホテプの動きが停止した。
 オーバーダズの邪眼オクルスムンディがさらにオーバーダズの邪眼ゴールデンディザスターを経由し発動する。
 力の、魔力の乗算でとてつもない束縛力を生みだしニャルラトホテプはぴたりと止まった。
 しかしルーヴェスは動けないにしろ完全停止しているわけではなさそうで、その唇をニヤリと釣り上げた。

「素晴らしい。なるほどな、そうか……! 合わせ鏡か!
 吾妻が作り出した対魔女の究極兵器ゴールデンディザスター!
 いいなぁ、いいなぁ! 私も欲しい!」

 この状況でなんという余裕だ。
 もう決着はついたも同然だというのにルーヴェスはレオを見つめたまま羨むように、憧れるように笑っていた。
 そして彼は興奮を抑えるように息を整えつつ語り始めた。

「絹夜。吾妻の一族が何故、ギーメルギメルを作り上げ、ヘラクレイオンの楽園を探したか知っているか?」

「楽園なんて信じちゃいねぇし興味もねぇ」

「彼らが何者であるのかも興味はないか?」

 それには興味がある。
 しかし意識が散漫になってぐらつくと魔力暴走を引き起こしかねない。
 絹夜はオクルスムンディに集中し、ルーヴェスに喋らせた。

「吾妻はエジプトでも有力なアテム神官の末裔だ。
 エジプトやトラキアで裕福な生活を送っていた心優しい一族はとある時期を境にぱたりと姿を消した。
 それは彼らが持つ特殊な聖魔のバランスにある。彼らは聖にも魔にも属さない”カァ”が血液に溶け込むという特異体質があった。
 それに気がついて食いつぶしたのが”腐敗の魔女”だ」

「――な……に!?」

 絹夜のオクルスムンディがぐらついた。
 いや、魔力そのものが震える。

「絹夜、しっかりしな! しょうもないファンタジーだ!」

 レオの怒号は届かず、とうとうオクルスムンディが解けた。
 ニャルラトホテプが動き出し、ジョーたちと再び交戦する。
 黙って魔力配分を続けるユーキだが、絹夜の精神的なぐらつきで彼の限界が近い事を察した。

「吾妻の血は力の高揚を引き起こす。ドーピング剤みたいなものさ。
 腐敗は夢中になって吾妻を食った。中毒――オーバーダズだ。
 それに抵抗しようとして吾妻が作り上げた、対魔女、対腐敗の邪眼がゴールデンディザスターだ」

 カッとルーヴェスが目を見開く。
 これは――邪眼オクルスムンディ!
 即座に対抗しようと同じように邪眼を発動させたが、次の瞬間絹夜は捕らわれていた。

「ッ!」

 押し切られた!
 不安定な絹夜の邪眼をルーヴェスが押さえつけたのだ。
 力量でいえば圧倒的に絹夜が上だが、だからこそルーヴェスはこの状況を利用してやってきたのだ。

「単純に戦ってしまえばお前の力は強大だ。か弱い私の力なんぞ、蚊トンボが舞っているようなものだろう。
 しかし、吾妻の血は私にさえこれだけの力を与えてくれる」

「吸血鬼か、てめぇは……」

「お前の魔力暴走の原因はあの娘だ。
 あの娘の血の匂いがお前の腐敗を呼び起こす。お前の腐敗が血を欲しがっているんだよ。
 お前は彼女を愛してなんかいないし、お前は誰も愛せないんだよ。
 それが腐敗の因縁じゃないか。いっそ、殺してしまうのはどうだ? お前も彼女も楽になれるぞ」

「諦めるとか死ぬとか以外に楽になる方法思いつかないのかよ。
 独りで死んで独りで楽になれ……!」

「おやおや、せっかく親子の感動の再会なのに。穏やかじゃないね」

「今更名残惜しいとも思わねぇ! 地獄に堕ちろ、クソ親父!」

 獲れる距離だ!
 無音で発砲されるバラバの銃弾、軌道も何も無いままルーヴェスのこめかみをかすった。
 コントロールが狂っている。

「もう限界だねぇ。溢れているよ、絹夜。みっともない子だ」

 ルーヴェスは絹夜に近づきながら懐から試験管を取り出す。
 血液が入ったそれにレオが気がついてセクメトを向けたがジョーたちを振り切ってニャルラトホテプが行く手を拒む。
 そしてルーヴェスは絹夜の顎をつかみ、蓋をあけた試験管を彼の口に押し込んだ。

「が、はぁッ!」

「飲めぇッ! これが吾妻の力だ!! 腐敗に相応しい、豊潤な力だ……!!
 思い出せ、絹夜……! お前の中の腐敗を呼ぶんだ! ベレァナを呼ぶんだ!!」

「てめぇの目的は腐敗のベレァナか!!
 興味、ねぇ……! 腐敗なんて、クソ喰らえだ……!」

「なら何故、吾妻の娘を欲しがった?」

「…………ッ」

 血なまぐさい。
 しかし、その奥に確かに体を奮い立たせるような熱い匂いがあった。
 否応なしに体に入り込んでくるそれは、まず心臓に響いた。
 そしてじわじわと脳に入り込んで心地よい痺れに満たしていく。
 気分がハイになっていく。
 もっと欲しい。

「目覚めよ、腐敗」

 嘲笑したルーヴェスだったが、その胸倉を絹夜が掴み右手に構えた2046を突き付ける。
 その目の色は冷たいペイルブルーではなく、サファイアのような青だった。
 別の魔力媒体が働き始め、彼を動かしいてるのだ。

「もっと、よこせ」

「くっくっく、落ちたね絹夜。そうだよ、私はそれを待っていた。
 魔女の息子に相応しいじゃないか。こんなものは似つかわしくない。いらないだろう」

「――くそ、何なんだこいつは!!」

 絹夜の中で狩れと腐敗が葛藤する。
 そんな中、ルーヴェスの左手が不気味に動いた。
 そして宙空に光の計算式を描く。
 2÷3÷11÷31――。

「素因数分解」

 その途端、聖剣2046はきれいさっぱり消えていた。

「魔力暴走、2046の消失。お前はもう、吾妻の血を飲むしかないね」

 はっとなり絹夜はルーヴェスから手を離すとレオに目を向けた。
 傷から血の匂いがする。
 胸が張り裂けそうだ。
 頭は分厚くもやがかかっているのにハイな気分で、続きが欲しくて牙をむく。

「バラバ」

 命じると影は一度沈み、そして形を変えてレオに銃口を向けていた。
 生ぬるい風が駆け抜け、レオの髪がなびいた。
 彼女の後ろでセクメトが構えている。

「戦え! 双眼をえぐりだしてしまえ!」

 煽るルーヴェスの声に絹夜が、バラバが動き出し――しかしそれは突然停止し、彼は膝をついた。


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